水俣病は劣化ウランが原因物質ではなかったか。
2013/01/08(Tue) 19:20
話は、まず、2011年3月11日にさかのぼる。311クライシス当日の夕刻、午後五時過ぎ、千葉県市原市五井のコスモ石油精油所で爆発火災が発生した。水の入ったのタンクの支柱が揺れに耐え切れず座屈して倒壊、隣接したLPガス配管を破断し、出火、周囲のガスタンクが次々と爆発、炎上したものである。
コスモ石油精錬所の爆発火災は周辺の工場を巻き込み、10日燃え続けた。延焼した周辺工場の中にチッソ石油化学五井製造所があった。


劣化ウラン保管施設も延焼 コスモ石油のガスタンク火災で 千葉県議会|ちばとぴ ちばの耳より情報満載 千葉日報ウェブ
http://www.chibanippo.co.jp/news/chiba/politics_economy_kiji.php?i=nesp1309498977
2011年07月01日14時42分
6月千葉県議会は30日、総務防災と総合企画水道の2常任委員会が開かれた。総務防災では、東日本大震災で発生したコスモ石油千葉製油所(市原市)の液化石油ガス(LPG)タンク火災・爆発に伴い、隣接する劣化ウラン保管施設も延焼していたことが明らかになった。放射性物質の漏えいはなかったとしている。
【総務防災】県消防課は、同製油所のガスタンクの火災・爆発事故で、隣接するチッソ石油化学の劣化ウラン保管倉庫の屋根が焼け落ちていたことを明らかにした。
同課によると、同倉庫は「核燃料使用事業所」として国の許可を受け、ガス製造用の触媒として使われる劣化ウラン765キログラムが保管されており、放射性物質が0・3%含まれていた。
--転載ここまで--
http://www.chibanippo.co.jp/news/chiba/politics_economy_kiji.php?i=nesp1309498977
2011年07月01日14時42分
6月千葉県議会は30日、総務防災と総合企画水道の2常任委員会が開かれた。総務防災では、東日本大震災で発生したコスモ石油千葉製油所(市原市)の液化石油ガス(LPG)タンク火災・爆発に伴い、隣接する劣化ウラン保管施設も延焼していたことが明らかになった。放射性物質の漏えいはなかったとしている。
【総務防災】県消防課は、同製油所のガスタンクの火災・爆発事故で、隣接するチッソ石油化学の劣化ウラン保管倉庫の屋根が焼け落ちていたことを明らかにした。
同課によると、同倉庫は「核燃料使用事業所」として国の許可を受け、ガス製造用の触媒として使われる劣化ウラン765キログラムが保管されており、放射性物質が0・3%含まれていた。
--転載ここまで--
延焼したのはチッソ石油化学五井製造所の中でも隣接する一部分であることと、劣化ウラン保管倉庫の屋根が焼け落ちていた、という部分から、場所はある程度推測できた。以下の画像は誠天調書様の記事に貼られていたものだが、天井にブルーシートが掛けられている建物がそれである。
誠天調書: 既に311の時点で 千葉県市原市五井から先に 核攻撃が始まっていた。

チッソ石油化学五井製造所には765キログラム、ドラム缶にして33本の劣化ウランを含有する触媒が保管されていた。311から4ヶ月が経ち、JNC株式会社は劣化ウランの触媒に異常はなかったと発表した。本当に無事だったのか?ブルーシートのようなものが天井部分にかけられた保管倉庫であろうその建物を見て、誰もが疑問を抱いたに違いない。

『当該ドラム缶からの劣化ウランの漏洩等の異常はなかったことを文部科学省担当官立会いの上で、放射線量測定によって確認しております。』とのことだが、劣化ウランはウラン238であり、α線核種である。α線は紙一枚で遮断される放射線なので通常の線量測定では検出できない。異常はありませんでしたと言われても、鵜呑みにできるわけがない。
311翌日になると、『市原市のコスモ石油千葉製油所LPGタンクの爆発により、千葉県、近隣圏に在住の方に有害物質が雨などと一緒に飛散する』といったチェーンメールが出回った。隣接するチッソ石油化学の敷地に延焼した事実。チッソ石油化学五井製造所では劣化ウランを含んだ触媒が倉庫で保管されている事実を踏まえれば、劣化ウランの触媒が火災で昇華し、死の灰となって降り注ぐことを危惧した内容であるのは明らかであったが、このチェーンメールは速攻でデマ扱いされた。

『コスモ石油』が自社のプレスリリースで否定したことからデマ扱いされるに至ったわけだが、この話はチッソ石油化学の話であって、コスモ石油は関係ない。コスモ石油とて隣接する工場で劣化ウランを保管していた施設に延焼していたなんて寝耳に水であっただろう。
確かなことは、デマなんかではけしてなかったということである。そして、何よりも重要なのが、チッソは劣化ウランを触媒として用いていた時期があったということである。
なぜ、チッソは劣化ウランを含んだ触媒を保管していたのだろうか。
直感があった。
もしかしたら、水俣病は劣化ウランの触媒によってもたらされたのではないか-。
素人の直感と言われれば、それまででしか無いのだが、とにかく、少し追って見ることにした。
劣化ウラン含有の触媒については、JNC株式会社のプレスリリースでは、『昭和44年当時工業用ガス製造のために使用していたもの(主成分アルミナ及びニッケル)で、劣化ウランが約10%含まれています。当該触媒は、3年程度の使用の後、劣化ウランを含まない新触媒に変更したため、専用倉庫で保管をしているものです。』と説明している。昭和44年は水俣病第一次訴訟が始まった年であり、水俣病の原因は劣化ウランであるとした場合、時期的に大きく食い違う。
だがしかし、昭和44年当時、チッソは劣化ウラン含有の触媒を工業用ガス製造用に使用していることを報告していなかった事実がある。チッソが劣化ウラン含有の触媒を保管していることが『湧き出し』の形で文科省に届け出られたのは2005年6月。それまでの間、国もその存在を把握していなかったのである。
劣化ウラン
http://www16.plala.or.jp/chemicaldays/jishin/110823rekkauran.html
チッソが劣化ウランを入手した時期も用途も2005年まで全く知られていなかった。劣化ウラン含有の触媒は昭和44年から3年使っただけというのは、あくまでチッソ側の説明であり、それよりずっと以前に入手された可能性も使用されていた可能性も否定は出来ない。用途とて工業用ガス製造ではなかったかもしれない。
では、劣化ウランを含んだ触媒がアセトアルデヒド製造過程で用いられた可能性はないのだろうか。
アルデヒド及びその誘導体の合成用の触媒 - 特開平7-178339 | j-tokkyo
http://www.j-tokkyo.com/1995/B01J/JP07178339.shtml
0002】
【従来の技術】酸化セリウム、酸化ジルコニウム、酸化ウラン、酸化プラセオジム及び酸化イットリウムの中から選択した触媒を使用して、相当する酸又はエステルを350~450℃の温度で還元して芳香族飽和アルデヒド又は脂肪族飽和アルデヒドを製造することは従来技術で知られている(米国特許第4,328,373号)。
---------------------抜粋
http://www.j-tokkyo.com/1995/B01J/JP07178339.shtml
0002】
【従来の技術】酸化セリウム、酸化ジルコニウム、酸化ウラン、酸化プラセオジム及び酸化イットリウムの中から選択した触媒を使用して、相当する酸又はエステルを350~450℃の温度で還元して芳香族飽和アルデヒド又は脂肪族飽和アルデヒドを製造することは従来技術で知られている(米国特許第4,328,373号)。
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酸化ウランを触媒にしてアルデヒド系列が製造できることはよく知られた技術らしい。この辺りを踏まえれば、劣化ウラン含有の触媒を他の化学製品製造に用いていた可能性は多分にありそうだ。
水俣病 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E4%BF%A3%E7%97%85
原因物質の特定 [編集]
原因物質は容易に確定されなかった。1958年7月時点では、熊本大学医学部研究班は原因物質としてマンガン、セレン、タリウム等を疑っていた。当時、水銀は疑われておらず、また前処理段階の加熱で蒸発しており検出は不可能であった。更に、有機水銀を正確に分析し物質中の含有量を測定する技術は存在していなかった。しかし、翌年熊本大学水俣病研究班は、原因物質は有機水銀だという発表を行った。これは、排水口周辺の海底に堆積するヘドロや魚介類から水銀が検出されたことによる。公式見解として、メチル水銀化合物 と断定したのは、1968年9月26日であった。(熊本大学は水俣病発見者・細川一博士の研究室から資料を運び出して熊本大学の研究だとして発表を行った)。これは、水銀中毒であることは確かだが、当時、数ある有機水銀のうちのメチル水銀が原因であるという確証が得られなかったことに起因する。この物質がメチル水銀であったことはすぐに判明したものの、初期の曖昧な内容が東大医学部などの反論を招いた。そしてそれに対する再反論作成の必要に迫られるなどして原因特定の遅れを招くことになった。ただし当時の文献や、それを引用した文献では、原因物質は有機水銀と表記されていることがある。
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http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E4%BF%A3%E7%97%85
原因物質の特定 [編集]
原因物質は容易に確定されなかった。1958年7月時点では、熊本大学医学部研究班は原因物質としてマンガン、セレン、タリウム等を疑っていた。当時、水銀は疑われておらず、また前処理段階の加熱で蒸発しており検出は不可能であった。更に、有機水銀を正確に分析し物質中の含有量を測定する技術は存在していなかった。しかし、翌年熊本大学水俣病研究班は、原因物質は有機水銀だという発表を行った。これは、排水口周辺の海底に堆積するヘドロや魚介類から水銀が検出されたことによる。公式見解として、メチル水銀化合物 と断定したのは、1968年9月26日であった。(熊本大学は水俣病発見者・細川一博士の研究室から資料を運び出して熊本大学の研究だとして発表を行った)。これは、水銀中毒であることは確かだが、当時、数ある有機水銀のうちのメチル水銀が原因であるという確証が得られなかったことに起因する。この物質がメチル水銀であったことはすぐに判明したものの、初期の曖昧な内容が東大医学部などの反論を招いた。そしてそれに対する再反論作成の必要に迫られるなどして原因特定の遅れを招くことになった。ただし当時の文献や、それを引用した文献では、原因物質は有機水銀と表記されていることがある。
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水俣病は昭和30年代の時点で、水銀中毒らしいことは判明していたが、原因物質の特定までは出来ていなかったようである。仮に劣化ウランが水俣病の原因物質であったとしたらα線被曝に加えて重金属中毒の可能性もある。水銀中毒と重金属中毒は症状がほとんど同じで、ウランによる重禁則中毒のほうが症状は軽いとされている。
次に示すのは、湾岸戦争症候群と水俣病の病理学的な比較である。湾岸戦争症候群は湾岸戦争の際に劣化ウラン弾を用いたことが原因だとされている。

http://www.minamata195651.jp/pdf/tishiki/10tisiki_01.pdf
体内に入ったメチル水銀は、主に脳など神経系を侵し、手足のしびれ、ふるえ、脱力、
耳鳴り、目に見える範囲が狭くなる、耳が聞こえにくい、言葉がはっきりしない、動きが
ぎこちなくなるなど様々な症状を引きおこします。水俣病の発生初期には、狂ったような
状態や意識不明になって、発病から1ヶ月以内に亡くなるといった重症者もいました。
また、見た目にはわからなくても、頭痛や疲れやすい、においや味がわかりにくい、物
忘れがひどいなどの症状で、日常の暮らしに困る慢性型の患者もいます。汚染された魚を
食べた母親の胎内でメチル水銀に侵され、障害を持って生まれた胎児性水俣病患者も発生
しました。
---------------------抜粋
ほとんど一緒である。続く(予定)
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