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市橋達也の冤罪検証・考察ポイントのまとめ1

2010/10/27(Wed) 12:36

この事件は報道されていることとはかけ離れたところに真相がある。事件報道の数々の嘘をつぶさに検証していき、市橋達也は事件にまきこまれた被害者ではないか?という結論に達している。〈リンゼイさん殺害事件・市橋達也の犯行ではない場合〉から〈市橋達也の冤罪検証〉にカテゴライズしたのは、より一層、この事件が市橋達也の犯行ではないという確度をもったからである。

市橋達也が二年半以上逃亡を続けたと考えるよりも、二年半以上、実行犯グループに監禁されていたと考えたほうがすんなり説明が付く。実際、捜査本部は事件発覚から一週間後には150人体制で捜査にあたり、市橋が逮捕されるまで維持されていた。延べ人数10万人以上の警察官が動員されても、逮捕五日前まで、全く足取りがつかめなかったのは事実である。さらに一億総監視という状況で、誰もが凶悪事件の犯人を知っている状況で、二年半以上、潜伏していた痕跡すら見つけ出せなかったのはなぜなのかということを考えてみるべきだ。

もう一つ、市橋が被害者遺族に謝罪の気持ちをいだいていたのは、自分が一緒にいながらもリンゼイさんのことを助けられなかったという自責の念からだと考えている。

弁護団の中に、少しでも心ある弁護士がいるのなら、足利事件のような悲劇を未来に残したくないと考えるのであるなら、このブログの疑義を公判の争点にしてもらいたい。裁判員に選ばれた人にはこれらの疑惑を法廷で投げかけてもらいたい。そして、この事件が市橋達也の犯行だと信じてやまない人たちにメディアリテラシーを持ち、当方の疑義に触れてもらいたい。そんな思いで書いている。

幸い、この事件の公判はまだ開かれていない。もし、冤罪であるならば、公判前に明らかにする必要がある。冤罪被害者たちが長期に渡り牢屋に閉じ込められてしまうのは、そのほとんどが結審後に冤罪が判明するからだ。一度判決が下されてしまえば、例え冤罪だとしても救いだすのは難しい。それは過去が証明しており、中には平沢貞通のように、獄中で老衰死する冤罪被害者もいる。

冤罪という無実の人が罪を着せられ牢獄に追いやられるという悲劇は誰彼構わず襲ってくる。ひとたび身柄を拘束されれば、メディアスクラムにより社会的にも肉体的にも抹殺されることになる。それを防ぐには、もはや知ることしかないと思っている。

さて、考察ポイントのまとめである。以前ブログで取り上げたことを中心にまとめてみた。


・死体遺棄罪は殺人罪を視野にいれて捜査が行われるが、最高で懲役三年以下の微罪である。時効も三年と短い。殺人罪を立証できず死体遺棄容疑で逮捕した場合、(殺人容疑を相応とする物証が得られず立件できなかったことから)自白のみが証拠になる。市橋達也の場合、死体遺棄容疑(微罪)で全国指名手配されたが、大阪南港で逮捕されるまで死体遺棄容疑のままであり、殺人容疑で逮捕状はとられていない。同様に、強姦容疑でも逮捕状はとられていない。
死体遺棄 公訴時効

・死体遺棄の容疑者に捜査特別報奨金1000万円の対象にすると言うのは言語道断である。市橋達也は日本の事件史上、最も微罪で、最も高額な懸賞金がかけられた容疑者になる。1000万円の案件は後にも先にも市橋達也だけである
捜査特別報奨金制度

・自白のみが殺人容疑を立証する証拠になることから、逮捕収監後、完全黙秘を貫いた市橋達也の態度は法廷戦術としては当然であり、この場合、殺人を立証できなかった捜査本部に瑕疵がある。にも関わらず、メディアは事の本質を全く伝えようとしなかった。弁護団もしかり。
死体遺棄 ウィキ

・二年7ヶ月前の事件だけに、新たな証拠が発見されるわけもなく、「供述なくても問題ない」というのは再逮捕するための布石であり、予告である。すなわち自供を得られずにいるゆえの焦りと強がりのあらわれである。そして、市橋達也が完黙のまま、捜査当局は殺人と強姦致死で再逮捕することになる。これは越権行為であり、断罪されるべきである。ここに、当局の、物証なきまま死刑が下された林真須美という前例を巧妙に利用しようとする明確な意図が感じられる。
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/crime/331486/


『市橋容疑者「騒がれ首絞めた」 弁護団に説明』と報じられたのは市橋達也の勾留満期前日である。完黙を貫徹していた市橋にとって、それは正しく”ゴール”であり、あと一日、黙っていれば、この事件は死体遺棄罪だけが有罪になり、殺人罪は無罪になっていたかもしれない。しかも、よりによって、市橋達也の容疑者としての最大利益を考え行動するはずの弁護団によって、その情報はもたらされたという。そして、自供なきままデッドラインを迎えようとしていた検察にとって、喉から手がでるほど欲しかった自供を得られたのであり、とりあえず追起訴することができたのである。つまるところ検察は有罪に持ち込むために意のままに操れる弁護団を市橋のもとに寄越したのであり、弁護団の本性がここに見えてくるのである。
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/crime/338906/

・殺人と強姦致死の拘留期限前日、市橋達也が自供したとして検察は同容疑で追起訴することになる。弁護団と供託して自供をでっち上げた可能性が高い。検察によれば、市橋達也は弁護団にした供述と同様の供述をしたという。両者に同じ供述をしたというのがポイントなので留意したい。
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/crime/338983/

・弁護団は市橋達也の供述によれば、『リンゼイさんが死ぬまでにかなり時間があり』として、監禁致死と強姦を主張し、さらに『起訴直前に市橋被告が供述した内容がほとんど反映されていない』と検察の主張を批判する。殺人と強姦致死を主張する検察と真っ向から対立することになる。『同じ供述内容で違う主張というのはおかしい』と仲違いを始めたわけだ。
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/crime/339469/

・看過できないのは似顔絵に記されたメールアドレスの隠蔽行為である。事件から一年後に公開された似顔絵には連絡先が記された部分が隠されており、自宅の電話番号を隠していると思っていた。だがそうではなかった。電話番号の下のメールアドレスを隠していたのである。当時の記事にメールアドレスが記されていたなどどこにも書かれていない。図らずも英サン紙が似顔絵の全容をすっぱ抜いた。
http://hatajinan.blog61.fc2.com/blog-entry-148.html
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・捜査当局は市橋達也を殺人と強姦致死で再逮捕するとき、リンゼイさん失踪当日にマンションのエレベータの防犯カメラ映像に二人で乗っていたことを挙げていたが、そこには「2人は、ドアが閉まると抱き合って、キスし始めたんです。女性が拒んだり嫌がっている様子はなかった。まるで外国の映画のラブシーンのように濃厚なディープキスをしながら、体をまさぐりあっていた」―リンゼイさんと事件の五日前に知り合い、ストーカー行為を働いていたとする捜査本部の主張と矛盾する二人の様子が記録されているという。当局はこの映像を公開していない。
http://blog-imgs-42.fc2.com/h/a/t/hatajinan/201010271212366df.jpg
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・『今月20日、東京メトロ行徳駅で容疑者に声をかけられたという。その後、容疑者は船橋市内のリンゼイさんの社宅まで押しかけ、「(英会話の)個人指導をしてほしい」と自宅に来るよう頼み、自分の名前、電話番号、似顔絵を書いたメモを渡した。』―市橋達也がリンゼイさんにストーキングしていたと証言したのは同居するオーストラリア人とカナダ人の白人女性2人ではなく、彼女の友人の米国人男性(27)である。この米国人男性の証言により、捜査本部は「二人は事件の五日前に知り合った」とかねてから知り合いだったことを否定し、市橋達也がストーカー行為を働いていたと断定することになる。異国の地の小さなコミュニティの中で深夜、異性にボーイフレンドを見とがめられた場合、婚約者のいるあなたは、何と言い訳するだろうか。この「英会話教えて」に象徴されるエピソードは建前と本音という部分で、まったく的を外れている。
http://www.zakzak.co.jp/top/2007_03/t2007032909.html(リンク切れ)
http://www.asyura2.com/07/nihon22/msg/824.html

・親密な関係にあれば普通にセックスをする。遺体から採取された体液が市橋達也のDNA型と一致したとして、何ら不思議ではない。「親密な関係に無かった」「愛人関係になかった」、かねてから知り合いであったことを否定して、『事件の五日前に知り合った』と断定した背景に、二人が親しい関係にあっては強姦殺人が立証できず、はなはだ都合が悪い捜査側の内情があったとみている。重ねていうが、親しい関係にあれば当然セックスするのが普通ではないか。リンゼイさん失踪当日に市橋達也と来店したという行徳駅前の喫茶店で二人はカップルに見えたという。「…いつの間に英会話みたいな英語で会話してた。(2人の関係は)普通にしか思えなかった」―二人が当日利用したタクシーの運転手が違和感なく会話する二人の光景を証言している。市橋がストーキングしていたとするならば、大きく矛盾するのは言うまでもない。
http://www.fnn-news.com/headlines/CONN00108197.html
http://logsoku.com/thread/yutori7.2ch.net/liveplus/1259534920/(参照ページ)

・逮捕五日前に公開された『ホクロのない顔写真』は捏造であり、別人の顔に市橋達也の顔写真を合成をしただけのお粗末なものである。さらに悪質なのはそれを鑑定させ本人だと断定していることだ。移送時に規制線を超えたテレビディレクターを逮捕したり、病舎の独房に閉じ込めたり、接見禁止を解かなかったり、市橋達也に対する隠匿行動は整形していないからである。整形していたとしても捏造写真のような顔ではない。
http://hatajinan.blog61.fc2.com/blog-entry-130.html


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市橋の顔写真を重ねる


・市橋達也は逃亡中、『井上康介』という偽名を使い、大阪府茨木市の建設会社で一年余り潜伏していたとされているが、捏造された『ホクロの無い顔写真』を依拠するこの目撃情報には信ぴょう性に欠ける。この潜伏先で市橋達也の指紋が発見されているが、捜査本部による捏造された証拠である可能性が高い。
http://2009.itainews.com/archives/2009/11/post-1875.html
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・死体検案書を受け取った被害者遺族が「わずかの面積を残して、体中アザだらけだった」長時間、鈍器のようなものを用いて拷問を受けたようだったと語っているが、日本では矮小化されて報じられている。さらに捜査当局は「乱暴中にリンゼイさんを死なせた』と強姦と殺人が一連の流れにあると主張しているが、もしリンゼイ・アン・ホーカーさんが長時間の拷問の末に殺されているのなら、検察の主張と大きく矛盾する。
http://hatajinan.blog61.fc2.com/blog-entry-162.html

・検察側が強姦致死・殺人の根拠としていたリンゼイさんの死亡推定時刻を、事件の起こった3月25日午前10時過ぎとしていたが、弁護団が独自に再鑑定を別の法医学教室に依頼したところ、遺体解剖時に冷蔵庫に保管し死亡推定時刻が測定不可能にしていたことが明らかになった。さらに直腸温度の測定結果を隠蔽していたことも判明した。これらにより、死亡推定時刻を26日夜に変更。強姦致死・殺人の根拠が崩れることになる。さらにいえば、リンゼイさんの死亡時刻を「26日未明」とする市橋の供述が崩れた。これは、すなわち、勾留満期前日に弁護団に話したとされる自供と客観的事実が咬み合わないことを意味する。これにより、供述調書の信ぴょう性がなくなったともいえる。過去の例からいえば、裁判所が証拠認定を却下する公算大ということになる。
http://naokimotoyama.blogspot.com/search?updated-max=2010-10-22T22%3A57%3A00%2B09%3A00&max-results=3

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〈市橋達也の冤罪検証〉でとりあげていないのをまとめてみた。一番最後に載せたのは、一週間ほど前に明らかになった新事実である。ターニングポイントになるかもしれない極めて重要なポイントである。すでに弁護団は検察の取調べに応じないよう申請している。新たな供述調書は作れないということだ。やはり、ばれる嘘はつかない方が身のためである。

新事実について、もう一つ付け加えると、遺体発見当時、リンゼイさんはまだ生きていた可能性がある。それにも関わらず、バスタブの中から手が出ているのを発見した捜査員たちは適切な処置をしなかった。というのも、事件発覚から四時間後に配信された記事ですでに死亡していたと書かれてあるからだ。26日夜まで生きていたとするならば、園芸用砂の中に埋められた状態で、まだ呼吸があった可能性がある。少なくとも、死亡推定時刻の特定により、それは否定できなくなった。死人の手に見えたとしても、救急車を呼ぶなり、脈を測るなり、蘇生措置をしてしかるべきである。バスタブからリンゼイさんを取り出して、心臓に耳をあて、心音を確かめたのか。それがなされていないければ死亡と判断してはいけないのではないか。当局は被害者遺族に謝罪しなければ、これこそ外交問題に発展する可能性がある。市橋達也に罪をすべて押し付けるのではなく、当局としてスジは通して欲しいとただ思うばかりだ。

全部書き切れなかったので次回に続く。


2010/11/21加筆修正

Tag:英国人女性殺害事件 冤罪 

Category:市橋達也の冤罪検証

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市橋達也の冤罪検証・考察ポイントのまとめ2

2010/10/31(Sun) 14:45

市橋達也の冤罪検証・考察ポイントのまとめ①の続き。


・この事件の初期報道で、「二人は事件の五日前に知り合った」と断定的に報じられたが、「2人は親密な関係になかった」「2人は愛人関係になかった」とする根拠はどこにあるのだろうか。メールアドレスの隠蔽行為。リンゼイさん失踪当日のマンション監視カメラの映像は非公開。これらは「二人は事件の五日前に知り合った」とする二人の関係を否定する証拠とも言えるのだが、それらを隠さなければ、二人は他人だったと言い張れないのだろうか。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070329-00000019-mai-soci(リンク切れ)
http://www.asyura2.com/07/nihon22/msg/816.html
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070328-00000217-jij-soci(リンク切れ)
http://www.asyura2.com/07/nihon22/msg/813.html

・市橋達也とリンゼイ・アン・ホーカーさんは大学時代に接点を持っていた可能性がある。というのも市橋達也は千葉大学園芸学部を2005年に卒業しており、リンゼイ・アン・ホーカーさんはイギリスの大学を2006年に卒業しているからだ。さらにいえば、市橋は「大学在学中は留学生交流サークルのリーダーで、外国人女性との交際歴もあった」と報じられている。日本で働こうとしていたリンゼイさんが留学生交流サークルのリーダーであった市橋にアドバイスを求めるなど、来日する前に接触していても不思議ではない。
http://shadow9.seesaa.net/article/107430958.html(参照ページ)

・市橋達也はカナダのエドモントン市に留学(ホームステイ?)経験を持つ。さらに千葉大時代にフランス留学の経験もあるという。大学時代のサークル活動もあわせて考えれば、英会話のスキルはそこそこ身につけていたと考えるのが妥当である。そんな彼が来日して半年満たない英会話講師(事件は2007年3月だが、リンゼイさんは前年10月に来日したとされている)に「英会話教えて」と個人レッスンの約束を取り付けることなど果たして本当にあったのだろうか。親しい関係にあれば、会う約束など取るに足らない事で良い訳で、わざわざ理由付けする必要はない。
http://www.timesonline.co.uk/tol/news/world/asia/article5139609.ece

『喫茶店の店長によると、2人が店内にいたのは先月25日午前8時55分から9時45分ごろ。当時いた店員は「ごく普通のカップルか個人レッスン中に見えた」と話しており、特に脅されていた様子などもなかったという。』と25日のリンゼイさん失踪当日、二人が行徳駅前喫茶店の防犯カメラに映っていたことが目撃されている。この時、「ごく普通のカップルか個人レッスン中に見えた」と話しているが、これは、店員の話を聞いた店長によるもので、『個人レッスン中に見えた』というのは市橋に対する偏向報道による後知恵の可能性があり、店員が実際に見たのは、『ごく普通のカップルに見えた』二人の光景だったかもしれない。もし、英会話のレッスンを小一時間していたとするならば、それは教師と生徒の関係であり、『ごく普通のカップルに見える』わけがない。それよりも、教師と生徒の関係と、親しい男女の関係が相容れるのであろうか、ということを考えてもらいたい。「個人レッスン」する二人がカップルに見えるのだろうか。逆に、普通のカップルが教師と生徒の関係に見えるのだろうか―。当方の想像力では両者は両立しない関係である。そもそも市橋に英会話の個人レッスンは必要としていない。「特に脅されていた様子などもなかったという。」という部分をみても市橋がストーカー行為を働いていたとする報道と矛盾する。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070402-00000062-jij-soci(リンク切れ)
http://www.asyura2.com/07/nihon22/msg/885.html

・リンゼイさんの失踪当日の朝、8時55分から9時45分まで行徳駅前の喫茶店の防犯カメラに二人に姿が記録されているが、「この直前、行徳駅構内の防犯カメラでもホーカーさんの姿が確認されている。」という。行徳駅~西船橋駅間の所要時間は七分で、8時半には外出していなければ間に合わないことになる。これは『同居している女性が「25日午前9時ごろ室内から出ていく音を聞いている」』とする部分と若干矛盾する。同居している女性が聞いた音はリンゼイさんが外出する時の音だろうか。社宅には3人で同居しており、友人、知人、恋人などリンゼイさん以外の出入もあったはずだ。リンゼイさんの姿がはっきりと確認されているのは『調べでは、ホーカーさんは25日未明、船橋市の自宅で同居の女性と話したのを最後に行方が分からなくなった。』と報じられている通り、25日未明になる
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070327-00000045-mai-soci(リンク切れ)
http://www.asyura2.com/07/nihon22/msg/784.html
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070403-00000024-san-soci(リンク切れ)
http://www.asyura2.com/07/nihon22/msg/901.html

・行徳駅前の喫茶店で記録された防犯カメラの映像を、市橋ではなく、リンゼイさんに注目して見てもらいたい。

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この4枚のキャプチャは入店時のものだ。この時のリンゼイさんのヘアスタイルはおかっぱ頭のようにもみえる。セミロングといったところか。そして、店を後にする彼女が微妙に変化していることに留意してもらいたい。

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あとの4枚のキャプチャは店を後にするときのものだ。この時のリンゼイさんはセミロングではなく、腰まであるロングヘアであることが見て取れる。両者を比較すれば分かるのだが、彼女は、入店するとき、ロングヘアの後方部分を上着で隠しているにもみれる。

なぜロングヘアを上着で隠して映って見えるのか。その理由をリンゼイさんは髪の毛が濡れていたから上着で隠したのではないかとみている。ともすれば、しきりに前髪をいじる仕草も、市橋を目の前にして緊張しているのではなく、髪の毛が濡れていることが気になってしょうがないからだと考えられる。一時間ほど店内にいて、髪の毛がある程度乾いたのだろうか、腰まであるロングヘアを露にして店を出たようだ。防犯カメラの映像を見る限り、リンゼイさんはかなりビジネスライクな装いでフォーマルなスーツを上品に着こなしている。ただ、濡れた髪にそれはミスマッチである。見様によっては職場の噂の種になってしまうかもしれない。彼女は髪の毛が濡れたままでいるのが下品に思えて仕方がなかった。売春婦のようで嫌だった。だから濡れた髪を上着に収めるように隠し、しきりに前髪をいじる仕草をし、そわそわしているようにも見えたのではないか。二人が事件の五日前に知り合ったのではなく、元々親しい関係にあったとするならば、さらに25日午前9時ごろ室内から出ていく音はリンゼイさん以外の誰かであると考えるのであれば、この推理は容易に成り立つといえよう。

・さらに想像をたくましくすれば、『25日未明、同居する女性と話したあと、市橋と落ち合い、西船橋周辺のホテルで外泊したのではないか』ということになる。失踪当日、リンゼイさんは10時半(10時50分とも)に授業を予定していて、勤務先はNOVA小岩校であった。行徳駅前の喫茶店に姿を現す前、二人はどこかのホテルで一晩過ごした。そして朝になり、リンゼイさんはシャワーを浴びる。しかし時間が迫ってきてブローをろくにせず、髪の毛が濡れたままチェックアウトすることになる。その足で二人は、行徳駅に向い、一先ず喫茶店で朝食を共にし、9時45分に店を後にした。そこからタクシーで4,5分の距離にある市橋のマンション自室に寄るわけだが、リンゼイさんの授業の予定まで時間的にみれば、一時間もない。その極めて短い時間、市橋のマンションに寄ろうとしたのは「市橋の部屋にあるドライヤーを借りて、乾ききれていない髪の毛をブローし、ちゃんと整えてから出勤したかった」からではないか。ともすれば、元々長居するつもりはなかったわけで、タクシーを待たせようとしていたことも説明がつく。個人レッスンでもなく、売買行為でもなく、ただ単に髪の毛を乾かしたかっただけではないか。考えて見れば、親しい男女が連れ合いの部屋に行く理由など、取るに足らないものなのかもしれない。

・元警察官の黒木昭雄氏は『ちなみに私は、ホーカーさんと市橋容疑者が2ヶ月ほど前に接触したであろう可能性を掴んだ。南行徳駅前のビルの2階に外国人が集まるバーがある。このバーには昼と夜の顔があり、午後2時から午後4時までの間は「コーヒーを飲みながらのレッスン」をうたい文句に外国人の語学講師が語学指導をしている。そして午後8時以降は文字通りバーになるが、客として入店する人の多くがこの外国人講師だ。そしてこのバーでホーカーさんらしき女性を見かけたという人がいる。さらに今年1月末ごろ、このバーと同じフロアーの居酒屋に市橋容疑者が一人で来店したと女性店主が証言したのである。これは単なる偶然なのか。』とリンゼイ・アン・ホーカーさん殺害事件 解けない八つの謎 の疑問8で、市橋達也がリンゼイさんにストーカー行為を働いていたとする一連の報道に疑問を呈している。この事件の「外国人女性を無差別に狙ったストーカー犯罪の延長にある強姦殺人事件」という道筋は、市橋とリンゼイさんが「親密な関係になかった」、「愛人関係になかった」からこそ成立するのであり、市橋達也の単独犯行だとする見立ては、事件の五日前にはじめて知り合ったことが絶対条件になる。それが崩れてしまえば、「外国人女性を無差別に狙ったストーカー犯罪の延長にある強姦殺人事件」は成立しない。
http://www.akuroki.jp/h2_tree/treebbs.cgi?log=69



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・リンゼイさんの遺体を園芸用砂で埋めた理由について、「遺体を浴槽に埋めて隠す」目的があり、同時に購入したとされる発酵促進剤も用いて「遺体の速やかな土中分解を促し、巧妙に隠そうとした可能性もある」と報じられている。バクテリアによる土中分解作用で遺体を骨になるまで腐らせ、身元不明にしようと市橋は考えていたと言いたいらしいのだが、この説明は時間という概念を度外視した非論理的な説明である。死体の腐敗速度の目安としてCasperの法則というのがあるが、腐敗速度 地上:水中:土中 = 1: 1/2 : 1/8、つまり土中というのは地上に置くよりも、腐敗速度は八倍遅くなるということだ。実際に発酵促進剤を園芸用砂に混ぜあわせ、バクテリアによる土中分解作用で遺体の腐敗を促進させたとして、骨だけになるまで何年放置すればいいか計り知れたものではない。
http://web.archive.org/web/20070427044244/http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20070426ic01.htm

・さらにいえば、エジプトのミイラに毛髪が残っていることから考えても、人間の体毛、毛髪というのは腐敗しにくいものであり、報じられている通り「遺体の速やかな土中分解を促し、巧妙に隠そうとした」のならば、まず前準備として遺体の体毛全て(毛髪、陰毛、睫毛、眉毛等)を剃毛処理しなければ、本人特定可能な試料が残留してしまう可能性はある。「髪の毛は当時、数十センチの長さの束で同じごみ袋から発見。(中略)暴行後、髪を切ったとみている。」と事件当時リンゼイさんの毛髪が切られていたことが報じられているが、それは土中分解の前準備の剃毛処理とは程遠いものである。
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/crime/332236/

・バスタブをベランダに運び出した理由については、「遺体が腐敗した場合に備えて浴槽をベランダに置き、園芸用の砂で覆うことで異臭を抑えようとしたとみている。」と報じられている。が、しかし、園芸用砂で埋めた理由とあわせて、この説明も非論理的である。そもそも浴室というのは換気が備わっているのが当然であり、常時換気扇を作動させ、ドアの通風路や隙間をテープで目張りするなり対応すれば腐臭を抑えることも可能だと考えられる。本気で遺体を土中分解で骨にし、身元不明にするつもりなら、浴室からバスタブを取り外し、ベランダに運びこむ必要はない。照明に工夫すれば、太陽の日差しに当てる必要もない。遺体が発見されるリスクを考えれば、浴室からバスタブを取り外さずに、そのまま園芸用砂で埋めるなりした方が理にかなっているということだ。
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/crime/332236/

『マンションの住民によると同日夜から26日未明に、市橋容疑者の部屋から「何か重いものを引きずる音や、金属音が聞こえた」』、つまり、二六日未明の時点でバスタブはベランダに運びだされていたということだ。この時はまだ遺体から腐臭が発していたとは考えにくい。死体から腐臭が漂うのは死後二日程度経ってからと言われている。ひとまず浴室内に遺体をとどめておき、遺体から腐臭が漂い出してからベランダに運びだすなり対処すればいい話である。なにしろ、ベランダに運び出す決断が早過ぎるのである。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070331-00000014-mai-soci(リンク切れ)
http://www.asyura2.com/07/nihon22/msg/861.html

・以上の矛盾を正しく読み解けば、ベランダにバスタブを運び出したのは、通行人に見える場所に出す必要があったからではないかという推論が成り立つ。つまり、リンゼイさんの遺体を埋めたバスタブを衆目に触れる場所に放置することで、速やかな事件化を計ったのではないだろうか。事実、ベランダの欄干にマットレスを干し、目隠ししているような格好であるが、三分の一程度しか隠れておらず、バスタブは外から丸見えであった。406号室にマットレスしか無かったとは考えにくく、敷き布団や掛け布団、毛布まであったはずだ。それを示すように布団ばさみがちゃんと四本ある。なのになぜ、マットレスだけを干し、欄干の三分の二は隠さなかったのか―。象徴的殺人の観点から言えば、事件は発覚してこそ意味があり、身元不明になるまで何年も放置されることなどありえないのだ。これが果たして市橋達也一人の手によるものであろうか、ということだ。




市橋達也の冤罪検証・考察ポイントのまとめ①の続きであるが、市橋達也とリンゼイ・アン・ホーカーさんの関係性とベランダに運び込んだバスタブを中心にまとめてみた。この他にも、

○市橋達也の弁護団について
○市橋が沖縄を目指していたのは本当か
○NOVAからみたリンゼイ・アン・ホーカーさん殺人事件
○第六回公判前整理手続きにみる、この事件の顛末

等々、まだまだ書くべきことは沢山ある。それらすべて初公判を迎える前に、このブログにエントリーし、ネットに残しておかなければいけない。この事件が感情論に流され、事件報道を妄信する裁判員たちによって死刑が求刑されるという最悪な結末を迎える前に、この事件の真相に目を向けさせる必要がある。

このブログに本当に目を向けて欲しいのは、市橋達也の両親である。この事件報道を一度でいいから疑ってみて欲しい。わが子を信じ、支援してやって欲しい。未だ接見禁止はとけないていないが、それすら不可解であるが、接見禁止をとかせるよう弁護団に働きかけ、面会に行って欲しい。一度面会にいけば、市橋が整形して逃げ回っていたことが虚構であり、事件報道の市橋達也は虚像であることに気付けるだろう。そして、市橋のことを有罪ありきでみる現弁護団を解散、解任させ、自前で有能な人権派弁護士を雇い、市橋の弁護を任せて欲しい。例えば村木事件の弘中弁護士や、光市母子殺害事件の安田弁護士のような冤罪事件に長けた弁護士が一人いれば、十分だと思う。



Tag:英国人女性殺害事件 冤罪 

Category:市橋達也の冤罪検証

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市橋達也の冤罪検証・リンゼイ・アン・ホーカーさん殺害事件 黒木昭雄氏の考察・完結編

2010/11/06(Sat) 20:13

リンゼイ・アン・ホーカーさん殺害事件 黒木昭雄氏の考察・完結編


リンゼイ・アン・ホーカーさん殺害事件 黒木昭雄氏の考察
http://hatajinan.blog61.fc2.com/blog-entry-147.html



黒木昭雄氏は、2009年11月10日の市橋達也逮捕を前後して、リンゼイ・アン・ホーカーさん殺害事件に関連した記事をブログに四本残している。突如として表面化した市橋達也の整形情報とそれを垂れ流すメディアと懸賞金の効力に疑問を呈する内容だが、一先ず、黒木氏のブログエントリーを時系列に並べて転載してみたい。



市橋達也は警察の広告塔なのか!?
http://blogs.yahoo.co.jp/kuroki_aki/9093860.html
2009/11/5(木) 午後 6:43

例えば、11月4日付の朝日新聞朝刊の1面記事にこんな見出しが踊っていました。

07年の英国人女性死体遺棄
市橋容疑者?大阪で整形

驚くべきは、「市橋達也容疑者とみられる男」程度の匿名情報が、新聞やテレビで大々的に報道されたことです。

この市橋容疑者とみられる男が同病院(後の報道では名古屋)を訪れたのは、先月(10月)の下旬のことで、この男は、それに先立つ先月24日にも福岡市内の整形病院を訪ねたといいます。そして、その時使われた偽名が、ウソかホントか、名古屋市内の病院で使われたものと同じ。だから二人は同一人物。それが一気に膨らみ、市橋に似た男が、あたかも市橋と断定されたごとき扱いとなって「市橋達也報道」となったような---

賢い記者が、子どもにでも分かる矛盾に気づかぬはずはありません。
それなのに、「逃走資金は?」「協力者の影は?」などと、まるでそれが市橋容疑者本人であるかのように報道しているのです。

命じられるままに垂れ流すマスコミに、哀れを感じるのは私だけでしょうか。


病院関係者と称される通報者への気持ちは、地元メディアのインタビューに答えるリンゼイさんのお父さんと同じです。
似ていると知っていながら、手術が終わってから通報するバカがどこにいますか?
男が本当に市橋に似ていると思ったら何を捨てても通報するのが道理。(筆者注・神戸のフェリー乗り場職員やタクシーの運転手とて同じである)
手術中に通報すれば逃げられなかったはず。それなのに「同月(10月31日)にも診察の予約を入れていたが姿を見せなかった」とは、開いた口がふさがりません。


それにしてもマヌケなのが警察です。
どこの「警察関係者」がリークしたのかはしりませんが、これだけ報じられたら捕まるものも捕まらない。違いますか?(筆者注・同感である。なのに市橋は捕まった。それがなぜだか考えるべきだ)
それなのに、警察は、「男が映った病院での画像を分析した結果、市橋容疑者である可能性が高いと判断し、有力な情報とみている」などと、やたら信憑性を強調するから、なおさら呆れます。警察の捜査はもっと緻密なもの。そもそも、病院に残された「申込書」などから市橋の指紋はみつかったのでしょうか?それに皮膚片や血液のサンプルぐらい採取したはずです。そうした結果もなしに「似ていた」だけで大報道。
私が言うのもヘンですが、報道の信頼性なんてその程度なのでしょかねぇ。

さて、
この報道に違和感を覚えるのは、毎年11月が、警察庁が定める「指名手配被疑者検挙月間」だからです。先月のことが、なぜ都合良く今月になってリークされたのか、偶然とは思えません。
いずれにしても警察は、「男の画像を、今週中に公開することも検討している」(朝日新聞11月5日朝刊)としていますが、もしかしたら、「検討」だけで終わるのかもしれませんね。見物です。

では最後に、一連の報道でいったい誰が得したのでしょうか。

1 金をかけずに宣伝することに成功した警察
2 金をかけずに報道枠を埋めたマスコミ


あまりのバカバカしさに、ため息がでました・・・・・・
(転載ここまで)


市橋達也報道の気味の悪さ
http://blogs.yahoo.co.jp/kuroki_aki/9126214.html
2009/11/6(金) 午後 5:17

市橋達也容疑者らしき男の写真が「あっ」という間に公開されました。
すると、「これが市橋の新しい顔です」などとマスコミが煽っています。

まぁ、警察発表というお墨付きを得たのだからかもしれないけど、
それにしても、なんとなく薄気味の悪さを感じるのは私だけでしょうか?


昼頃、ある記者からこんな取材がありました。
「逃走資金や整形手術のお金はどうしたんでしょう?」
記者は、警察の説明を丸呑みしているようです。
なので、私は言ってやりました。
「意外とガセかもしれないよ~ん」

理由は次のとおり。
1 お医者さんは市橋の顔に8回ほどの整形の痕があるといった。
つまり、市橋らしき男は過去に8回も整形を受けていたことになる。
だとするなら、なぜ今回、新しい病院を訪ねたのか? しかも、リクエストは少し鼻を高くする程度。
手配されている男が、その程度の整形のために新しい病院にいくかなぁ。
それでも整形したいと願うなら、前回のお医者さんに頼むとおもうけど。

2 苦労して顔を変えたヤツが、安易に顔写真を残すと思う!? 
それがお医者さんの希望だとしても、普通なら拒否するだろうし、それに手術後の写真がないのもヘン。

3 市橋断定の決め手が医科歯科大の鑑定というのも気味が悪いな。
なぜ指紋がないの? なぜ科学的に証明できるモノがないんだろ?
「写真を見比べたら間違いない」じゃ納得できない。

言いたくはないけど、ヤルとなったら、警察は平気で罪人をつくる組織。逆もある。
しかもこの事件、そもそも千葉県警の大失態が招いた逃走劇じゃない!?
さらにさらに、35歳のサギ女の事件もいっこうに殺人で立件できないし、女子大生の殺しも大騒ぎしたわりに見立て違い。
そうした警察内部の混乱がモトでへんなことにならなければいいけど。

すると記者
「鑑定の写真が作り物?」
わかるわけないだろ。
ただ、それが警察の策略なら、国民全部が違った男を市橋だと思いこむ。

少なくとも、
垂れ流し報道の危険性を考えるテーマにはなるよね!


記者さん、みょうに納得してました。
(転載ここまで)


市橋容疑者逮捕におもうこと
http://blogs.yahoo.co.jp/kuroki_aki/9299345.html
2009/11/10(火) 午後 9:42

日本一有名な指名手配被疑者、市橋達也容疑者の身柄拘束の一報が流れました。
確か、名古屋の整形クリニックでの報道が流れたのが11月4日だから、ほぼ一週間の逃走劇です。
じわりじわり狭まる包囲網に市橋容疑者自身、さぞかし怯えていたことでしょう。私としては、彼がその間どこで何をし、何を考えていたのか、そして逮捕の瞬間と、この数日間の行動が特に気になるところです。

知りたいことは他にもあります。
リンゼイさん殺害事件が発覚したのは07年3月26日でした。その後、大阪の西成で建設会社の労働募集に応じたのは08年8月19日です。しかしこの時すでに市橋容疑者は整形してていたと言います。つまり、市橋容疑者は事件発覚から1年4ヵ月の間、人知れず8回近くもの整形をくり返していたことになるのです。(注・最近公開された被害者遺族に向けた謝罪の手紙では、働き始めてから整形したことになっている。これは大きく矛盾する点である。)
そして死体遺棄罪(3年)の時効の成立まであますところ5ヵ月に迫った10月11日、なぜ市橋容疑者は1年以上も住み込みで働いた建設会社から姿を消し、逮捕の危険を押してまで福岡市内の美容外科に現れたのでしょうか。名古屋市内の美容クリニックで決め手となる写真を残したのも疑問です。
ですが、それはともかくとして、リンゼイさんを殺害したであろう市橋容疑者が逮捕されてほんとうに良かった。

率直に、警察の捜査過程に煮え切らない思いもありますが、今後は、事件の全容解明を期待し、逮捕に関わった警察官及び情報提供者のみなさんに労をねぎらう言葉を残したいと思います。
みなさん、本当にお疲れ様でした!


「市橋の逮捕で苦しみが薄れた」
中継で流されたリンゼイ・アンフォーカーさんのお父さんのコメントです。
この「岩手17歳女性殺害事件」も早く解決すると良いのですが―――
(転載ここまで)


市橋容疑者逮捕は懸賞金の威力なのか!?
http://blogs.yahoo.co.jp/kuroki_aki/9315465.html
2009/11/11(水) 午後 1:23

市橋容疑者逮捕は懸賞金の威力なのか!?
 
こうした質問が英字新聞ほか、新聞社から届いています。

答は否です。
市橋容疑者を精神的に追い詰めた一番の原動力は人の目であり、人々に関心を持たせたのが、あの、生々しい写真だと私は思います。
写真という素材があるからこそマスコミが報じ、それにつられて視聴者が手配容疑者を身近に感じ、気にする。
これも一種の「劇場型」と言われる現象ではないでしょうか?

一方、小原勝幸をはじめとする約15人の懸賞金つき事件は忘れ去られようとしています。ほとんど報じられないからです。それらからいっても、指名手配被疑者を見つけ出すための威力は、「懸賞金」そのものではなく、何といっても、広く全国に情報を発信するマスコミということになります。

この種の事件で有名なのが、整形手術を受けながら時効寸前まで逃走を続けた福田和子元被告事件。それゆえに、「市橋容疑者も整形しているのではないか?」と噂されましたが、今回の逮捕によってそれが裏付けられたわけです。そうした意味から言っても、捜査員6人の制止を振り切って姿を消した07年3月26日から、初めて素顔を他人に見せた08年8月19日までの1年4ヶ月に及ぶ市橋容疑者の逃走劇に注目が集まります。
ですが、それで終わったわけではありません。
市橋容疑者が本当にリンゼイさんを殺害したとするなら、その経緯のすべてがつまびらかにされない限り、真の事件解決にはならず、遺族の心が満たされることはないのです。

前にも書いたように、今でも私は千葉県警の捜査ミスがリンゼイさんの死亡に深く関係していると考えています。(筆者注・捜査本部が隠蔽していた直腸判定の結果により、リンゼイさんの死亡推定時刻が26日夜に変更された。ともすればリンゼイさんは事件発覚時生きていたことにもなる。深く関与しているどころの騒ぎではない。)
もしそれが事実なら、千葉県警は、そうした極めて不都合な事実を隠すことなく、みずから洗いざらい公表してほしいものです。(注・当方もそれを心より願っている。)
それが、素晴らしい人生を奪い去られたリンゼイ・アン・フォーカーさんに対する何よりもの供養ではないでしょうか。
(転載ここまで)


当方がこれらの黒木氏のブログエントリーを見たのは〈市橋達也の「整形後の顔写真」は捏造だった〉を拙ブログに投じた後である。そして、この黒木氏のブログエントリーを読み、『ホクロのない顔写真』が捏造であり、それ以降の目撃情報すら捏造だった確証を得たのは言うまでもない。


市橋達也の「整形後の顔写真」は捏造だった1
http://hatajinan.blog61.fc2.com/blog-entry-130.html
市橋達也の「整形後の顔写真」は捏造だった2
http://hatajinan.blog61.fc2.com/blog-entry-131.html
市橋達也の「整形後の顔写真」は捏造だった3
http://hatajinan.blog61.fc2.com/blog-entry-135.html
ホクロの無い顔写真捏造以降の後追い記事は全て捏造である、とした場合
http://hatajinan.blog61.fc2.com/blog-entry-146.html



ほくろの除去痕
名古屋の整形医はホクロの除去された痕を不審に思い通報した。

ほくろ接写
なのになぜホクロがあるのだろうか。

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この写真はMSNニュースで今も拾える。左右の写真を透かして重ね合わすと下の写真のようになる。

市橋の顔写真を重ねる
顎のラインがぴったりと一致しているのに、目鼻口が極端にずれている。肩の位置もぜんぜん違う。これが本当に同一人物なのだろうか。自分の目で見て判断してもらいたい。




***


11月2日、元警察官でジャーナリストの黒木昭雄氏が天に召され、先のブログエントリーでその無念さを綴った。あまり触れたくなかったのだが、そうもいかなくなった。黒木氏と同じく警察腐敗を追求するジャーナリスト、寺澤有氏のTwitterで”黒木氏の遺体が司法解剖されていない”ことを知ってしまったからである。


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【訂正1/4】11月2日夜、黒木昭雄さん宅へ駆けつけ、妻に司法解剖の有無を尋ねたところ、「司法解剖はしていないが、行政解剖はしている」ということでした。妻は元警察官であるため、その言葉を鵜呑みにして帰りました。
【訂正2/4】しかし、11月3日昼、外部から「なんの解剖もしていない」という情報があり、同日夜、通夜の席で娘に確認したところ、「遺体にメスを入れた跡はない」とのことでした。
【訂正3/4】通夜の席ではありましたが、遺族らに黒木さんの遺体を司法解剖へまわすよう強く訴えました。しかし、同意は得られませんでした。
【訂正4/4】自殺の可能性が濃厚とはいえ、日頃、黒木さんが司法解剖や死因究明の大切さを取材、報道していただけに、とても残念です。


遺体にメスを入れる司法解剖とは違い、行政解剖はほとんど外表検査(体を外から眺めたり触ったりする)だけで済まされてしまうという。それでは本当の死因は分かるわけがないではないか。黒木氏の死を自殺として片付けるのは論外だ。自殺する動機がない。どうみたって他殺であり、自殺を偽装しているだけだ―。

黒木氏は護身術の著作もあり、暴漢に襲われた時の対処の仕方は心得ていたはずだ。争った形跡もなく、外傷がないまま死に至らしめられたということは振り向く間もなく卒倒したものと思われる。ともすれば衆院選に敗れて間もなく自宅のベッドで倒れ帰らぬ人となった中川昭一氏を思い出す。最近になって、彼の死因はVXガスに拠るものという噂がながれた。

警察が偽装を見抜けないのではない。あえて見抜かないのだ。他殺と判断し事件化してしまっては司法解剖しなければいけないし、捜査しなければいけない。それを避けるため、用意周到に根回しをし、自殺として処理したのだ。他殺を疑わない姿勢こそ、自殺ではない証左ではないか?

ネットで騒がれているように、黒木氏の死は明らかに他殺であり、事件化して司法解剖するべきであった。司法記者クラブという害悪により、記者は警察の言い分をテキスト化するだけであるから、第一報から自殺に誘導したのは、メディアというよりも警察である。そして、自殺として処理する方向に誘導したのは、間違いなく所轄の千葉県警である。リンゼイ・アン・ホーカーさん殺害事件を担当したのも千葉県警である。そして、千葉県警は今年の上半期(2010年1月~6月)までに警察官15人の逮捕者を出している。定員数で見れば、鹿児島県警に告ぐ全国二番目に不祥事が多いのが千葉県警である。


黒木氏の死に際し、元TBSアナウンサーの川田亜子さんは自殺ではないと疑わざるを得ない。さらに、連続不審死事件の容疑者として先日再逮捕(殺人容疑。8回目)された木嶋佳苗容疑者も本当は冤罪なのではないかと疑ってしまう。この事件は周到なメディアスクラムが組まれ、彼女を犯人に仕立て上げているのだが、最初の逮捕は詐欺罪であり、殺人容疑で再逮捕(7回目)するに到るまで、詐欺、詐欺未遂、窃盗などを6件積み重ねている。

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そして公判前整理手続で無罪を主張した後、殺人容疑でまた再逮捕されている。都合八回の再逮捕である。これは、殺人に際し、捜査当局側に全く証拠がないことを意味している。もっといえば、殺人容疑に対し、一貫して黙秘、否認しているということだ。ルーシー・ブラックマン事件の織原城二や千葉女子大学生放火事件の竪山にもみられる傾向である。織原城二はルーシー・ブラックマンの殺人と死体遺棄に関しては無罪になり、竪山はただの出し子だった可能性がある。木嶋佳苗容疑者の詐欺他の容疑はけして殺人を立証するものではない。さらにいえば、誰かに罪を着せられた可能性も否定出来ないのである。おそらく、自殺や事故として処理した案件を蒸し返して無理やり事件化したはいいが、木嶋佳苗容疑者がなかなか自供しないものだから、物証がある詐欺罪などを積み重ね、自供が引き出せないと判断するや殺人容疑を立件したのだろう。はっきりいえば、詐欺や窃盗の証拠があったとして、そもそも自殺や事故として処理した当局側に瑕疵がある。秋田連続児童殺害事件の畠山鈴香の場合もそうだった。彩香ちゃんはとっくに事故として処理されていたのである。

殺害の証拠がないのなら、立件しなければいい。おそらく完全犯罪を許さないとでも言いたいのだろうが、てめえの不始末を棚にあげて、容疑を認めるまで再逮捕を繰り返すことに正当性はあるのだろうか。もし、本当にやっていなかったとしたら、その責任をちゃんと取ってくれるのだろうか。木嶋佳苗容疑者はすでに凶悪事件の容疑者として社会的に抹殺されたも同然だ。容疑が晴れても、名誉は回復されることはない。


市橋達也とて、すでに社会的に抹殺されたも同然である。

誰がリンゼイさんを殺害したのか-。誰がベランダにバスタブを運びこみ、園芸用砂で埋めたのか-。市橋は961日間、どこで何をしていたのか-。なぜか市橋の弁護団は、これらの事実調べを忌避している。公判前整理手続という談合で検察の顔色を窺っているのだ。愚かしいことに、市橋の千葉大学時代の指導教員を法廷に呼び、情状酌量に訴えるという。バカもほどほどにしろと言いたい。市橋の最大利益を考えるならば、弁護団が率先してこの事件の真相を究明するのが筋ではないか。なぜ、嘘で塗り固めた捜査当局のストーリーを鵜呑みにしてしまうのか。実際に、直腸判定という確たる証拠を隠蔽していたではないか。そして弁護団自身が「26日未明、リンゼイさんは死亡した」という主張すら、ものの見事に崩れ落ちてしまったではないか。せめて弁護団だけでも事件報道や当局のストーリーを鵜呑みにせず、ちゃんと足元を見て、事実と照らし合わせて判断することが必要なのではないか。それが弁護士としての使命ではないか。

裁判員が無罪判決を下すほどの稚拙な作文しか書けない厚顔無恥な検事と、全国で二番目に警察官の不祥事が多い千葉県警が、市橋達也を強姦殺人犯に仕立て上げ、この事件の幕を引こうとしている。市橋達也の弁護団は、まず、それを知るべきである。

拘留期限3日前に自供調書をでっち上げられた袴田巌のように、市橋達也は、罪状認否の席上でおそらく全面否認する。そうなったとき、せめて両親だけでも市橋の言葉に耳を傾けてやって欲しい。スネているわけでもなく、反省していないわけでもなく、市橋の口から放たれる言葉には、絶対的な真実があると、当方は確信している。


Tag:英国人女性殺害事件 冤罪 黒木昭雄 

Category:市橋達也の冤罪検証

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市橋達也の冤罪検証・いかにして英会話最大手NOVAは破綻への道を辿ったのか

2010/11/16(Tue) 01:12

いかにして英会話最大手NOVAは破綻への道を辿ったのか





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第1回 いかにして最大手NOVAは破綻への道を辿ったのか (2007年11月16日)
http://diamond.jp/articles/-/2972





「なんとかして自力再建の道筋を開こうとしていました。しかし間に合わなかった。たった1週間遅かったんですね、なにもかも」──。会社更生法を申請し、事実上の倒産となった英会話学校最大手のNOVA。
その直前に、クーデターのかたちで社長の座を追われた猿橋望・元社長は、悔しそうに語った。
社長解任以来メディアの前から姿を消していた猿橋氏が、「1週間遅かった」と悔やむ倒産までの道のりを、本誌だけに明かした。


Q 10月25日深夜の取締役会で「欠席裁判」で社長の座を追われ、同時に新たに代表取締役に選任された渡辺勝一、吉里仁見、アンデルス・ルンドクヴィストの3取締役が、大阪地裁に会社更生法の適用を申請しました。一連のことを知ったのはいつですか。

猿橋 26日の金曜日になって初めて知りました。朝の5時半に電話でたたき起こされて「報道を見たか?」と。



Q “雲隠れ”などと言われていますが、クーデター後は何をしていたんですか。

猿橋 なんとか会社を建て直せるかもしれないという寸前だったんです。 金曜日(26日)は、なんでこんな事態になってしまったんだろうと考えていました。

私はもともと、毎朝5時6時まで仕事して、10時くらいまで寝ているような生活パターンだったんですが、この半年間は、いまは何時に寝ようが5時半には目が覚めるという状態だった。

とにかくこの半年間、立て直しのため秒刻みで動いていたのですが、土日は「もういいや」と寝ていました。その後は、弁護士と今後の対策について話し合っていました。

Q これからどうするつもりですか。

猿橋 月曜日までは、保全管理人からの発表がここまでひどいとは思わなかったんです。私が、会社を延命させて、私腹を肥やしたかのような悪イメージをつくろうとしている可能性がある。

保全管理人が就任して数日で、調査する時間もないうちに、ここまでいろんな話が矢継ぎ早に出るのはおかしい。何を調べて言っているんだと。ここまでやられたら反撃するしかありません。

私は自分の私財を13億~14億円突っ込んでいます。資金調達のために担保提供した株券だってそもそも私の私有財産です。従業員に給料を払うために全部突っこんだ。なんとしてもだれにも迷惑が掛からないように会社を再建するという大前提で動いていました。そこに一点の曇りもありません。逃げるなら6月に逃げています。

Q 生徒や外国人講師、社員に対して、メッセージはありますか。

猿橋 規模を極端に縮小し、会社を分割、レッスン料などの一般債権はほとんど吹っ飛ばすような方向で売却となるようですが、こんなことにならないように、なんとかして自力再建の道筋を開こうとしていました。しかし間に合わなかった。

たった1週間遅かったんですね、なにもかも。結果責任として多大な迷惑を皆さんにおかけしてしまい、本当に申し訳ないと思っています。

Q 私物化の象徴として、保全管理人から豪華な社長室が公開されました。



猿橋 あれは招待客にさまざまなネットワークのデモンストレーションをご覧いただき、職住一体型の空間を体感いただくためのVIP用モデルルームというかショールームです。社内ではビジネスセンターと呼んでいました。お茶の間留学のシステムを使って将来、どういうライフスタイルになるかというデモンストレーションを、年間100回近く行なっていました。そもそも私の社長室は本社にあります。

デスクに置いてあったネームプレートはお客様からのいただきもの。大体、自分の部屋の自分のデスクにネームプレート置きますか? あんなの置くのは役所くらいですよ。

Q 一方でギンガネットにお金を環流させていたという指摘があります。

猿橋 逆です。ギンガネットはNOVAにとって債権者なんですよ。ギンガネットからNOVAに6億円貸しています。

あと、ギンガネットがNOVAに、原価の何倍とかでテレビ会議システムの端末を売っていると保全管理人が言っているようですが、そこで利益を上げようなどという発想はまったくありません。そもそも米国の同等製品なら100万円以上します。それを生徒価格8万9000円で売っていました。あの端末を2万円や3万円で作れると思いますか。開発費を含めたらマージンはまったくないどころか、サポート費用で赤字です。

Q 異文化コミュニケーション財団についても、同様の指摘があります。

猿橋 これもまったくわかりません。異文化コミュニケーション財団には確かに理事長名で入ってますが、経営はまったく見てないので経理がどうなっているのかさっぱり知りません。だから、この財団についてはコメントを控えさせてください。

Q NOVA倒産前後に、プライベートカンパニーの株を売り抜けたという疑惑もあります。

猿橋 個人会社というのは、1つはNTBという旅行会社。この会社は10月末に航空券の代金決済で手形の不渡りを出すところでした。もう一つがギンガネット。こちらは給料が払えていなかった。

なぜなら、これまでギンガネット、有限会社NOVA企画の資金がタイトになれば、NTBから貸し付けるとか、個人会社のなかでのやり取りしていたんですが、NOVA本体の資金繰りが厳しくなって以降は、それができなくなったんです。プライベートカンパニーからは合計で約10億円をNOVAに投じていますから、どの会社も資金が不足していました。結局、ある会社にお願いして10月上旬に、申し訳ないが持って下さいと引き取ってもらいました。資金が回っていない会社ですから、売却額は“すずめの涙”。何百万円という金額ではありません。

Q NOVAが倒産に至った原因は何だと考えていますか。

猿橋 2006年の3月決算で赤字を出しました。じつは去年の3月にいたるまで300の新店舗を出しているんです。小学生の英語教育の義務教育化を見越して、小学校に講師を派遣するなどの体制を作るとしたら、最低でも2000店くらい必要だとわかった。

でも、2000店となると年間100店くらい出しても、10年以上かかる。ならば1年間でどれくらい出せるのか、一回やってみようと、アクセルをガンと踏んだんですね。ところが1年で300店というのは明らかにやりすぎでした。マネジメントが想像以上に希薄化してしまいました。

そこで、もう一度全部堅め直す。何もかも15%圧縮するという圧縮の方向に入りました。経営を筋肉質に変えることを、目標に掲げた。概ね上手くいっていて、売り上げは15%落ちますけど、利益面では今年の3月決算はかなり上方修正で行けるという気配を感じていた。これが今年の2月のことです。

ところがその矢先、経済産業省の立ち入り検査が2月14日に入ったんです。


第2回 迷走する資本提携先探し、その果ての行政処分 (2007年11月19日)
http://diamond.jp/articles/-/1265


 拡大志向のきしみから2006年の3月決算で赤字を出したことから、NOVAは一転して経営を筋肉質に変えるべく、事業すべてを15%圧縮するという方向に舵を切った。その結果、2007年3月決算は利益面では上方修正となりそうな気配を感じていた矢先、経済産業省の立ち入り検査が入った。2月14日のことだ。ここからNOVAは混乱に陥っていく。


Q 2月14日の立ち入り検査の理由はなんだったんです。

猿橋 まったくわからない。理由ははっきりしませんが、社内の調査報告書によると、検査官が「講師の質の悪さ」「予約の取りにくさ」の証拠を集めろと言っていたようです。とはいえ検査は数時間で終わり、重い処分を受けるとは思っていませんでした。

 ところが、その翌日の新聞一面に「NOVA立ち入り検査、業務停止か」といった記事が出ました。大阪の本部には新聞やテレビが来て大騒ぎになりました。報道で騒ぎが助長して、収束するのに2ヵ月くらいかかりましたね。


Q 事業への影響はどれくらいありましたか。

猿橋 そもそも3月というのは、年間の売り上げ3分の1を占めるんです。ところが、報道のせいで入学者数がまったく伸びず、2~5月のキャッシュフローのロスが例年に比べ約120億円にふくらみました。

Q 経営的にかなり大きいダメージですね。

猿橋 2007年3月決算は、再び赤字でした。2月の大騒ぎがあってから1ヵ月ちょっとですから、立て直せなかった。資本の増強が必要なので、知人の社長に優先株を30億円分持ってもらうこと話がついていました。

 あるチェーン店を展開されている会社の社長で、シナジーも十分にある。その時点では30億円あれば十分立て直せると考えていたんです。そこに、4月に入って三井住友銀行の法人部長が来られて、「資本注入が必要だ」と言って、大和証券SMBCをFA(ファイナンシャルアドバイザー)に勧めてきました。大和証券SMBCが、ファンドや事業会社に声を掛けていくというわけです。私としては30億円の話があったので、FA契約はしますが、私が自分で勧めている話は阻害しないでくださいと言ったんです。

 ところが、大和証券SMBCの動きが一発で例の社長の耳に入ったんです。

「何やお前、うちには30億円の優先株とか言うといて、ファンドには51%の普通株やて? めちゃくちゃやないか!」って電話ガチャ切りです。一発で話が飛んじゃった。私は大嘘つきみたいになった。

Q 大和証券SMBCからはどんな紹介があったんですか。

猿橋 大和証券SMBCが紹介してくれたのは2社だけです。1社は4月の上旬から中旬にかけてデューデリに入りました。もう1社、4月下旬に来ましたが、その後音沙汰がありませんでしたから実質1社ですね。

 1ヵ月くらいしてファンドの方が来て、事業会社に話を投げていいかといって、彼らが挙げたのが丸井です。でも、私に了解をとる前に、とっくに先方には話をしてますけどね。彼らはいつもそうです。

 とにかく5月30日だったか、東京・中野にある丸井の本社に表敬訪問に行きました。すると、その日か翌日、夜中にメールで資本業務提携の契約書が送られてきました。そして6月2日の土曜日、契約書のすり合わせをしたいというので八重洲にある大和SMBCの本社に呼ばれて、午前9時から夕方の6時頃まで、ひたすら契資本業務提携の契約書の読み合わせをしていたんです。

Q どんな契約だったのですか。

猿橋 NOVAの株をファンドと丸井で25.5%ずつ、合計51%持つ。それは構わないんですが、ファンドはいずれ売却するでしょう。そのときの売却先の第一優先交渉権を私に下さいと主張していたんです。契約書では、そのファンドが25.5%を売るときの優先交渉権を持っているのは丸井になったんです。ということは、ファンドがイグジットしたらわれわれは丸井の子会社になってしまう。それはいくらなんでもないだろう、というようなことを話していた。

 その日は私はもともと2時ごろの新幹線で大阪に戻る予定にしていたんですが、6時を回ったので「そろそろ新幹線に乗らないと間に合わない」というと、「待ってくれ。いまからファンドと丸井が来る、今夜中に決めてほしい」と言うんです。「今夜中に決めないと、この話なくなっちゃうけどいいんですか?」と。

Q それで、どうしたのですか。

猿橋 会社の運命を決める話です。相談しなければならない連中もいます。自分でも考える時間が欲しい。だから、せめて日曜1日ほしいと言いました。しかし、いま決めないとこの話は飛ぶ、の一点張りです。「なんでそんな話になるの?」と聞いたら、週明けの火曜日に帝国ホテルで共同記者会見を予定しているというんです。「なんだそれは? いくらなんでもそんな勝手な話はないだろう」と、あまりにムカッとしたんで私、帰っちゃったんです。いくらなんでもレイプされるみたいな気分だったので。

 まさか1日考える時間をもらっただけでホントに飛ぶとは思わなかったけど、実際この話は飛んだんです。今この話がどういうふうに伝わっているかというと、私が丸井との提携を蹴ったということになっている。

Q そう聞いています。

猿橋 そうでしょ。でも私は1日くれと言っただけ。ところが月曜になって、丸井のほうが降りたと聞かされた。だから私は向こうに蹴られたんだと思っています。

Q その結果、資金繰りの道が断たれた。

猿橋 6月末の資金繰りが厳しいことはわかってました。とにかく大和SMBCはいくらなんでもひどいので専属契約の解除を申し出て、知人の紹介で新生銀行をFAに指名したんですね。

 そんなところに6月13日の「事業停止」の行政処分が出たんです。




第3回 時間との闘いだった、資金繰り (2007年11月20日)
http://diamond.jp/articles/-/7486



2月の立ち入り検査以降、NOVAの入学者は激減した。業績が落ち込む中、猿橋元社長は経営建て直しのためにファンドや自分の知り合いを通じて資本業務提携先を探し始めた。ファンドから紹介された丸井とは契約寸前まで行ったのだが、6月上旬に破談してしまう。途端に6月末の資金繰りが厳しくなった。そしてそれに追い打ちをかけるように、6月13日、経産省から「事業停止」という厳しい処分が下った。


Q 2月の立ち入り検査が、事業停止につながるということは予想していましたか。

猿橋 入学者の落ち込みは5月には落ち着きつつあったのですが、5月の上旬ごろから、経済産業省から変なことを言われ始めたんです。

たとえば、「時間と曜日を自由に選べる予約制と書いてあるが、自由に選べないときもあるだろう。これは誇大広告じゃないか」とか。

でも、いつでも自由に受けられるなら予約はいらない。予約制ってそういうことですよね。ほかにも、スタッフが入学申し込みの日付を書き忘れた契約書を出してきて、起算日がないのはクーリングオフ妨害だとか、妙なところに指摘が入ってきた。

「6ヵ月間の業務停止になったらおたくはどうなる?」と聞かれたこともあります。「そんなことされたら、ウチは飛んじゃいます」と答えると、「そんなことはないだろう」と当社の決算書を見ながら、「ここに250億円もあるじゃないか」と前受金のところを指して言うんです。流動負債に上げているレッスン料の前受金です。バランスシートが読める人にとっては常識のはずですが、あくまで会計上の金額であって、キャッシュがあるわけじゃありません。

そんな珍問答もあったので、「なんかまずいな」という雰囲気はありました。でも、せいぜい「指導」で、まさかいきなり「業務停止」が来るとは思っていなかった。6月13日に行政処分を受け、入学者の落ち込みはさらに落ちました。

Q 丸井との資本提携も破断し、資金繰りのメドも立たなくなっていた。

猿橋 これはえらいことだと、資産を片っ端から売却に入りました。生命保険、有価証券、不動産。私はゴルフはしませんがつきあいのなかで買ったゴルフ場の会員権もありました。売れる物はすべて売って、なんとか6月は超えました。
新たにFAにした新生銀行は大車輪で動いてくれました。新生銀行がファンドを当たり、私は事業会社のほうをいくつか当たりました。

その中にHISがありました。澤田会長とのあいだでは話はまとまっていて、7月中旬の月曜日、その日の役員会で会長がこの案件をかけることになっていた。



ところが、どこから漏れたのか、その日の朝日新聞の朝刊ですっぱ抜かれた。当然、HISの役員会は大紛糾。うちはジャスダックからばんばん電話がかかってきて、この話は私しか知らない話ですから、広報は「そんな事実はいっさいない」と全否定しちゃったんですね。

Q 一連の交渉は社長しか知らなかったのですか。

猿橋 こっちはね。向こうは話をもんでいるから1人じゃないとは思いますが。とにかく役員会が紛糾しちゃって、いまはちょっと難しいということになり、HISの話も消えました。

リークといえば唖然としたことがあって、HISとの話の前のことですが、経産省に状況報告に行った際、単独ではなく資本業務提携を考えていると伝えたんです。すると「どこと話を進めているのか」というから、私が「言えません」と答えると、「公務員には守秘義務があるんだから教えろ」ということになり、「では、某大手流通とだけ言っておきます」と言ったら、すぐにニュースになった。それから1週間くらいして経産省に行くと、「あ、こないだ取材が来たから、言っといたから」。本当に、たまりません。

Q 他にも提携の話はあったんですか。

猿橋 新聞に名前が出たところは事実です。全部、経産省が漏らしたんだと思いますが。

とにかく6月、7月は危機感の塊で、私は東京で資金繰りに奔走し、役員会どころじゃないという状況でした。とにかく増資をしなければなりません。相手が事業会社なのかファンドなのか、あるいは自己増資なのか、そんなのどうでもいい、資本注入しなければどうにもならない。6月は超えましたが、7月末にまた壁にぶつかる。そこをどう乗り越えるかものすごい危機感でした。

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Q 給料の支払いに必要な額は1回当たりいくらですか。

猿橋 払い込み額ベースで、講師への給料が約10億、スタッフが約5億ですね。NOVAの給料日は、毎月15日が講師、27日がスタッフと毎月2回あるんですが、7月末は初めてスタッフの給料が4日間遅れてしまいました。7月27日の給料が8月1日になった。

なんとしても給料は払わなければならないと、いろんな調達をしてきたんです。私自身のキャッシュも使ったり、私個人の株券を担保に金融で調達したりとか、なんとか資金調達をしながら払ってきた。

Q 個人で突っこんだキャッシュはいくらくらいになりますか。

猿橋 直接出したのが3億3000万円。非連結の個人会社に対する貸し付けもだいぶあるのですが、そっちからNOVAに回しているのもあって、トータルすると13億~14億円くらいです。

Q 遅配になったとはいえ、7月末はなんとか資金繰りがついたというわけですね。

猿橋 7月31日に着金があったんです。報道もされた、例の“貸株”での資金調達です。800万株が行方不明というやつです。

Q あの行方不明になった貸株というのはどういう経緯だったのですか。

猿橋 巧妙にやられてしまったというか。完全に詐取だと思っています。スタッフに7月の給料を支払うために、なんとしても5億円を調達する必要がありました。その際、紹介者を介して知り合った金融コンサルティング会社から、今は株で調達するしかないだろうと言われ、2200万株を預けてしまった。株式会社ルーツという会社です。今から考えたらうかつでしたが、それほど切迫していたんです。ただ、これは預けただけです。貸株ではありません。

このうち1100万株を貸株契約して7月末に約5億円。正確には4億9500万円の資金調達をしました。500万円が手数料です。これで8月1日に給料を支払うことができました。

この貸株契約した1100万株で借り入れた4億9500万円は、8月6日に社債7億5000万円に振り替えました。1100万株も、8月10日に返ってきています。

ところが、残りの1100万株は預けただけなので、返すよう要請したのですが、今後の資金繰りで使うかもしれないのでしばらく預からせてくれと言って、300万株しか返してきませんでした。貸株ではなく、預けただけの800万株は今にいたっても返却されていません。

Q これはだれにも相談せずに自分の判断でやったことですか。

猿橋 私個人の株ですからね。

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【最終回】これがクーデターの“真相”だ! (2007年11月21日)
http://diamond.jp/articles/-/4974


NOVAの給料日は講師が毎月15日、スタッフが27日である。その都度、講師に支払うには約10億円、スタッフには約5億円の現金が必要になる。猿橋氏はそれを捻出するため、資金繰りに奔走した。個人の持ち株を“詐取”される羽目にも遭った。最後にたどり着いたのは、外資系ファンド2社に対し、発行済み株式の3倍近い計2億株の新株が購入可能な新株予約権を7000万円で発行するというもの。これによって70億円の資金調達ができるはずだった。


Q 10月9日に、新株予約権の発行を発表しました。

猿橋 最後の手段だったんですよ。授権株数の上限の2億株まで出せば70億円調達できる。そういう数字でした。これも紹介の紹介でたどり着いてますが、これに関して、逮捕された(大物仕手筋の)西田(晴夫)氏との関係など、さまざまなうわさが出ていますが、会ったこともなければ、聞いたこともない人です。

それにしても、この70億円と、店舗整理による30~40億円で、ほぼ再建にメドが立っていたんです。

Q 店舗整理というのは?

猿橋 給料の支払いが最優先というなか、家賃が滞っている店舗があった。とにかく、統合店舗を洗い出すように指示を出したんです。ところが、店舗担当の役員はまったく動いてなかった。

これには愕然としたんだけど……。仕方がないので別働隊をつくるしかないと、外部の会社と弁護士チームと組んで、不動産管理を大車輪でやっていました。通常、店舗統合というのは、解約しても保証金が返還される前に現状復帰工事をしなければならないので、資金が逼迫しているときにはしんどいんです。

ところが、協力してくれた外部の会社というのは貸し会議室を全国展開している会社で、うちが退去したら改装工事せずに居抜きで貸し会議室として使うから、どんどん閉めてくれていいという。それで、小規模店舗から順に200店くらい閉める作業を進めました。

一方、絶対残さなきゃならない重要拠点や大規模拠点は、保証金の減額交渉をして回りました。家賃の50ヵ月とか80ヵ月という契約のところもあったんです。それを弁護士などと組んで10ヵ月か20ヵ月に契約し直していった。

Q なぜ担当役員はそれまで動いてなかったのでしょう。

猿橋 わかりません。家賃を払ってからじゃないと何の交渉もできないと思っていたのか、とにかく工夫するということをまったくできていなかった。

店舗統合で保証金が戻ってきたり、残る店舗も保証金で減額するから、家賃の滞納が消えるどころか、逆に来年以降の家賃がしばらくタダになるところも出てきました。これで40億円くらい浮いたはずなんです。家賃は年間100億円かかってたのが、これが全部うまくいくと50億円になるはずだった。それと共に保証金のバックが30~40億円。これに70億円の増資があれば完全に再建できたんです。その寸前に、クーデターのようなことが起こったわけです。

Q 資金繰りにメドがついたという状況は、他の役員たちに説明していたんですか。

猿橋 説明していましたよ。10月25日の夜にクーデター(社長解任)があったんですが、23日の火曜日の午後3~6時に役員会を開いています。その役員会で話をしました。

ところがそこで、「カネの問題ではない。会社更生を考えていないのか」とある役員が言いました。

もちろん、私も今年の8月上旬に会社更生法については調べています。そこで、ほぼ不可能という結論に達していました。なぜなら、ウチは規模があまりに大きいんです。債権者の数が多くて、日本全国にまたがっています。その規模の会社更生法は前例がなく、裁判所が受け入れないでしょう。そうなると法的整理は破産しかありませんから、とにかく自力再建をやろうということを念頭に置いていた。また、会社更生法で生徒の債権を飛ばしてしまったら、社員は怖くて店を開けることはできません。まず自力再建を優先し、無理ならスポンサーをつけての法的整理と考えていました。

だから火曜日の役員会では、更生法の適用は不可能と言いました。ところが、役員たちは「いや、できるんだ。裁判所も承知している」という。弁護士を使って大阪地裁に事前相談をやってたんですね。「大阪地裁が8000万円で受けるといっている」と言うんです。ほかにも「社長が責任を取るなら三井住友銀行が協力する」とか「経済産業省がスポンサー探しに協力してくれる」とも言ってました。何か裏取引があったのかは知りませんが、きな臭い感じでした。

Q 役員たちとは普段、あまり話をしていなかったのですか。

猿橋 しょっちゅう顔は合わせるんですけれども、6月以降、私は全力で走り続けていたから、会合する頻度というのはほとんどありませんでした。

Q 取締役会はやっていなかった?

猿橋 やってますよ、もちろん。決め事だけですから短い時間ですけど。例えば、増資を発表するときは役員会は当然やりますし。ただ、6月以降は不定期になってましたね。

Q クーデターの直前に、役員が辞表を提出しました。



猿橋 これも意味不明のことが起きたんです。10月24日に新株予約権の7000万円が着金しているんですが、その前日か前々日に役員辞任というニュースが流れたんです。

驚きました。こんな情報が、増資直前に表に出たら株価が下がるに決まってるじゃないですか。要するに、株価が下がるように下がるように、増資にことごとく妨害が入ってきたんです。
しかも、辞任届けを出した役員に私は解任されたんです。それが今、代表取締役です。こんなこと、今までの経済史のなかであったんでしょうか。めちゃくちゃです。本人たちが仕組んだのか、だれかが裏で糸を引いたのか、まったくわからない。

Q 役員の中にいっしょに資金繰りなどをやる人はいなかったのですか。

猿橋 残念ながら、いませんでした。悔やんだところで仕方がないけれど、最も私が悔やんでいるのはCFOがいなかったことです。

Q 財務担当者がいないのはどういう事情ですか。

猿橋 役員がもっと多かったらよかったんですがね。1人は店舗開発担当ですから、店舗整理をやってくれと指示を出していた。あとの2人はどっちも人事です。スタッフと外国人講師の人事ですから、それなりの役割行動をこなしてくれないといけない。私と共に動いている時間はなかった。増資だの資金調達なんてのは私しかできない仕事でした。

Q 残りの経営陣たちに対してコメントはありますか。

猿橋 何もありません。怒る気もしない。そのくらいせっぱ詰まってたんだろうなということです。彼らが、責任追及されることにものすごく恐怖感を持っていたのは事実です。人間ってこういう危機的状況に色々本質のところが出てきますからね。その気持ちはわかるんで、責める気はありません。

Q ワンマンと言われていますが、これについては?

猿橋 では伺いますけど、ワンマンじゃない創業社長がいたら教えて下さい。そもそも経営できますか。サラリーマン社長じゃないんですから。

[転載ここまで]

Tag:英国人女性殺害事件 冤罪 NOVA 猿橋望 

Category:市橋達也の冤罪検証

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市橋達也の冤罪検証・直腸測定の記録は隠蔽されていた~でっち上げられた供述調書~

2010/11/16(Tue) 20:22

直腸測定の記録は隠蔽されていた~でっち上げられた供述調書~


今年(2010年)10月に開かれた、市橋達也の第六回の公判前整理手続で、とんでもないことが発覚した。なんと、捜査当局が死亡時刻の推定に重要な直腸温度の測定記録を隠蔽していたのである。それにより、捜査当局はリンゼイさんの死亡時刻を3月25日午前10時ちょっと過ぎというのを取り下げて”26日夜”に変更したという。




市橋達也君の適正な裁判を支援する会
http://naokimotoyama.blogspot.com/


2010年10月18日月曜日

10月15日に振り込まれた方の支援金が届きました。これで支援金の現在高は207,000円、延べ175名からの合計額は2,271,565円になりました。ありがとうございました。

今日は菅野弁護士の事務所を訪ねて、その後の支援金207,000円をお渡ししてきました。今日は第6回の公判前整理手続が行われましたが、検察側が強姦致死・殺人の根拠としていたリンゼイさんの死亡推定時刻を、事件の起こった3月25日午前10時ちょっと過ぎというのを取り下げて、26日夜までに死亡と変更したとのことです。これは、市橋君の証言ならびに弁護団の主張と一致します。(筆者注:一致していない。弁護団によればリンゼイさんが死亡したのは26日未明。半日以上時間に開きがあり、明らかに一致していない。)

英語のレッスンを受けたのは3月25日朝で、その後リンゼイさんと同居していた2人の女性からリンゼイさんが行方不明だからと捜索願が出され、26日夜には警察が市橋君のマンションを訪ね、市橋君には逃げられたけれどもリンゼイさんの遺体を発見しました。警察はマニュアル通り遺体を検分して、死亡時刻の推定に重要な直腸温度(19.6℃)を測定記録し、その後遺体を冷蔵庫に保管してしまったので、28日に千葉大学医学部法医学教室の岩瀬博太郎教授によって遺体解剖が行われた時には死亡時刻を推定することは不可能な状態でした。そこで、死後2日以内というような幅のある推定になったようです。検察側は、強姦致死・殺人が行われたとする自分たちの見立てに不都合な警察による直腸温度の測定記録を出さなかった(隠した?)のを、弁護側の証拠開示要求で開示せざるを得なくなり、さらに弁護側が検死報告書を別の大学の法医学教室の教授に再鑑定してもらった(私たちが提供した支援金が使われた)結果などに対して、死亡推定時刻を変更せざるを得なくなったようです。

これで、強姦してすぐ殺したという検察側の主張した見立ては崩れたわけですが、殺人という起訴罪状を取り下げるかどうか(従来の例では取り下げない場合が多い)は、11月16日に予定されている第7回公判前整理手続で明らかにされるのかもしれません。

折しも、郵便不正事件で、大阪地検特捜部の主任検事(元)が証拠隠滅罪で起訴され、フロッピーディスク内の文書の更新日時を自分たちの見立てに都合のよいように改ざんしたことを上司も承認したと報道されています。私は今まで検察は事実だけを明らかにするところとばかり思っていましたが、最近続々と明らかになる冤罪事件の例をみると、検察という組織に構造的・体質的な問題があるのかと信じられない思いです。

菅野弁護士から、これまでの裁判活動の収支報告を文書でいただきました。これまでに約50万円が実費として支出されています。適正な裁判が行われるために、私たちが提供した支援金が大変役に立っています。来年3月~4月と予想される公判まで、弁護団にはこれからも多くの時間を使ってがんばっていただかなければなりませんので、引続きご支援をよろしくお願い致します。

なお、市橋君は自殺の恐れがあるということから収容されていた病舎から、未決囚が収容される普通の独居房に移されたそうです。外部との手紙のやりとりや接見ができないのは今まで通りですが、私物を手元に置くことや、決められた時間に運動をすることなどは認められるようになったそうです。
[転載ここまで]




(筆者注)にも書いたが、教授は、「事件の起こった3月25日午前10時ちょっと過ぎというのを取り下げて、26日夜までに死亡と変更したとのことです。これは、市橋君の証言ならびに弁護団の主張と一致します。」というけれど、弁護団発表の市橋達也の自供では、リンゼイさんが死亡したのは「26日未明(0時から3時)」ということになっていた。半日以上の開きがあるゆえ、これは明確に一致しない。




「市橋被告、リンゼイさん死亡経緯を全面自供「殺すつもりなかった」」:イザ!
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/crime/339216/
2009/12/24 10:20更新

■「帰りたい」と大声出され首絞めた

 千葉県市川市のマンションで2007年3月、英国籍の英会話講師、リンゼイ・アン・ホーカーさん=当時(22)=が殺害された事件で、千葉地検は23日、殺人と強姦致死の罪で市橋達也容疑者(30)を追起訴した。裁判員裁判の対象事件となる。逮捕後、長期間にわたり黙秘を続けていた市橋被告だったが、同日までに捜査本部や地検の調べに対し、リンゼイさんの死亡経緯など“全面自供”していることも判明した。
 前日(22日)段階で、リンゼイさん死亡への関与を認め始めたとされていた市橋被告だったが、実はすでに『完オチ』。弁護団によると、市橋被告は追起訴を前に、捜査本部、千葉地検の取り調べで事件について詳細に供述していた。
 2007年3月25日午前、自宅にリンゼイさんを招き入れた後、最初は2人で会話したり、米国のキング牧師の演説をインターネットで聞いていた。そのうちに市橋被告はリンゼイさんの口を粘着テープでふさぎ、手足を縛って無理やり性的暴行に及んだ。弁護団の接見でも同様に話した。
 リンゼイさんの髪の毛をはさみで切った理由については「(口をふさいでいた)粘着テープがはがれ、リンゼイさんの髪に絡まったので切った」と説明。リンゼイさんは髪を切られたことを怒ったという。
 一方で殺意については「26日未明にリンゼイさんが何度も『帰りたい』といって大声を出したので、後ろから首に腕を回して絞めた。殺すつもりはなかった。人工呼吸もした」と否認している。

 現段階で、リンゼイさんに関する具体的な謝罪の言葉はないが、弁護士は「謝罪の気持ちは示している。逃亡中も重荷になっていたようだ」と話している。
 また市橋被告は、11月24日に捜査本部がある千葉県警行徳署から千葉刑務所の拘置施設に移送された直後、自身のノートで取調官と「筆談」を行ったことが、捜査関係者への取材で分かった。
 市橋被告はその際、取調官に「黙秘を続けて起訴できるのか」など複数の質問を取調官に指し示したという。
 取調官は間髪入れずに「キミが黙ったままでも、起訴するだけの材料は十分にそろっている。黙ったままだと、心証などから罪が重くなるケースがある」などと答えた。市橋被告は無反応だったが、これが“全面自供”へのきっかけとなった可能性はある。
 弁護団は24日にも会見を開き、市橋被告と捜査本部のやり取りや、これまでの接見内容について説明する方針だ。
[転載ここまで]




「26日未明にリンゼイさんが何度も『帰りたい』といって大声を出したので、後ろから首に腕を回して絞めた。殺すつもりはなかった。人工呼吸もした」
ということは、市橋達也はリンゼイさんのことを最期まで看取っているということだ。それが26日未明。




「市橋弁護団vs捜査当局、すでに激しい“つばぜり合い”」:イザ!
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/crime/341605/
2010/01/01 11:47更新

 千葉県市川市のマンションで平成19年3月、英国人の英会話講師、リンゼイ・アン・ホーカーさん=当時(22)=が他殺体で見つかった事件は、市橋達也被告(30)が殺人と強姦致死の罪で追起訴され、事件解明の舞台は法廷の場に移ることになった。整形手術を施し2年半以上の間逃亡し、逮捕されると完黙、断食を続け、追起訴直前になると一転して供述…。その行動が、最後まで世間の耳目を集めた市橋被告。一方、被告自身の口から事件が語られ始めたことで、検察・弁護側双方の主張の違いも明らかになり、今後の公判の行方が注目される。(西山典男、西川貴清、三宅令)

■捜査員に「謝罪」がしたい? 弁護側のアドバイスは…

 「弁護士としては、これは異例の起訴だと思います」

 市橋被告が追起訴された翌日の12月24日。千葉県弁護士会館の会見場に現れた弁護団は、あいさつもそこそこに捜査当局への不満を口にした。
 会見場には、市橋被告が突然供述を始めていたことが明らかになったことを受け、事の真相を確認しようと50人近い報道陣が詰めかけていた。
 あふれかえるマスコミの間を縫うようにして現れた弁護団代表の菅野泰弁護士ら3人は、市橋被告が追起訴された「殺人」と「強姦致死」という起訴事実について「起訴事実にある犯行の時間帯があいまい」「起訴直前に市橋被告が供述した内容がほとんど反映されていない」と批判を重ねた。
 弁護団によると、市橋被告は11月10日に死体遺棄容疑で逮捕されてからしばらくすると、弁護団に対して心を開き、「(事件については)正直に話します」と約束したという。
 死体遺棄罪で起訴後、殺人と強姦致死で再逮捕された12月2日以降は、事件発生当時、リンゼイさんと2人きりでいた自宅内で何があったのかについての「告白」も始めていたらしい。
 さらに、追起訴される数日前からは「(捜査側に対して)謝罪がしたい」と弁護団に相談。弁護団は「何について謝罪するのか説明しないと(捜査側は)謝罪と思ってくれない」とアドバイスしたという。
 市橋被告は数日ほど考え、勾留期限満期前日の22日午前から、千葉地検による調べの中で、事件の内容を供述し始めた。

■「連れ込んですぐ暴行」 それでも殺意は否認

 弁護団が明かした市橋被告の「告白」は詳細なものだった。

 それによると、19年3月25日午前9時ごろ、市橋被告は自宅近くのコーヒーショップでリンゼイさんと合流。午前10時ごろ、リンゼイさんを自宅に招き入れると、すぐに性的暴行を行った。
 市橋被告は「被害者が(性行為を)承知していないので」(弁護団)、自由を奪うために手足を縛った、と説明しているといい、弁護団は「暴行はこの1度だけで、何度も行われたとは考えていない」と付け加えた。

 その後、リンゼイさんを室内で半日以上にわたって監禁。翌26日の未明、リンゼイさんが逃げようとして何度も大声を出したため、後ろから手を首に回し、声が出ないようにすると、ぐったりして息が止まったという。市橋被告はその後、リンゼイさんに対して人工呼吸もしたといい、「殺意はなかった」と主張しているようだ。

 ただ、肝心の部分で未解明な所も多く残った。

 記者からの「なぜ今、(黙秘をやめて)語り始めたのか」という質問に弁護団は「『なぜ』、『いつ』という理由は、公判で明らかにしたい」と回答。「監禁してどうするつもりだったのか」「なぜ、救急車などを呼ばなかったのか」という質問にも歯切れの悪い回答が続いた。
(以下省略)
[転載ここまで]





検察はリンゼイさんの死亡推定時刻を25日10時頃としていた。これは論外として、弁護団発表の市橋達也の供述では、リンゼイさんが死亡したのは、26日未明(0時から3時)、供述にならえば、市橋は人工呼吸をし、26日未明には彼女の最期を看取っている。

今回捜査当局が隠蔽していた直腸測定の記録により、リンゼイさんの死亡推定時刻が26日夜(18時から24時)だということが判明した。

勾留満期前日に市橋が全面自供とされるものは26日未明、直腸測定の記録は26日夜。時間に半日以上(12時間以上)の開きがある。やはり、弁護団発表の市橋の自供はでっち上げだったのようである。

『弁護団発表による市橋達也の供述は捏造じゃないか? 本当は黙秘を貫徹していたのではないか?』と常々疑問を呈していたことが、直腸測定の記録という明確な事実(物証)と供述内容の食い違いにより、はからずも立証されてしまったということである。検察に弁護団が協力して供述調書を創り上げたというところか。警察も、検察も、弁護団も、なんで、バレる嘘を付くのだろうか。

そして、今月16日にも新たに判明したことがある。本山教授のブログによれば、供述内容と直腸測定の記録の食い違いにより、信用できなくなった市橋達也の供述では、彼がリンゼイさんが死亡するまで何をしていたのか説明できないと、市橋の弁護団は裁判官にツッコミを入れられ、さらに、宿題を出されたとのことである。ここまでくれば、バカバカしくて呆れてしまう。




市橋達也君の適正な裁判を支援する会
http://naokimotoyama.blogspot.com/

2010年11月16日火曜日

支援者から今日は7回目の公判前整理手続が行われた筈だが、というメールをいただきました。注目を集めていたマージャン店の殺人事件の公判で、死刑の判決が出たということのようですので、気になったのでしょう。私はまだ東京農大の研究室にいますが、菅野弁護士にお電話して、差し支えのない範囲で(公判前整理手続の内容は本来公表されない?)様子を伺いました。

検察側の主張の整理が行われ、それをさらに明確にするための弁護側の質問などが行われたようです。市橋君の有罪を証明するのは検察側の責任の筈ですが、死亡推定時刻が翌日の夜までにと伸びたことで、それでは朝10時過ぎに二人でマンションに入った直後に強姦した(これについては検察側と弁護側の主張に不一致はない)後、死亡するまでの間リンゼイさんと市橋君は何をしていたのかという点について、検察側は市橋君の証言は信用できないが、何をしていたのか説明はできないということになったようです。一方、裁判官から弁護側にも26日までに対応しなければならない宿題が出されたとのことです。

今日の公判前整理手続きには市橋君も出席したそうです。第8回目は11月30日に予定されていて、12月にも2回予定されているとのことです。
[転載ここまで]



2010/11/21加筆修正
2010/11/22加筆修正

Tag:英国人女性殺害事件 冤罪 

Category:市橋達也の冤罪検証

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市橋達也の冤罪検証・ルーシー・ブラックマン事件の織原城二をケーススタディする。

2010/12/04(Sat) 16:52

ルーシー・ブラックマン事件の織原城二をケーススタディする。




親密な関係にある二人がいて、彼氏の居宅で女性が残虐に殺され、居住者である彼氏が犯人に仕立て上げられるというのが、リンゼイ・アン・ホーカーさん殺害事件の真相ではないか。これはあくまでも予断である。だがしかし、メディアの偏向報道や捜査当局の隠蔽行為、検察と弁護団の供託を知り、市橋達也がリンゼイさん殺害に関わったとは到底思えないのである。そして、彼が冤罪のプロセスを歩んでいるのは過去の冤罪事件をケーススタディすれば自明の理であり、今になっても市橋達也がリンゼイ・アン・ホーカーさんを殺害したことは、科学的に全く立証されていない。961日の間、市橋達也は殺人容疑で逮捕状は取られなかった。それも事実である。

キングの冤罪映画、[ショーシャンクの空に]で主人公のアンディ・デュフレーンは、終身刑二回という絶望的な状況でも刑務所の中で生きる希望を見出していた。いつか自らの冤罪が立証される日がやってくるとそう信じて、腐敗した刑務所から脱出することに生きる希望を見出していたのである。映画のエンディングは印象的であった。アンディ・デュフレーンが脱獄を果たし、異国の地から刑務所の仲間に手紙を送るシーンであったが、ハッピーエンドなのが印象的なのである。市橋達也はアンディ・デュフレーンに我が身を置き換えたとして、映画のようなハッピーエンドを迎えることができるであろうか。はたして市橋達也にそれは叶うのであろうか。

公判前整理手続は司直の談合のようだ。検察が都合よく争点を設定し、ついでに弁護側に演技指導したりする。市橋の弁護団は市橋達也がリンゼイさん殺害に関わっていないことが立証されてしまうようなことについて、まったく目を向けていない。

これは、当初から無罪を主張する菅家さんに対し、DNA鑑定を犯罪の確たる証明として「有罪は確定的だから自供して情状酌量に訴えたほうがいい」と弁護人も自白するようせまった足利事件と一緒の構図である。検察と弁護団が供託して有罪に持ち込むため、公判前整理手続は開かれるのである。【市橋達也の冤罪検証・事実調べを争点にしなければ足利事件の前轍を踏むだけだ。 】でまとめたが、例えば、船橋署で受理された捜索願受理票や、失踪当日と翌日のマンションエレベーターの監視カメラの記録、ホクロのない顔写真の修正前を開示させ別に鑑定させたりといったことが公判前整理手続の経過を見ても明らかに忌避されている。

足利事件という冤罪は、本来、菅家さんの無罪を証明する立場にいる弁護人が菅家さんの有罪は免れられないと、でっち上げられたDNA鑑定の結果を妄信したことにあり、本来なされるべき事実調べに焦点を当てなかったからことにより生まれた悲劇である。死刑か、無期か、有罪ありきの感情論裁判が本当に成立するのかといえば、検察が弁護団と裁判員を懐柔すれば容易である。

この事件が発覚したときから、市橋達也の単独犯行として幕を引く青写真は描かれており、市橋達也が重罰に処されるまで、それは粛々と進行しているようである。市橋はアンディ・デュフレーンになれるのだろうか。答えは、現実をみれば…、しかし、脱獄というのはあまりにも今の日本では非現実である。




***


『裁判所はこの最終陳述書で私が不満を述べ立てている姿勢をご覧になられ、被告人は反省していない、と思われるかも知れませんが私の立場でだまっていると大変なことになってしまうわけです。私はカリタ、ルーシー事件にしても起訴されるとは思っていませんでした。それにしても科学的、医学的データが出れば解放される、と思っていました。しかしながら捜査側は、事実を出すどころか処分という名の煙滅をしてしまってたり、明らかに分かるものを平気で変え、手を加えたりしているわけです。
これはとんでもないことで私の立場であれば大変なことなのです。これは私の立場でないと分からないと思います。』ルーシー事件の真実/p733織原城二





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若いころの織原城二。整形したことが喧伝されたが、犯罪者特有のものではなく、交通事故による正式な形成外科手術である。


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ルーシー・ブラックマンさん


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ルーシーのちらしを持ち情報提供を訴える父親のティモシーブラックマンさん



■ リンゼイ事件と近似するルーシー・ブラックマン事件。


被害者のリンゼイ・アン・ホーカーさんはイギリス国籍である。この事件の他、イギリス人が日本の犯罪に巻き込まれ、犠牲になった事件といえば”ルーシー・ブラックマン事件”が有名である。

ルーシー・ブラックマン事件とは、六本木でホステスとして働いていたイギリス人女性が行方不明になり、三浦市の海岸にある洞窟でバラバラにされた遺体が見つかった事件である。その容疑者である織原城二については、「親から潤沢な資産を受け継いだ金持ちのボンボンでSMプレイが趣味」、そして、事件については、「織原がルーシー・ブラックマンさんにクロロフォルムや違法薬物を吸わせたり意識喪失させた上で趣味であるSMプレイに興じ、死なせた事件」と一般に認識されていると思う。少なくとも、この事件を掘り下げるまで、当方はそう思っていた。

ルーシー・ブラックマン事件はリンゼイ・アン・ホーカーさん殺害事件と多くの類似点がある。

○被害女性がイギリス国籍、大柄で二十代前半のユダヤ人。
リンゼイ事件・リンゼイ・アン・ホーカーさんは175センチで事件当時22歳。
ルーシー事件・ルーシー・ブラックマンさんは180センチ近くあり、事件当時21歳。

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○バスタブの中から遺体が発見される。
リンゼイ事件・ベランダに放置されたバスタブの中から、全身を園芸用砂で埋められた状態で発見された。
ルーシー事件・三浦市海岸の洞窟に放置されたバスタブの中に八等分にされた遺体がコンクリートで埋められていた。

○容疑者の出自が在日だと報道される。
リンゼイ事件・市橋達也はイギリスでKorean Japanese(在日韓国人)だと報道されている。
ルーシー事件・英THE TIMES紙の8月17日記事で、織原城二(金聖鐘)が在日だと報道した。

○殺人、死体遺棄事件で容疑がかけられ、否認(黙秘)した。
リンゼイ事件・市橋達也は死体遺棄容疑で逮捕収監後、黙秘した。
ルーシー事件・織原はルーシー事件に関しては一貫して全面否認した。

○日英の政治家が関わっている。
リンゼイ事件・佐藤勉当時公安委員長、森田健作現千葉知事、マーガレット・ベケット当時英外相、グレアム・フライ駐日英大使。
ルーシー事件・ブレア当時英首相が来日したさい、森喜朗当時総理の肩を叩き、事件の解決を催促したのは有名な話である。

○高額の懸賞金がかけられた。
リンゼイ事件・市橋達也に対し、捜査特別報奨金の上限1000万円。
ルーシー事件・ルーシー失踪当時、家族が自費で約160万円の懸賞金をかけた。

○容疑者の異常性、偏執性をメディアが喧伝した。
リンゼイ、ルーシー両事件ともその異常性は嫌悪を覚えるほどであった。


ルーシー・ブラックマン事件で逮捕された織原城二と市橋達也にはこれだけの類似点があるのだ。そして、ルーシー事件の織原城二が歩んだプロセスを市橋達也に当てはめた場合、裁判で無実が証明されたとしても、感情論裁判で有罪判決が下され、長期刑に服する姿が見えてくるのである。それは果てしなくどす黒く、あまりにも残酷な結末であるが、唯一の救いは検察バッシングの火種になった村木事件で多少、風向きが変わったことである。




■ ルーシー事件の真実は報道とは全くかけ離れたところにある。


ルーシー・ブラックマンさん殺人死体遺棄容疑で逮捕された織原城二は、完全に冤罪である。事実、ルーシー・ブラックマンさん殺人死体遺棄の起訴罪状については、無罪判決が下されている。織原城二はルーシー・ブラックマンさん殺人、死体遺棄で無罪を勝ち取った。だが、織原城二に司法が下した判断は他九件の罪状で有罪が確定し、無期懲役刑に処すというものだった。

冤罪の被害者が無実が証明されたのに、司直が無罪放免を許さず重罪を下すというのは、果たして起こりうることなのであろうか。この、あまりにも不条理な展開をもって無期懲役に服することになった織原城二が現実を見せている。

冤罪の被害者がなぜにこのような結果になってしまったのかを検証してみたい。

このルーシー事件については、『ドキュメンタリー ルーシー事件の真実/飛鳥新社 』で説明は十分だ。〈近年 この事件ほど事実と報道が違う事件はない〉〈エリート検事vsIQ180織原城二の攻防〉〈本書の記載はすべて真実である〉と表紙に銘打たれている本書は、ルーシー・ブラックマン事件の織原城二に対する裁判の膨大な量の公判記録をまとめあげ、織原城二の潔白を証明した検証本である。無実の罪に着せられた天才が法廷の場で検察の示す証拠を次々と論破していく様は、まさに圧巻であり、その分厚さもあってか読み応えは十分であった。そして、この本から多くのことを学び、リンゼイ事件を検証する叡智を授かった風に思う。

ここで書くことは、事実については『ドキュメンタリー ルーシー事件の真実/飛鳥新社 』からの引用である。




■ ルーシー・ブラックマン事件とは何か。



ルーシー・ブラックマン事件・ウィキペディア
2000年7月1日、元英国航空乗務員で、ホステスとして六本木で働いていた被害者が友人に連絡後に行方不明になった。3日には、男から被害者の友人に電話があり、不審に思った友人が警察に捜索願を出した。8月22日に被害者の妹が記者会見し、1万ポンド(当時160万円)の懸賞金をかけて有力情報の呼びかけを行った。

9月下旬には、警視庁捜査一課と麻布署が被害者が勤めていたクラブの常連客で不動産管理会社社長の男を調査している事が明かになった。また、被害者の周辺で新たに外国人女性二人が行方不明になっている事が発覚した。10月12日には、別件の準強制わいせつ容疑で容疑者が逮捕された。後日、神奈川県三浦市内の所有するマンションの一室やモーターボート付近の海岸などを警察が捜索した。被害者が失跡した直後の7月5日頃、容疑者がこのマンションを訪れて管理人とトラブルになったり、スコップを持って海岸を歩いているのが目撃されていた。11月17日に同容疑者が再逮捕された。東京地検は同日、英国人女性に対する準強姦罪で追起訴された。警視庁はDNA鑑定のため、ルーシーさんの家族に毛髪の提供を要請した。2001年1月26日、オーストラリア人女性に対する強姦致死容疑で再逮捕された。

2001年2月、容疑者のマンションから近い三浦市内の海岸にある洞窟内で、地面に埋められた浴槽内で遺体がバラバラに切断された状態で発見された。

その後で、被疑者はルーシー・ブラックマンを含めた10人の女性に強姦又は強制わいせつをして、その内2人の女性(ルーシー・ブラックマンとオーストラリア人女性)を死亡させたとして立件された。他9事件は被疑者は薬物を使って女性に乱暴をし、その様子をビデオテープで撮影しており、検察はルーシー・ブラックマン事件もこれに当てはめて立件をした。しかし、ルーシー・ブラックマン事件では髪の毛などから被疑者のマンションに一緒にいたことや被害者が死亡したとされる時期に遺体の損壊・遺棄に使ったとみられるチェーンソーやセメントなどを購入していたことは認められるが、遺体から薬物が検出されなかったことや他9事件にはあったビデオテープがないなどから他9事件との類似から状況証拠の積み重ねを強いられることになった。被疑者は他9事件については概ね認めたものの、ルーシー・ブラックマン事件については検察側が死亡したとする時間の直前に自分のマンションの部屋で被害者と会ったことは認めたが、裁判時には死亡していた知人が関与した可能性を示唆した上で無罪を主張した。
[転載ここまで]


※『被害者が死亡したとされる時期に遺体の損壊・遺棄に使ったとみられるチェーンソーやセメントなどを購入していたことは認められる』とする部分について、なぜ、チェーンソーやセメントを購入したかについて、事実を補足しておく。検察はルーシーの遺体をバラバラに切断するために購入したと主張しているが、織原城二は愛犬アイリーンの墓を伊豆の所有地に作るため、チェーンソーや急結セメントを用意したのである。





織原は公判上で携帯電話の発進基地の記録や、Nシステムの通行記録を開示させ、検察の見立ての矛盾を指摘し、自らの潔白を証明していった。織原城二は自らの潔白を証明するという悪魔の証明を法廷でやってのけたのである。公判の後半で、ルーシー・ブラックマンさんを殺害した真犯人の存在が浮上、勝田という、事件前に織原に近づいてきた自称なんでも屋の暴力団構成員で、その存在が明らかになったとき、勝田は覚せい剤の打ち過ぎですでに死亡しており、親代わりの存在であったMという男が法廷に立ち、勝田が『ルーシーが燃えている』と電話してきたことも明らかになった。

織原城二は完全な冤罪であることが証明されたにも関わらず、司法が無罪放免を許さなかった。こんな不条理がはたしてまかり通っていいのだろうか。



『疑わしき、つまり灰色というのは疑惑印象がありますが、非常に重要なものです。なぜならグレーゾーンがあるから世の中は動き、社会は成り立っており、 グレーゾーンを否定してはならないのです。』ルーシー事件の真実/p737織原城二




■ 織原城二が問われた罪状を検証する。


一、ルーシー・ブラックマンさん殺人、死体遺棄容疑(無罪)
二、カリタ事件
三、征服プレイ事件(八人に対する準強姦罪)


織原城二はルーシー・ブラックマンさん殺人、死体遺棄容疑では無罪になったにも関わらず、無期懲役刑に服している。恐ろしいことに、本件以外の他九件の起訴罪状で有罪になってしまったのである。

他九件の事件とは、カリタ事件と征服プレイ事件で、強姦致死と準強制わいせつ、準強姦罪である。これらはルーシー・ブラックマンさん殺人、死体遺棄とは全く無関係な事案であり、後述するが、いわば別件逮捕なのである。

なぜ、このような別件逮捕が積み重ね上げられていったのか。

織原城二が逮捕された当初、ルーシー・ブラックマンさんはまだ行方不明のままであり、遺体はまだ発見されていなかったからである。

織原城二の逮捕当時、ルーシー・ブラックマンさんの遺体が発見されていなかったこともあり、殺人と死体遺棄容疑での逮捕に相応となる証拠がなかったから、織原の身柄勾留を継続させるために他九件の起訴罪状(カリタ事件、征服プレイ事件)が立件されたのである。織原は逮捕収監直後から一貫して全面否認していた。ルーシーさん失踪について、織原の関与が明らかであったとしても、彼女の遺体がないのだから殺人罪に問えないのはしごく当然ではある。

ルーシー・ブラックマンさんの遺体が発見されるまで、織原城二をつなぎとめておく必要があった。そのために、別件逮捕が積み重ね上げられたのである。

織原逮捕から4ヶ月が過ぎた頃、三浦市の海岸の洞窟でルーシー・ブラックマンさんと思われるバラバラ遺体が発見され、織原城二に対し殺人死体遺棄で再逮捕、追起訴することになるのだが、それまでの間に、9件の別件逮捕が積み重ね上げられた。本丸のルーシー・ブラックマン殺人、死体遺棄容疑では無罪判決が下されたにも関わらず、別件逮捕が有罪と認定され無期懲役という重罪を科す相応性はどこにあるというのだろうか。はなはだ、疑問である。



■ 征服プレイ事件とは。


征服プレイ事件とは、八人の情婦に対する織原城二の準強姦容疑である。この容疑を簡単に説明すると、準強制わいせつ容疑での織原逮捕後、彼の居宅から売春婦とのハメ撮りビデオが押収されたのだが、捜査当局がビデオに映る相手を探し出し、織原城二に対し被害届を出させ、”準強姦罪”に仕立てあげたというのが真相だ。下品で愚かな発想である。

この時、「クロロフォルムを相手に吸わせて気絶させたり、違法薬物を大量に飲ませたりして自失させ行為に及んだ」と報じられていたが、公判記録に書かれたことをひもとけば、織原は相手にクロロフォルムを吸わせたのではなく、スピリタスというアルコール96%のウォッカをタオルに染み込ませたものであった。

征服プレイと呼ばれるものは、織原城二が相手と高濃度のウォッカを飲み、織原自身も大量の興奮剤を飲み、覆面して性行為に及ぶものであった。これが歪曲され、SMプレイという報道につながるのだが、織原の行為は相手を傷つけることが目的ではなく、あくまで性交渉であった。


『私は大量の興奮剤を接種し自らを異常にし、征服プレイという名の獣心プレイを行うわけであるが、その検察官が言う人面獣心者が覆面をかぶって行うプレイビデオが警視庁捜査一課で大人気となり、取り調べ直前に観た検事は興奮し、まともに取り調べができなかったわけである。取調べ検事と話題になったがこれらのものはストレス解消のため若い検事が密かに、又は堂々と所持しているものであり、取調官はストレスが多い検事ほど所持していると言っておられたので、吉野検事などは多数所持していることと思われる。

つまり行為自体は程度の差はあるが人間が行っているものであり、特殊なものではないということである。

覆面を被り獣心のプレイを行うわけであり、検察官は人面獣心と言ったが、プレイのコンセプトはそれであり、醜く汚い非日常的なものでないプレイとは成り得ないのである、しかし、その人面獣心プレイを見て、警察官、検察官は強い性的興奮を感じたわけである。』ルーシー事件の真実/p696織原城二




そもそも、織原は征服プレイ事件の相手とは性交渉の承諾があったと主張しているし、織原に被害届を出した相手の中には売春カードを持っていたものもいる(解析記録としては開示されていないが押収されたビデオに相手が売春カードを見せているシーンが記録されている)。準強姦罪に当たる犯罪行為に該当するかは疑問である。開示された証拠の中には、相手との会話を記録したテープの一部を恣意的に反訳した(明らかに『援交』と発言している部分を『銀行』と反訳した)ものもある。さらに、これはしごく重要な点だが、被害届を出した征服プレイ事件の被害者に対し織原は数百万円の賠償金を八人全員に支払っている。そして、被害届を出した人の大半が織原を宥恕し、起訴を取り下げるよう上申している。



■ カリタ事件とは。


カリタ事件というのは、織原と征服プレイに興じたカリタがクロロフォルムを吸わされ、その二日後に劇症肝炎を発症し死亡したとされ強姦致死で立件された事案である。征服プレイ事件と同じく織原がクロロフォルムをカリタに吸わせた科学的立証は全くなく、カリタの死について、織原が関わっていたということは全く立証されていない。さらに、公判上で、カリタが過去、B型肝炎にかかった経歴も明らかになり、さらにさらに、死因の劇症肝炎について、カリタが通院していた秀島病院から重篤な肝障害をもたらす薬剤を投与され続けたことも明らかになった。カリタ事件については織原が犯罪に問われる事実は全く無いのである。カリタ事件の本質は実は医療過誤にあるのだが、征服プレイ事件と同様、それらの事実について裁判所の判断は全く反映されなかった。



重ねていうが、カリタ事件と征服プレイ事件は、ルーシー・ブラックマンさんの遺体が発見されないままに織原城二を逮捕してしまった捜査当局が、ルーシー・ブラックマンさんの遺体を発見するなりの証拠が出てくるまで、彼の身柄勾留を継続させるためにでっち上げた別件逮捕というのが本質なのだ。




■ ルーシー事件での検察の犯罪行為。


日本でも先に起こった村木事件をもって検察の証拠捏造行為が取りざたされているが、検察の証拠捏造、隠滅行為というのは特捜特有の問題でもなく、ましてや個人的犯罪ではなく、最高権力組織である警察、検察でごく当たり前に行われていることなのである。

ルーシー事件では、担当した検察官に対して特別捜査部へ直接告訴状が出されている。しかも、三件である。証拠捏造でいえば、ルーシー事件は、村木事件の比ではない。直告された三件は、証拠隠滅、公文書偽造、職権濫用行為で、詳細を『ルーシー事件の真実』から抜粋する。


1(ルーシー・ブラックマンさんの)死因が不明であるにもかかわらず、死因が判明できたと思われるルーシー・ブラックマンの遺体の口の中から溢れ出ていた真っ黒い物質を、そっくり全て除去し処分してしまった。また、頭部全体を覆っていた真っ黒い物質も同じく、全て消去してしまった。

職権濫用・証拠隠滅罪で告発され、平成18年11月29日受理された。
本物質を明らかにすることによって、死因が解明された可能性が大いにある。


2洞窟から、ルーシー・ブラックマンの遺体と共に出てきたテントのポール袋は、織原被告が買った物ではないにもかかわらず、織原被告が買ったものだと検察官冒頭陳述を行い、5年以上の長きに渡り虚偽事実を主張していた。

公文書偽造で検察官は告発された。
織原被告が、当時購入した物は、グリーン、緑色のもので、遺体と共に出てきた物は、ブルー、青色のものであり、明らかに違っていたにもかかわらず、検察官は織原被告が買った物であると主張していたのである。


3A 逗子マリーナの織原被告の部屋で、相手外人ホステスが、織原被告に渡した売春カード。
 B 相手外人ホステスから、織原被告に対し、性行為を求めているシーンが写っているビデオ解析記録。

ABとも、検察官は事件に関係ないとして裁判所に提出しないことに対する職権濫用・証拠隠滅罪で告発された。
織原被告は、準強姦罪で告訴されたわけであり、その相手が織原被告に渡していた売春カードを、検察官が事件に関係ないとして、本証拠物を出さない事は、罪を押し付けることになり、つまり犯罪を検察官は織原被告に押し付けているわけである。
織原被告を告訴した四人の外人クラブホステス全員が、逗子の織原被告の部屋で、金を受け取っている事が法廷で明らかにされた。基本的にプレイ代金として10万円であった。


これら3件の直告以外にも、前述した通り織原被告を告訴した相手女性が、逗子マリーナの部屋で、ホストクラブの飲み代を稼ぐために、織原被告に売春を行っている会話テープが発見され、弁護側が開示を求めたところ、売春を行っている事が、明らかに判る部分が24秒間に渡って消去されていた。弁護側が検察庁でそのテープをダビングし、裁判所内に窓口のある日本記録士協会によって反訳させたところ、「援交」という部分が捜査側によって「銀行」と改竄されたりしていた事も明らかになった通りである。
また、ルーシーの日記の失踪する直前部分などに、文字が書き加えられており、改竄されていたことも判明した
これ以外にも多数あり、捜査側は、このような証拠隠滅・改竄という重大な違法行為を、日常的に行なっているのであろうか
あるいは、このルーシー事件だけなのであろうか。
何故このような違法行為を捜査側は行ったのであろうか。そして、何故行う必要があったのであろうか。
[抜粋了]




■ 織原城二の在日報道について。


織原城二 の出自に対し「織原は金聖鐘。在日韓国人の帰化日本人」だと海外で報道されたが日本では報じられていない。レイプ殺人事件は平和な日本では全く相容れないのであり、平和な日本では起こりえない異常な事件を「在日が起こした事件」として片付ける風潮が日本にはある。そういった事件を起こした動機を説明付ける一つとして「出自が在日」だと、海外で報道される(日本でそういった報道をすると、同和や朝鮮総連が騒ぎ出すので)だが、これらは人を殺意を持って死に至らしる動機として、妥当性が全くない。在日だからといってレイプ殺人を引き起こしたかのような説明は、全く合理性に欠いているのである。誰もが在日だから凶悪犯だなんて説明をもって有罪と判断されたらたまったものではない。

市橋達也も織原同様に「在日報道」が海外でリークされて間もなく暗黙の報道規制が敷かれ、今年に入って報道されたニュースをみても、数えるほどしかなく、あからさまにトーンダウンしている。織原にしろ、市橋にしろ、こういった在日報道は、猟奇的事件の犯人の動機付けを感情で認識させるために計略された報道ではないかとみている。数年後に迎えるであろう判決の時に、市橋が重罪に処されたという結果があればいいのである。

織原の在日報道のあと、事件に関する報道はさも報道規制が敷かれたかのように極端にトーンダウンした。その裏で、織原城二という天才が検察の見立てをことごとく論破し、五年という長い歳月をかけて、法廷で無実を証明していったのであった。織原と事件に対する報道が自粛される中、検察の見立てが崩壊し、それでも有罪に持って行こうとする暴挙が裏で粛々と進行していたのである。




今回ルーシー・ブラックマン事件の織原城二のことを書いたのは、やはり、彼は冤罪の被害者であるからだ。そして、冤罪の被害者でありながらも、その事実は全く報道されず、別件逮捕が有罪になり、無期懲役に服することになる。いうまでもなく、彼の名誉は全く回復されていないのである。

織原城二はIQ180の天才であった。親の遺産を受け継いだ在日の資産家というレッテルは記者クラブの偏向報道によるもので、織原は日本各地に11棟の商業ビルを所有する実業家であった。個人企業として富士銀行の虎ノ門支店で最も取引高が多かったとされている。さらに織原は逮捕される前、新たな商業ビルを建築するプランを持っていた。これは、建設は鹿島、プランニングは博報堂、資金提供はオリックスというかなり大規模なもので、大阪北区に日本最大のソーシャルタワーを建築するというものである。逮捕されることにより、タワーの建築プランも飛んでしまうこととなる。

織原はルーシー・ブラックマンさんの遺族らに対して一億円のお悔やみ金を支払っている。さらに征服プレイ事件で被害届をだした女性達に対しても300万から350万円の和解金をそれぞれに支払っている。そして、被害者から織原を宥恕し告発を取り下げてくれと上申書が提出されているのである。

さらに織原城二は学生時代から寄付を続けてきたことが公判で明らかになった。そのほとんどが匿名だという。それはルーシー事件で逮捕されるまで7410万円におよび、拘束中も寄付を続けており、合計一億円を超えているという。さらに驚くべきは、日本股体不自由児協会や法律扶助協会から拘留中の織原に対し寄付に対する感謝状が送られているのである。これがどういうことなのか、考えるべきである。

織原城二は、まるでマイケル・ジャクソンのようだ。ルーシー事件を検証していき、そう思わずにはいられなかった。

マイケルはネバーランドに代表される、世界中の子供たちを救い、夢を与えたいという強固な信念かあまりにもひどく曲解され、幼児性愛という全く見に覚えがない罪をふっかけられ、多額の慰謝料を支払うことになった。それ以外にもソニーウォーズやマイケルに対する金銭目的の訴訟は1500件と言われている。特に2004年はひどく一年で130人がマイケルに対し訴訟を起こしたという。そんな中、マイケルが有罪と認定されたものはなに一つとして存在しない。これは明白な事実である。「黒人であることを誇りに思っている」―マイケルのそんな言葉に触れたとき、とてもいたたまれない気持ちになった。

織原城二は記者クラブメディアの偏向報道により、SMが趣味の在日の資産家と不名誉なレッテルを貼られ、お悔やみ金や和解金が、さも犯罪を認めている証明のように報道されている。慈善活動に生涯を捧げたマイケル・ジャクソンも千数百件の訴訟問題を抱えていたが、告訴や被害届を取り下げてくれるのならと、すすんで和解金を支払った。それを『それこそ犯罪を認める証明だ』とメディアは攻撃するのである。そんなマスメディアの低能さと洞察力のなさに怒りを覚える。




これだけ書けば少しは彼の名誉も回復されたと思う。

少しルーシー事件で象徴的なものを挙げてみる。もっと深く背景を探れば、なぜ国家権力は織原城二を社会的に抹殺し、排除しようと考えたのか、見えてくるかも知れない。

・織原城二は宅間守に襲撃された池田小の出身である。
・ルーシー・ブラックマンさんの遺体が見つかった三浦市の洞窟は、創価学会の所有であった。
・突然の逮捕で、翌月11月に予定されていた金融裁判の決着もご破算になった。相手は悪名高きRCCであった。
・洞窟の入口でミチコロンドンのブラジャーが発見されている。ルーシー失踪後、事件の犯人とみられる何でも屋勝田が「ロンドンという名のブラジャーを探していた」という。
・ルーシーにドラッグのスピードやマリファナを供給していた伊藤裕之は2003年に暴力団員に射殺されている。織原がルーシーのドラッグの仕入先を弁護団に調べさせているさなかであった。
・織原の取調べノートのあるページに『ハゲタカ』『日銀』『英国銀行』『ロンダリング』『ロスチャイルド』と意味深なことが書かれている。
・村重という富士フィルムのエリート社員がルーシー事件の取調べを受けたあと謎の自殺を遂げている。
・村重は何でも屋勝田と知り合いであった。
・ルーシーの遺体の口には真っ黒い物質が詰められていたが、村重が自殺したとき、口の中には汚物が詰められていた。
・村重が自殺したアパートの一室は丸山教が所有していた。さらにルーシーは失踪時、友人に「千葉の宗教施設に一週間ほどいる。教義は平和主義だ」と電話をかけているが、それは丸山教の教義と一致する。



警視庁本町で織原は6ヶ月間も拘束されたが、その間、当時の弁護団の一人は「警察、検察は被告人に有利な証拠、証人をつぶす。そして警視庁本庁接見室は盗聴されている」と言い続けたという。実際に盗聴されていたようだ。

さらに、弁護団の一人が書いた冒頭陳述書を見て織原は、「全く論理的ではなく、まるで中学生の作文のようである」と思ったという。さらに、それを織原の弁護団以外の弁護士に見せて意見を聞いていたところ、弁護団の一人が突然乱入し、「弁護団以外の弁護士に仲間が書いた冒頭陳述書を見せて意見を聞くということは、弁護人を信頼していないということだ」と逆ギレされたという。織原にしてみれば、単純に第三者のさめた意見を聞きたかっただけである。このことがきっかけで、自分が検察の御用弁護士に包囲され、現弁護団が自らの弁護に不利益をもたらしていると気づいた織原は逮捕されて一年後に、公判前に弁護団を全員解任した。そして元高等裁判所長官、神垣英郎氏を中心とした弁護団を再結成した。

ルーシー・ブラックマンさん殺人死体遺棄の案件について、織原の無実が認められたのも、弁護団を再結成したことによるものだ。公判記録をつぶさにみれば、弁護団が織原の手足となって動き、無実を証明するための証拠集めに奔走したことがよくわかる。検察の見立てについて専門家に意見をききに周り、検証し、科学的に立証していったのである。

神垣英郎氏が胃ガンで死去後に織原弁護団を引率した主任、副主任弁護人は両氏とも元高裁長官であるという。だから、本丸であるルーシー・ブラックマンさんの殺人と死体遺棄は無罪を勝ち取ったと考えている。

市橋達也の弁護団は明らかに検察に同調して行動しており、市橋達也の最大利益を考え支援し弁護するつもりがないのは明白である。最高権力組織と一体になって、一人の納税者を犯人に仕立て抹殺することに一役買っているのである。裁判を滞りなく進行させるため、検察に懐柔されたプロフェッショナルなのである。ボランティアとして結成されたにも関わらず、200万円の支援金をちゃっかり受け取っていることが、その証左である。市橋達也の両親に支援させないような世論を作ったのは、自前で弁護士を雇われたくなかったからである。早くそのことに気づいて欲しいと切に願っている。



『この事件とその後の経過を見ると検事と警察官はデッチ上げに狂奔し、裁判官はこれに従うことに血眼となっている。まるで何か背後に大きな力があり、それに操られて去勢されているようだ。』ルーシー事件の真実/著者p778

2010/12/06加筆修正

Tag:英国人女性殺害事件 冤罪 

Category:市橋達也の冤罪検証

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市橋達也の冤罪検証・事件発覚当時、リンゼイさんは生きていた―新たに判明した事実が物語る捜査当局の重大な過失。

2010/12/06(Mon) 16:09

事件発覚当時、リンゼイさんは生きていた―新たに判明した事実が物語る捜査当局の重大な過失。




2010年10月18日に千葉地裁で開かれた市橋達也の第六回公判前整理手続で、リンゼイ・アン・ホーカーさんの死亡推定時刻は26日夜だったことが判明した。

市橋達也の弁護団は、初公判を迎えるにあたり、検察と弁護団は起訴事実で意見を対立させているのだから、市橋は傷害致死(監禁致死)と強姦の罪状に問われるのが妥当だとする根拠を、当然、事実をもって示せねばならない。そうしたとき、市橋達也の供述の中にある時間的空白を立証するのはリンゼイさんの死亡推定時刻だけである。ともすればリンゼイさんの死亡推定時刻をちゃんと確定させる必要がある。弁護団は事実は一つしかないという原理原則に基づいて、対立する起訴事実の擦り合わせを図ろうと考えたのだろう。検死報告書を証拠開示請求した弁護団の真意を、そう推察している。

だがしかし、この新事実により、一番驚いているのは何よりも当の弁護団に違いない。市橋達也の供述による『リンゼイさんが死亡したのは26日未明』という主張が半日以上の誤差をもって事実に否定されてしまったのである。ようするに、検察に市橋達也を追起訴させるために自供をでっち上げたことがバレてしまったのである。それは弁護団にとっての最大の誤算ではなかったか。

検察は飼い犬に噛まれた格好であるが、殺人と強姦致死の起訴罪状を変更せず、そのままで公判にのぞむらしい。「二人以外は部屋に出入りした形跡がないのだから、観念的競合は成立する」と検察は余裕綽々でいる様子だ。強姦という犯罪行為の一連の中で、被害者を死に至らしめたとする主張は406号室に二人以外は出入りがなかったことにより証明される。だから是非弁護団は、築30数年のロートルマンションで全住民の出入りが24時間把握可能かぜひ検証していただきたい。マンションの防犯カメラと近隣住民の証言でちゃんと立証されるのか検証すれば自ずと答えは出てくるはずだ。六本木ヒルズのようにドアマン付きの強固なセキュリティーマンションで無い限り、そんなことは絶対的に立証不可能なのだから。そんなことは馬鹿でもわかる。さらにいえば、この事件は市橋達也の単独犯行なわけがない。間違いなく、複数の組織的な犯行である。市橋達也がリンゼイさんの殺害に関与した証拠がないのは、彼が逃亡中に殺人罪で逮捕状が取られなかったことをみても明らかだ。




2010-12-01 8-08-55
上空からベランダを見て、全く砂が散らかっていないことに気づく。


直腸測定の記録によりリンゼイさんの死亡推定時刻が26日夜だと判明し、弁護団が発表した市橋達也の供述と食い違いが生じ、信用性が崩れた。結果、来年の春頃に予定されていた市橋達也の初公判が、さらに先延ばしにされることになった。

市橋達也の供述がでっち上げられた可能性については、【市橋達也の冤罪検証・直腸測定の記録は隠蔽されていた】で検証した。今回はその続きであるが、”リンゼイさんの死亡時刻を推すのに必要不可欠な直腸測定の記録を、なぜ捜査当局は隠蔽したのか”、について検証してみたい。

事件当時、リンゼイさんがまだ生きていた可能性があったというは【市橋達也の冤罪検証・まとめ1】で軽く触れた。事件が発覚したのが2007年3月26日夜十時。リンゼイさんの死亡推定時間は同26日夜。時間的にも差はなく、少なくとも生存していた可能性は否定出来ない。

リンゼイさんの死亡時刻を推すのに必要不可欠な直腸測定の記録を、なぜ捜査当局は隠蔽したのか。直腸測定の記録が自らの見立てに不都合だから隠蔽したというような、そんな簡単な話ではない。捜査当局が重要証拠を隠蔽した理由は、リンゼイさんを発見当時、すでに死亡したものと判断し、救命措置等の適切な処置を施さなかった過失を隠すためである。

まずは第一報から紐解いていきたい。


ベランダ風呂おけに女性遺体=英国人講師か、知人男性宅-千葉
http://www.asyura2.com/07/nihon22/msg/777.html(参照ページ)
3月27日2時5分(事件発覚から約4時間後)配信 時事通信

 26日午後10時ごろ、千葉県市川市福栄にあるマンションの4階ベランダに、砂が入った風呂おけが置かれ、若い女性の手が出ているのを、警察官が見つけた。県警行徳署は殺人事件の可能性もあるとみて、身元の確認を急ぐとともに、現場の状況を詳しく調べる方針。
 調べによると、警察官は船橋市内の英会話教室から、講師の英国籍の女性(22)が25日から無断欠勤していると捜索願が出されたため、知人の20代男性の自宅マンションを訪問。男性は不在だったが、隣室のベランダ越しにのぞいたところ、風呂おけを見つけたという。 
[転載ここまで]


マンションに英国女性の遺体、浴槽の砂に埋もれ…千葉
http://www.asyura2.com/07/nihon22/msg/777.html(参照ページ)
3月27日3時22分(事件発覚から約5時間後)配信 読売新聞

 26日午後10時ごろ、千葉県市川市福栄のマンション「新日本サンライズ行徳」4階一室のベランダに置かれた浴槽の中で、若い女性が死亡しているのを、千葉県警船橋署員が発見した。
 女性は同県船橋市内に住むイギリス国籍の語学講師の女性(22)とみられる。この一室は女性の交際相手とみられる日本人男性の部屋で、県警は死体遺棄事件として捜査を始めた。
 調べによると、浴槽には砂が入れられ、女性の遺体は砂に埋もれた状態だった。男性の行方はわかっていない。女性が勤務していた大手英会話学校の職員が25日、「女性の行方が分からない」と船橋署に届け出ていた。
 千葉県警は遺体の身元確認を進めるとともに、男性が何らかの事情を知っているとみて捜している。
[転載ここまで]


二つの記事は事件発覚翌日の27日未明に配信されたものだが、『ベランダ風呂おけに女性遺体=英国人講師か、知人男性宅』『マンションに英国女性の遺体、浴槽の砂に埋もれ』という見出しだけ見ても、捜査員がリンゼイさんを発見したとき、彼女はすでに死亡していたと両記事は伝えている。事件発覚の四時間、五時間後に配信された記事で、すでに被害者死亡案件として扱われているのだ。もう一つ重要なのは、両記事に救急車を要請したとも病院に搬送されたとも書かれていない点である。言い換えれば蘇生措置や救命措置が全く行われていないということだ。

上空から見ても明らかなように、ベランダには砂が散らばっていない。遺体が取り出された形跡が全くないのである。

事件発覚時に救命措置の痕跡が見られず、バスタブから遺体が取り出された形跡が見当たらないというのはどういうことか。つまり、捜査員が発見してから上階からブルーシートが垂らされるまでの間、リンゼイさんの遺体はバスタブの中に埋められたままだったのである。

リンゼイさんを発見した捜査員はバスタブの中から出ている手だけを見て、すでに死亡していると判断したのではないだろうか。脈すら確認しなかったのではないだろうか。ともすれば、遺体が取り出された形跡がないことにも説明がつく。被害者死亡の事案は検死官が現場に到着するまで現場を保存、何一つとして触ったり動かしたりしてはいけないからだ。

リンゼイさんはもしかしたら生きたまま砂の中に埋められたのかもしれない。生き埋めにされ、もがき苦しみ、手だけを外に出した状態で窒息死してしまったのかもしれない。死亡時間が判明し、それは否定出来ないことなのである。




そういえば、市橋達也の第五回公判前整理手続でこんなやりとりがあった。

http://naokimotoyama.blogspot.com/search?updated-max=2010-09-28T01:42:00%2B09:00&max-results=3
-----------
市川市で07年、英国人女性リンゼイ・アン・ホーカーさん(当時22歳)の遺体が見つかった事件で、殺人や強姦(ごうかん)致死罪などで起訴された住所不定、無職、市橋達也被告(31)の5回目の公判前整理手続きが24日、千葉地裁(堀田真哉裁判長)であった。市橋被告の弁護団は、▽殺意の有無▽リンゼイさんが死亡に至る経緯▽強姦致死の成立ーーの3点が大きな争点になる見通しだと明らかにした。
これまでの手続きでは、検察側が性的暴行の直後に正面から、手で首を絞めたと主張する一方、弁護側は後ろから腕で首を絞めたと主張している。
菅野泰弁護士は「司法解剖の鑑定書によると手で絞めたような跡はなく、検察側の主張は不自然だ。市橋被告は『後ろから腕で絞めた』と主張し、その場合には暴行後に体勢を変える必要がある」と説明。強姦致死罪成立に必要な暴行と死亡の時間の近接度を争う見通しという。次回期日は10月18日。
-----------以下略


リンゼイさんの死因は窒息死であるが、司法解剖の鑑定書によると、手で絞められたような形跡がみられないという。死体検案書を受け取った被害者遺族も首を絞められ窒息死したことには触れていなかった。鑑定書に首を絞められた跡に言及されていなかったとしたら合点がいく。首を絞められた跡が無いのに後ろから首を絞めたことを証明しようとする弁護団は論外というか、もはや滑稽にすら思えてくるのだが。ただ解せないのは首を絞めた形跡がないのに窒息死したとはどういうことか。リンゼイさんが生きたまま埋められて窒息死したとするならば、死亡推定時刻が26日夜であることも、手で絞められた跡がないとしても、矛盾はない。

リンゼイさんは体中あざだらけになるほどの拷問を受け、生きたまま砂の中に埋められ、そのまま窒息死したのだろうか。

手を外に出したのは、生きたいという意思表示ではなかったか。救助の手に一縷の望みを託したのではないか。助かる見込みがあったにも関わらず、捜査員は暗がりの中、手だけを見て死亡していると判断した。25日朝に失踪してから48時間経っていないのであり、適切な蘇生措置を行っていれば彼女は一命を取り留めたのかも知れない。【市橋達也の冤罪検証・市橋達也の逃走劇は公式会見後に挿話された2】で書いたが、捜査員が406号室に踏み込んだ時、捜査員の一人がリンゼイさんの母親であるジュリア・ホーカーさんと通じ合っていた。彼女はまだリンゼイさんが生きているかもしれないと、捜査員たちに早く助けるよう懇願したのである。それにも関わらず、捜査員は暗がりの中、手だけをみて死亡と判断するというずさんな生死確認をもってバスタブの中から取り出すことなく、そのままリンゼイさんを放置した。

捜査当局はリンゼイさんの死亡時刻を知っていながら、25日10時ちょっと過ぎに見立てた。これこそが重大な過失を隠すため、意図的に隠蔽工作が行われたことを物語っている。失踪当日に二人が利用した行徳駅前の喫茶店の防犯カメラの記録は、二人が店を後にしたのは9時45分と記録されていて、二人が利用したタクシーの運転手も10時頃と証言している。考えうる限りの最短の時間に死亡時間を見立てたのである。市橋がリンゼイさんを部屋に誘いこみ、すぐに暴行し、強姦したことにこだわったのも、行為の一連の中で被害者を殺害したとして殺人と強姦致死の罪状にこだわったのも、死亡時間の見立てを事実と一日半以上時間をあけたのも、事件発覚したとき、リンゼイさんが生きていたことを隠すためではなかったか。そして、被害者遺族の怒りが自らに向くのを恐れたからではなかったか。


Tag:英国人女性殺害事件 冤罪 

Category:市橋達也の冤罪検証

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市橋達也の冤罪検証・完オチした市橋達也の供述調書を、検察は証拠として裁判所に提出していなかった。

2010/12/17(Fri) 18:46

完オチした市橋達也の供述調書を、検察は証拠として裁判所に提出していなかった。




市橋達也君の適正な裁判を支援する会の千葉大学名誉教授の本山直樹教授のブログに、またもやとんでも無いことが報告されている。直腸測定の記録を隠していたこともとんでも無いことであったが、今回のはさらにとんでも無いことだ。



2010年11月30日火曜日

今日は第8回の公判前整理手続の後、菅野 泰弁護士、山本宏行弁護士、三宅貞信弁護士が千葉大学園芸学部のある松戸キャンパスに来られ、市橋君が卒業論文の研究で専攻していた庭園デザイン学研究室の指導教員のお一人だったM教授と情報交換をしました。市橋君が1年生の時に提出した庭園デザインの設計図が、同期の学年のトップ8名の優秀作品に選ばれたこと(冊子に作品の写真が残っている)や、早くからデザインに熱意を持っていたことなど、私の知らなかったことも多々ありました。

その後、学内の生協の食堂に寄って、長年学生達に食事を作っていて、親元を離れて生活している下宿生達にお母さんのように慕われている生協職員のIさんの入れたコーヒーを飲みながら、当時の市橋君の印象などを聞きました。市橋君はいつも食堂が混んでいる時間が過ぎてから昼食を食べに来ていたので、よく話を交わしたけど、事件が報じられた時はあんないい子が何故と信じられなかったとのことでした。

今日の公判前整理手続では、結局12月の残り2回だけでは整理がし切れないという裁判官の判断で、3月まで整理手続を続けるように予定が組み直されたようです。ということは、公判が開かれるのはそれから約2ケ月後ですから、早くても5月20日頃以降ということになるようです。どんどん当初の見通しよりも延びてきたのには、主として検察側の主張が根拠が弱い(つまり、検察側は先に筋書きを構築したけれでも、その筋書きが正しいことの証明に苦労をしている)ということにあるのかなという印象を受けました。

検察側は、昨年12月2日に市橋君を「死体遺棄」容疑で起訴し、12月25日にはそれプラス「強姦致死」「殺人」容疑で起訴をしましたが、2回目の起訴前日の12月24日の取り調べで市橋君が事件の全容を自ら証言し検察側はその調書をとったにも拘わらず、検察側が構築した筋書きと異なるということから、それを信用できないとして証拠として提出していないことに無理があるようです。市橋君の証言に基づいた弁護側の「傷害致死」に相当との主張に対して、検察側の主張する「殺人」を裏付ける証明ができないということが問題のようです。

なお、支援者が心配しておられた暖房については、千葉刑務所は一応暖房はあるが非常に寒い状態(設定温度が低い?)とのことでした。支援者のお一人は、2週間ぐらい前に千葉刑務所で行われた矯正展に参加し、刑務官の案内と説明で塀の中の施設などを見学してきたとのことです。刑が確定後、市橋君がどういう生活をすることになるのかある程度想像ができたとのことです。
[転載ここまで]



市橋達也が殺人と強姦致死で追起訴される直前、メディアは「市橋被告、リンゼイさん死亡経緯を全面自供『殺すつもりなかった』」「市橋容疑者『騒がれ首絞めた』 弁護団に説明」と明らかに市橋が『完落ち』したかのように騒ぎ立てた。なのに、検察は、市橋達也の供述を、教授の言葉を借りれば”信用できない"として、裁判所に証拠提出しなかったというのである。

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検察は証拠なしの感情論裁判に持ち込むと宣言しているようなものである。


市橋達也がリンゼイさんを殺害したとする科学的な物証を、捜査当局は何一つ得られなかった。それは事件発覚当初、死体遺棄容疑という微罪で全国に顔写真入りの手配ポスターが数万枚貼られ、二年七ヶ月の時を経て、死体遺棄容疑で市橋達也が逮捕され起訴されるまで、殺人容疑で逮捕状が取られていないことをみても明らかだ。

市橋達也を殺人と強姦致死で再逮捕する時、『部屋に二人以外の出入りがなかった』、『被害者の遺体から採取された体液のDNA型が市橋達也と一致した』と報じられたが、そんなことはとっくの昔に判明していたことである。『部屋に二人以外の出入りがなかった』とする根拠がマンションの防犯カメラと近隣住民によるものなのだから初動捜査の段階で判明していてしかるべきだし、DNA鑑定や指紋照合などの本人鑑定に必要な試料(指紋、髪の毛、皮膚片、フケ等)は市橋達也の逮捕を待つまでもなく事件現場である406号室で採取されているはずである。二年七ヶ月前に起こった事件で新たな証拠など出てくる訳もなく、市橋達也が黙秘していながら殺人と強姦致死で無理やり再逮捕したのである。

市橋達也の案件は発覚一週間後から150人体制で捜査にあたっていた。述べ十万人以上の捜査員が動員され、『部屋に二人以外の出入りがなかった』、『被害者の遺体から採取された体液のDNA型が市橋達也と一致した』という両者が判明した上で、リンゼイさん殺人の容疑で逮捕状が取られなかった(殺害を示す証拠を見つけ出すことができなかった)ことのほうが重要だと思う。


本当は市橋達也は黙秘を貫徹していたのではないかと疑いたくもなる。少なくとも、裁判所に証拠として提出していないのだから、そう疑われても仕方がない。


第六回公判前整理手続でリンゼイさんの死亡時刻が26日(事件発覚当日)夜であることが判明した。市橋達也の供述の中で最も具体的だと言える「リンゼイさんが死亡したのは26日未明(午前0時から3時)。人工呼吸もした」とするリンゼイさんの死亡時間について、直腸測定の記録と半日以上(12時間以上)もの時間的誤差があり、弁護団の発表した市橋達也の供述といわれるものは、少なくとも事実ではないことは明らかだ。

市橋達也の供述に信用性が無くなり、検察が裁判で証拠として提出していないことが明らかになった。ただ一つとして、『リンゼイさんの遺体が発見された部屋の居住者で、全国指名手配されたのに961日間も逃亡を続けたのは事実』は認めざるをえない。感情論裁判の争点は、必ずやそこに向けられるだろう。ともすれば、今年2010年10月に突如として報じられた、市橋達也の被害者遺族に宛てた手紙の意味合いが見えてくる。報じられた内容をみれば、検察の主張を全面的に認めるような内容にも取れ、以前当方が主張した『検察が二年七ヶ月の逃亡期間の証明を忌避するための策略』が真実味を帯びてくる。



市橋被告「私は悪だった」=謝罪文、遺族は受け取り拒否-英 【ロンドン時事】
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201010/2010100500904

英国人女性リンゼイ・アン・ホーカーさん=当時(22)=殺害事件で、殺人罪などで起訴された市橋達也被告(31)がリンゼイさんの遺族にあてて謝罪文を書いたものの、受け取りを拒否されていたことが分かった。5日付英紙タイムズが、入手した手紙のコピーを基に報じた。
 手紙は計4ページにわたり、英語と日本語の両方で手書きで記されている。市橋被告はこの中で、「私は悪でした。警察が私の部屋に来た時、私は怖くなって逃げました」などと説明した上で、「自分にすべての責任があります。申し訳ありませんでした」と謝罪した。
 しかし同紙によれば、リンゼイさんの両親は「裁判で情状酌量を求めるための策略だ」と一蹴(いっしゅう)。「私たちはリンゼイのために正義が実行されることを望むのみ」とし、被告側からの接触を一切断る考えを示した。
(2010/10/05-21:08)
[転載ここまで]


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http://ameblo.jp/shokado/theme-10010671704.htmlより転載。

この手紙を「裁判で情状酌量を求めるための策略だ」とリンゼイさんの両親のように認識するのも一考だが、当方はそうはみない。自供が殺人の罪状に問える強力な物証になる死体遺棄容疑の案件で、リンゼイさんの死亡に関して認めたとする市橋達也の供述を検察が裁判所に証拠提出しなかったことを見れば、被害者遺族への謝罪の手紙は市橋達也を有罪に持ち込むための自供調書の代替なのである。

あの手紙は本当に市橋が書いたものなのだろうかという疑問は【市橋達也の冤罪検証・手紙は本当に市橋達也が書いたものなのだろうか】に記した通りである。イギリスの被害者遺族に和訳文を添える不可解さ。筆記体が過去の文章と一致しない点。起訴罪状を全面的に認めるような内容の手紙をなぜあのタイミングで公開したのか。市橋の手紙をメディアに公開したのは弁護団である。

署名は本人の任意性を表すものだが、この事件における多くの捏造や証拠隠滅行為を目の前にすれば本人の手によるものであるか、そもそも疑問である。捜査当局にとって手紙を偽造することなど容易いことだろう。

死体遺棄罪で逮捕し、殺人で追起訴された市橋達也に対する裁判で、供述調書は重要な意味を持つ。検察が起訴事実に反するという理由で市橋達也の供述調書を裁判所に提出しないということは、検察自らが重要な意味を持つ証拠を放棄したということになる。


ともすれば、検察に勝算はあるのだろうか。と、考えた場合、被害者遺族の謝罪の手紙の意味が見えてくるのである。


市橋達也を有罪に持ち込み重罰に処すためには、法曹関係者(検察、弁護人、裁判官、裁判員)を取り込む必要がある。拘留期限前日に自供を始めたと言い出したのは弁護団であり、検察ではない。さらに今回の手紙の公開も弁護団が主導した。被疑者の最大利益を考える立場の弁護団が、市橋達也の有罪を確定させるために動き回っている。もはや、弁護団が警察、検察の協力者であることは疑いようのない事実である。裁判員の選定には、小沢一郎氏を強制起訴した疑惑だらけの検察審査員の選定に使われたソフトが使用されるという。その疑惑についてはここでは触れないが、個人情報を調査した上で検察の恣意的な選定が行われるとみて間違いではない。市橋の事件を担当する裁判官には見る目があると感じているが、最高権力組織の恫喝に屈すれば、迎合しないとは言い切れない。市橋達也を感情論で裁くための準備は粛々と進められているのである。

とにかく、検察が市橋達也の全面自供を証拠として扱わず、証拠なしで裁判に臨もうとしているのであれば、間違いなく感情論裁判になり、本来目を向けるべき事実の認定が疎かにされ、刷り込まれた印象をもって裁判員は裁定をくだすことになるだろう。弁護団は感情論裁判に持ち込ませないためにも、大きなブレにちゃんと目を向け、忌避していた事実調べをとりかかるべきではないだろうか。


Tag:英国人女性殺害事件 冤罪 整形捏造 

Category:市橋達也の冤罪検証

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市橋達也の冤罪検証・NOVA講師一斉逮捕はナイジェリア人逮捕を経由しリンゼイ事件につながっていく1

2010/12/24(Fri) 21:48

NOVA講師一斉逮捕はナイジェリア人逮捕を経由しリンゼイ事件につながっていく1




【市橋達也の冤罪検証・いかにして英会話最大手NOVAは破綻への道を辿ったのか】ではダイヤモンド・オンラインに四回に分けて掲載されているNOVA元社長、猿橋望氏のインタビューを全文掲載した。インタビューの内容は、英会話最大手NOVAが2007年に入ってから破綻するまでを赤裸々に語ったものであるが、あえて言わせてもらうと、猿橋氏は『NOVAを破綻に追いやったワンマン社長』ではなく、『NOVAを破綻から救うべく資金繰りに奔走し、組織防衛に投じていた一創業者』なのである。NOVAはマネジメントが希薄化するほど肥大した。結果として内部統制がきかなくなり、メディア主導のバッシングの集中砲火を浴び、NOVAは破綻寸前にまで追いやられていった。「たった一週間遅かった」―猿橋望氏が語るように、どうにかNOVAの資金繰りの目処が立ち、自力再建の道筋が立った矢先、創業者猿橋望氏は取締役会のクーデターにより社長職を解任されるのである。インタビューでは資金繰りに奔走した挙句、振り返ると誰も付いてきていなかった創業者の姿がありありと描かれているのである。


英会話最大手NOVAは2004年に入ると拡大路線にかじを取る。2005年にはピークを迎え、全国994校、NOVA株は685円の最高値を付けていた。小学生の英語義務教育化を見越して拡大路線にかじを切った結果、NOVAは2006年3月の決算で赤字を出す。ジャスダックに上場してから初の赤字だという。猿橋氏は経営を筋肉質に変えることを目標に掲げ、経営を圧縮、07年3月決算は上方修正を見込んでいた。そんな最中、NOVAに経済産業省と東京都が立入検査にはいったのである。猿橋氏曰く、”重い処分を受けるとは思わなかった”立ち入り検査が、”新聞一面に『NOVA立ち入り検査、業務停止か』”という大騒ぎを引き起こした。もちろん、この時は業務停止命令は下されなかったが、NOVAは甚大な被害を被ることになる。(※件の三ヶ月後に経済産業省から一部業務停止命令が通達される。)


ここで、”ブツを持たないNOVA講師6人逮捕”を紐解いていきたい。NOVAへの立入検査の二週間前の07年1月31日に『NOVA講師七人、大麻所持で逮捕』と報じられた事件である。



NOVA外国人講師7人、大麻など所持で逮捕
http://www.asyura2.com/07/nihon22/msg/178.html
1月31日12時39分配信読売新聞

 外国語会話教室大手「ノヴァ(NOVA)」の外国人講師仲間が、コカインや大麻を共同で隠し持っていたとして、警視庁組織犯罪対策5課は31日、いずれもNOVAの英語講師で、カナダ人やオーストラリア人などの男計7人を、麻薬及び向精神薬取締法違反と大麻取締法違反の疑いで逮捕したと発表した。
 逮捕されたのは、米国人のエリン・バレンタイン被告(32)(起訴済み、東京都豊島区長崎)や、カナダ人のマイケル・ルシャート容疑者(35)(埼玉県川越市今成)ら。
 調べによると、バレンタイン被告は昨年11月19日午前3時ごろ、港区六本木の路上で警視庁麻布署員の職務質問を受けた際、所持品から、50回分の使用量に当たるコカイン粉末5袋(約1・5グラム)と、15回分の使用量の乾燥大麻約8・2グラムが見つかり、現行犯逮捕された。
[転載ここまで]



簡単にいうと、07年1月31日から遡ること三ヶ月前、前年11月に六本木で職質されコカイン大麻の現行犯所持でパクられたアメリカ人が、「自分は買い出し役」とブツの所在をNOVA講師に押し付けたことから、埼玉県の教室で教える6人の英会話講師が次々と逮捕されたというものだ。事件の担当が麻布署から警視庁組織対策5課にバトンを渡したことは注目に値する。当局が捜査をマル暴担当に委ねたということは、この案件を単なる不良外国人の犯罪とは見ていないのであって、無論、NOVAの組織的犯罪を視野に入れているということである。

『NOVA講師七人、大麻所持で逮捕』というのは、正くなく、”六本木で職質でパクられたアメリカ人が『ブツは頼まれた物。自分は買い出し役』と共同正犯を訴えたことからNOVA講師六人が浮上し、次々と逮捕された事件”と見るのが正しい。少なくとも、次の記事にはそう書いてある。



NOVA外国人講師が麻薬で逮捕
http://hochi.yomiuri.co.jp/topics/news/20070201-OHT1T00095.htm

 外国語会話教室大手の「NOVA」(ノヴァ、大阪)の外国人講師仲間がコカインや大麻を隠し持っていた疑いで警視庁組織犯罪対策5課は31日までにカナダ人やオーストラリア人など6人の男性講師を麻薬及び向精神薬取締法違反と大麻取締法違反の疑いで逮捕した。昨年11月に麻薬取締法違反で逮捕されたエリン・バレンタイン被告(32)=米国=の供述により、共犯の6人が浮かんだ。NOVA側は「事実関係を確認中」としている。
 「駅前留学」をウリにしてきた有名英会話学校「NOVA」の外国人講師が麻薬で御用、芋づる式に6人もの逮捕者が出る大騒動に発展した。
 調べでは、バレンタイン被告は昨年11月19日午前3時ごろ、東京・港区六本木の路上で警視庁麻布署の職員から職務質問を受けた。所持品からコカイン粉末5袋(約1・5グラム)と乾燥大麻8・2グラムが見つかり、逮捕された。その後の調べでバレンタイン被告が「仲間から頼まれた」と供述したことから、アダム・レンウィック容疑者(36)=オーストラリア=らほかの5人が関与していることが発覚した。
 この6人の講師は、埼玉県内の6つの教室で英会話を教えていた。バレンタイン被告は買い出し役を担い、昨年8月以降、六本木で月1回程度の割合で大麻やコカインを分け合っていた。容疑者の国籍は異なるが「異文化コミュニケーション」を携帯電話のメールで図り、薬を購入していた。
 NOVAによれば、外国人講師の採用は海外にある7つの支局で行っている。年間10万人程度の応募があり、2700~2800人を採用。1年間のビザ取得、履歴書の提出を義務づけており、書類審査、インタビューテストなどを受験し合否を決め、薬物使用に関する同意書の提出も求めているという。
 大阪市にある本社で講師の情報を一括管理しているが、「事実関係を確認中」としており、捕まった講師についても「在籍の確認がとれていない」としている。
[転載ここまで]



マル暴担当は、かくしてNOVA講師6人を逮捕したのであるが、麻薬及び向精神薬取締法違反と大麻取締法違反の容疑に該当するブツは所持していたとも、使用していたとも、売買していたとも、記事のどこにも書かれていない点に注目されたい。記事中の『コカイン粉末5袋(約1・5グラム)と乾燥大麻8・2グラム』というのは、先に六本木でパクられたアメリカ人が所持していたものであり、6人が所持していたものではないのである。ただ、「仲間に頼まれた」とするアメリカ人の供述により、共同で隠し持っていた疑いが持たれ、逮捕されているのである。



行政はNOVA立入検査で「講師の質の悪さ」「予約のとりにくさ」の証拠を集めながらも、”ブツを持たないNOVA講師6人逮捕”の正当性を示すため、NOVA本体がドラッグ流通に関わっていた証拠を捜していたのではないか。経済産業省と東京都のどちらかが、警視庁から裏帳簿の発見を委託され、NOVAの立入検査に踏み切ったのではないか。猿橋氏のインタビューと併せて考えれば、この推論は容易に成り立つ。

警視庁のマル暴担当はNOVAがドラッグ流通に組織的に関与している証拠を確認できなかったのであろう、”ブツを持たないNOVA講師6人逮捕”はナイジェリア人の逮捕によって幕が引かれることになる。



ナイジェリア人を逮捕=NOVA講師にコカイン密売-警視庁
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070307-00000077-jij-soci
3月7日14時0分配信 時事通信
 英会話学校大手「NOVA(ノヴァ)」講師だった外国人がコカイン所持などで逮捕された事件で、警視庁組織犯罪対策5課などは7日までに、コカインなどを密売したとして、麻薬取締法違反(営利目的譲渡)容疑で、ナイジェリア国籍のアルバイト、アンディ・オヌ容疑者(37)=埼玉県所沢市北有楽町=を逮捕した。
 同課は関連先として、東京・六本木のクラブを捜索してコカインなどの薬物を押収。店内で薬物が密売されていたとみて追及する。 
[転載ここまで]



”ブツを持たないNOVA講師6人逮捕”は07年2月14日の経済産業省と東京都の立入検査の布石となり、NOVAに致命傷を負わせた。07年2月、経済産業省と東京都の立入検査以降、NOVAと猿橋氏に対するメディアバッシングは熾烈を極めた。その流れはリンゼイ・アン・ホーカーさん殺害事件を経由し、6月の半年間の一部業務停止命令につながっていくのである。

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市橋達也の冤罪検証・NOVA講師一斉逮捕はナイジェリア人逮捕を経由しリンゼイ事件につながっていく2

2010/12/29(Wed) 02:15

NOVA講師一斉逮捕はナイジェリア人逮捕を経由しリンゼイ事件につながっていく2




市橋達也の冤罪検証・いかにして英会話最大手NOVAは破綻への道を辿ったのか
市橋達也の冤罪検証・NOVA講師一斉逮捕はナイジェリア人逮捕を経由しリンゼイ事件につながっていく1



前回のブログエントリーで、07年1月31日に報じられたNOVA講師一斉逮捕に触れた。この部分をもう少し補足しておきたい。

この件は、六本木で逮捕されたバレンタインという米国人男性が所持していたコカイン大麻の所在について、「仲間から頼まれた。自分は買い出し役」と供述したことに端を発し、警視庁組織対策5課がNOVAの英会話講師6名を麻薬及び向精神薬取締法違反で一斉に逮捕したいうものだ。『NOVA講師7名麻薬で逮捕』と組織的犯罪を匂わす見出しで報じられたが、記事中の「50回分の使用量に当たるコカイン粉末5袋(約1・5グラム)と、15回分の使用量の乾燥大麻約8・2グラム」はバレンタインが06年11月に六本木で逮捕された際に所持していたものであり、この時までに逮捕された6人が所持していたわけではない。

バレンタインを六本木で職質しコカイン大麻所持の現行犯で逮捕したのは麻布署であるが、NOVA講師6人を捜査し逮捕したのは警視庁組織犯罪対策5課である。ナイジェリア人を逮捕したのも警視庁組織対策5課である。このことは重要なので留意したい。




■ 警視庁組織対策5課とは?

組織犯罪対策部 Wikipedia
---------------------------------[抜粋]
2003年4月に警視庁刑事部の捜査第四課・暴力団対策課、生活安全部の銃器対策課、薬物対策課を分離する形で全国に先駆けて新設。主たる業務は暴力団対策であるため、現在の通称も従来と変わらず、「マルボウ」(○に暴、マル暴)である。

組織犯罪対策総務課
庶務係、組織犯罪対策企画係、組織犯罪対策管理係、組織犯罪対策情報係、組織犯罪対策指導係、組織犯罪対策教養係
マネー・ロンダリング対策室
犯罪収益解明捜査第1-第4係
組織犯罪対策第一課
第1対策係(庶務)、第2対策係(情報収集)、第3-第6対策係(組織実態解明)、第7-第14対策係(取締り)
不法滞在対策室
第1-第7係
組織犯罪対策第二課
第1捜査係(課内庶務、国際事件調整)、第2捜査係(国際連絡調整)、第3-第23捜査係(国際犯罪捜査)
組織犯罪対策第三課
暴対企画係、暴力団情報管理係、暴力団規制第1-第6係、暴力団排除第1・第2係、保護対策係、行政命令係、特殊暴力対策第1・第2係、特殊暴力犯捜査第1-第3係
組織犯罪対策第四課
暴力事件情報係、広域暴力団対策係、暴力犯特別捜査第1-第11係
組織犯罪対策第五課
銃器薬物対策第1係(課内庶務)、銃器薬物対策第2係(資料・統計)、銃器捜査指導係、薬物捜査指導係、銃器捜査第1-第6係、薬物捜査第1-第6係

組織犯罪対策特別捜査隊
隊本部(庶務係、管理係)、各班
---------------------------------[抜粋]


組織犯罪対策部は通称マル暴と呼ばれ、もっぱら組織犯罪専門である。組織対策5課は銃器薬物対策第1係(課内庶務)、銃器薬物対策第2係(資料・統計)、銃器捜査指導係、薬物捜査指導係、銃器捜査第1-第6係、薬物捜査第1-第6係で構成され、組織的犯罪の中でも銃器や薬物を担当している。

NOVA講師一斉逮捕からナイジェリア人逮捕に到るまでを警視庁組織対策5課が担当し捜査にあたったということはNOVA本体との関わりをも視野に入れた薬物捜査だということがわかる。単なる不良外国人の犯罪ならば管轄署の生活保安課が担当する。さらに言えば、警視庁組織対策5課には薬物捜査指導係(捜査共助)もあり、全国900校を展開する英会話最大手NOVAに対し、全国治安当局に要請すれば、全国を又にかけた捜査が可能になる。




■ 時系列に並べるとみえてくる何か。


ここでひとまず、06年11月、バレンタインが六本木でコカイン大麻所持の現行犯で逮捕されてから、リンゼイ・アン・ホーカーさん殺害事件に到るまでを時系列に並べてみたい。


06年11月18日 六本木で米国人男性がコカイン大麻所持の現行犯で逮捕される
07年1月31日 警視庁組織対策5課がNOVA講師一斉逮捕。
同年2月14日 経済産業省と東京都のNOVA立入検査。
同年3月7日 NOVA講師にコカインを密売したとしてナイジェリア人逮捕。
同年3月25日 リンゼイ・アン・ホーカーさんが失踪。朝9時45分、行徳駅前喫茶店の監視カメラに店を出る二人の姿が確認される。
同年3月26日 午後にリンゼイ・アン・ホーカーさんの捜索願が出される。
同年3月26日 夜、リンゼイ・アン・ホーカーさん殺害事件が発覚する。


当方が注目するのは、”リンゼイ・アン・ホーカーさん殺害事件が発覚したのは、コカインの密売容疑で逮捕されたナイジェリア人の勾留中(捜査中)”であることだ。勾留は逮捕されてからおおむね23日間で、この期間中に検察は起訴、不起訴の判断をする必要がある。これにならえばナイジェリア人の拘留期限は3月30日頃になり、すなわち、リンゼイ・アン・ホーカーさん殺害事件は、警視庁組織対策5課がNOVAを捜査する状況下で発覚しているを示している。そう見ると、事件当時、NOVA講師に行動確認担当の捜査員が張り付いていても不思議ではないし、リンゼイさんと彼女の周辺にも行確が入っていた可能性も否定出来ない。事件発覚に際する素早い立ち上がりも合点が行くのである。つまり、「リンゼイ・アン・ホーカー殺害事件発覚時、リンゼイさん及び彼女に親しいグループが警視庁組織対策5課の行確(行動確認)が入り監視下に置かれていたのではないか」ということである。



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