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日本の紙幣研究・1946年以前①

2009/11/30(Mon) 04:04

>■ 日本初の円紙幣、改造一円券の肖像に選ばれた神功天皇



Kurofune_2.jpg

USS_Mississippi_1863.jpg

1852年冬ペリー提督率いる黒船が浦賀に来航する。
圧倒的な軍事力を背景にペリーは開国を求めた。
拒否すれば戦争。植民地支配は免れない。
アヘン戦争に負けた清朝の二の舞はさけたい。
黒船艦隊に日本は無抵抗のまま不平等条約を結ばされた。

明治維新。

日本が初めて自国の通貨『円・圓』の紙幣を出したのは1881年だった。
ペリー来航から三十年経っていた。
世界で流通できる通貨の制定が明治維新の悲願であった。
自国の通貨制定は独立国の証明になるからだ。
この時尽力したのが、伊藤博文、稲垣退助、岩倉具視であり、後に紙面を飾ることになる。



そしてその背後にはフリーメイソンと古代ユダヤがいた。



nm053.jpg

大黒天

和気

d01000f.gif

sen2.gif

sen3.gif


日本の自国通貨円紙幣のデザインは1946年を境に二つの傾向に大別できる。

(A)
神宮皇后・菅原道真・武内宿禰・和気清麻呂・藤原鎌足・聖徳太子・日本武尊(ヤマトタケル)・大黒天

(B)
二宮尊徳・聖徳太子・板垣退助・岩倉具視・高橋是清・伊藤博文・福沢諭吉・新渡戸稲造・夏目漱石・樋口一葉・夏目漱石

聖徳太子は例外として1946年以前(A)は神話由来、1946年以降(B)は明治の政治家、文化人が選定の対象であろう。


お金の中の人物 〈金融資料館〉
http://www.77bank.co.jp/museum/okane/02.htm

(抜粋)
人物の肖像は、世界中で19世紀頃から使われるようになりましたが、最初は主に女神(めがみ)や守護神(しゅごしん)の全体像が描かれていました。やがて19世紀中頃から国王や女王、大統領(だいとうりょう)など政治家の肖像を使用するようになりました。第2次世界大戦後には、フランス、オランダ、イタリアなどの西欧(せいおう)諸国において、文化人の肖像が多く使われるようになり、その傾向(けいこう)は各国に広がっています。1980年以降は特に女性の肖像が増加しています。
日本の紙幣も最初は肖像がありませんでしたが、1881(明治14)年発行の「神功皇后(じんぐうこうごう)札」から本格的な肖像が使われるようになりました。戦前には、古代の人物が中心でしたが、戦後は明治期の政治家の肖像が多く使われました。1984(昭和59)年から発行されている現在の紙幣では、明治の文化人の肖像が使われています。
(抜粋終わり)



だがしかし、解せないことがある。
記念すべき日本初の改造紙幣一円券の肖像は神功皇后だったのか。



神功皇后 (Wikipedia)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E5%8A%9F%E7%9A%87%E5%90%8E

神功皇后(じんぐうこうごう、成務40年(170年) - 神功69年4月17日(269年6月3日))は、仲哀天皇の皇后。『紀』では気長足姫尊(おきながたらしひめのみこと)・『記』では息長帯比売命(おきながたらしひめのみこと)・大帯比売命(おおたらしひめのみこと)・大足姫命皇后。 父は開化天皇玄孫・息長宿禰王(おきながのすくねのみこ)で、母は天日矛裔・葛城高顙媛(かずらきのたかぬかひめ)。彦坐王の4世孫、応神天皇の母であり、この事から聖母(しょうも)とも呼ばれる。
事績(抜粋)
『日本書紀』などによれば、201年から269年まで政事を執り行なった。夫の仲哀天皇の急死(200年)後、住吉大神の神託により、お腹に子供(のちの応神天皇)を妊娠したまま海を渡って朝鮮半島に出兵して新羅の国を攻め、新羅は戦わずして降服して朝貢を誓い、高句麗・百済も朝貢を約したという(三韓征伐)。
(中略)
この時代は、長期間にわたって天皇が空位のままだったため、明治時代以前は神功皇后を天皇(皇后の臨朝)とみなし、15代の帝と数えられていたが、1926年(大正15年)10月の詔書により、歴代天皇から外された。明治から太平洋戦争敗戦までは、研究の場では江戸時代より様々な論考があったにもかかわらず、学校教育において実在の人物として教えるよう指導されていた。現在では実在説と非実在説が並存している。



神功皇后
http://www.din.or.jp/~a-kotaro/gods/kamigami/jingu.html

(抜粋)
 我が国の女神は、御子神を生み出す母神としての性格を色濃く持ったものが多い。その中でもとりわけ神功皇后は、”神の子を産む聖母”として代表的な存在であり、息子の応神天皇と一緒に神として祀られ、母子神信仰と深く結びついているところに大きな特徴がある。
 母子神信仰とは、霊力の高い女性(巫女)が、処女受胎して神の子を産むという考え方に基づく信仰である。こういった信仰は世界各地にあり、もっとも有名なのがキリスト教の聖母マリアとその子のイエス・キリストであろう。記紀神話では、はじめ応神天皇の父は仲哀天皇とされている。ところが段々と仲哀天皇の存在感は消えていき、やがて神功皇后が処女懐胎によって応神天皇を産んだ聖母伝説というイメージに変わっていく。それは神功皇后の一種の異常出産の話に象徴されている。
(抜粋終わり)


皇后

神功皇后は女神である。さらに聖母と呼ばれ処女受胎の伝説がある。
キリスト教における聖母マリアの焼き増しじゃないのか?
それとも日本書紀をキリスト教がまねしたのか?

日本は明治維新で開国したが、キリスト教に改宗したわけではない。
なのに聖母マリア神功皇后は円紙幣の肖像に選ばれた。

天皇史から排除され教科書の記述もあいまいらしい。つまり、“日本の史実にはあまり重要でない人物”であることがわかる。

総じて明治維新の背景に日本キリスト教化を目論むフリーメイソンの暗躍があったことを端的に表しているようだ。



結局フリーメイソンの目論見は叶う事はなかった。
そのかわりに天皇が神格化していったのだった。


hatajinan.blog61.fc2.com


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