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白ユリの系譜3 三橋歌織が見た『フィギュア』

2012/02/02(Thu) 08:47

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幸せそうに見えるのだが…


新宿渋谷エリート殺害事件は2006年12月、新宿で上半身、渋谷で下半身、翌07年1月、妻・三橋歌織の供述により町田芹ヶ谷公園で頭部が発見されたものである。被害者はモルガン・スタンレープロパティーズジャパンに勤務する三橋祐輔。翌々日にボーナスと昇給の発表を控えていた。

死体損壊・殺人容疑で逮捕された三橋歌織は容疑を全面的に認め、懲役15年が確定している。一審公判の模様についてはザ・事件に詳述されているのでぜひ一読願いたい。

渋谷セレブ妻バラバラ殺人事件公判
http://jiken.is-mine.net/SibuyaSerebuBarabara/0.html


今回のブログエントリでは、三橋歌織が一人でこの事件を起こし得るか?について検証していきたい。

三橋歌織は、なぜ、夫をばらばらに切断したのか。なぜ、新宿の人目に付く路上に捨てたのか。なぜ、ゴミ捨て場に捨てなかったのか。なぜ、ゴミ袋の口を開けたまま放置したのか。事件を発覚させないために、死体をばらばらに切断したのではなかったか。

表向きは解決した事件であるが、矛盾が解けない以上、事実への探求は止むことはない。




◇ 三橋祐輔バラバラ事件とリンゼイ・アン・ホーカーさん殺害事件を結ぶ点

三橋祐輔の下半身は渋谷区の空き民家で発見されたのだが、植木鉢が置かれていたという。三橋歌織は何のために植木鉢を置いたのか。合理的な説明はなされていない。当方はどうしても犯人が残したしるしに思えてならないのである。

というのも、リンゼイさんの遺体が発見されたベランダのバスタブにも植木鉢が置かれていたからだ。


リンゼイ・アン・ホーカーさん殺害事件の発見現場
201012050601391f8 (1) nova-bathtub_20120121033236.jpg
バスタブの上に植木鉢のようなものが置かれていることが分かる。


三橋祐輔の死体の上に置かれた植木鉢は、白ユリ同様に真犯人が遺した”しるし”なのではないか。


他にも、リンゼイ事件と結びつける象徴的なことがある。犯人は三橋祐輔殺害後に培養土を買いに行っているのである。培養土。つまり、園芸用土である。この事件とリンゼイ事件は”園芸用土”でも明確にリンクしているのである。

---------------------抜粋
同日午前9時ごろに近所の生花店に15~18リットル入り培養土8袋を注文。同日夕には新宿の大型量販店で2袋を買い足し、計約180リットルを用意した
歌織容疑者は横にしたドレッサーに土を敷き詰めて遺体を入れ、2日間保管。さらにブルーシートを敷いて流れ出る血を土に吸収させながら遺体を解体したという。
---------------------抜粋

記事では『横にしたドレッサーに土を敷き詰めて遺体を入れ、2日間保管』と書かれているが、三橋祐輔の遺体を土中保存していたことを示している。キャスパーの法則では、遺体は土中にある場合、大気中に置いておくよりも腐敗の進行が8分の1になる。つまり、三橋歌織(か別の誰か)は、遺体の腐敗度を測る目安であるキャスパーの法則を知っていた可能性すらあるということだ。

http://kurenaiking.at.webry.info/200803/article_3.html
---------------------抜粋
歌織被告「『どうしよう、こうしよう』とは言われていないが、とにかく『私は土が大嫌い。土仕事が、土に触るのが嫌』ということを彼とのやりとりで話した」
 《よほど、土が苦手なのか、歌織被告は「土が嫌い」という言葉に力を込めた》
---------------------抜粋

本当に、三橋歌織のアイデアだろうか。

植木鉢と園芸用培養土。両事件の遺棄現場に見られる象徴的な符号に、事件の同一性を見出してしまう。三橋歌織は何のために遺体を土中保存したのだろうか。誰にこの知恵を授けられたのか。それとも、証拠がないことを良い事に適当な話を作る捜査員に、無理くり話を合わせただけなのだろうか。

しかし、三橋歌織は、一体何者なのだろうか。

三橋歌織は三橋祐輔の死体をばらばらに切断し、新宿、渋谷、町田に遺棄したことを認めている。だが、三橋歌織が容疑を認めたとて、裏付けは取られていないように思われる。一審公判で三橋歌織は12月14日に下半身を渋谷の空き民家に棄てたと証言しているが、翌15日に検針に訪れた電力会社の女性検針員が『死体はなかった』と第二回公判に出廷し証言している。

(7)「最初の処分は下半身」検察側と食い違い
http://jiken.is-mine.net/SibuyaSerebuBarabara/7/7.html
(10)「いつも歩く敷地に遺体」電力会社の検針
http://jiken.is-mine.net/SibuyaSerebuBarabara/2/10.html

三橋歌織は上半身同様に下半身も袋の中に入れて渋谷の空き民家に運び込んだと証言しているが、渋谷の空き民家に遺棄する時ゴミ袋から出している。わざわざ人間の一部だと分かるように袋から出して、その上に植木鉢を置いたのである。

西新宿7丁目の路上で、三橋祐輔の、頭部と両手が欠損した上半身だけが発見されたとき、二枚重ねにされた90リットルのゴミ袋の口が開いていた。さらにいえば、ゴミ捨て場ではない路上に捨てられていたのである。発覚させたくなければ、少なくともゴミ捨て場に捨てるはずである。下半身が発見された渋谷区神山町1丁目の空き民家でも、いずれ、発見される。

三橋歌織は、なぜ、人目に付く場所に遺体の一部を棄てたのか。

一審公判では、三橋歌織は下半身をゴミ袋から出して捨てた理由について、『中に…彼…私の取り調べでも言わなかったが、私の写真(註・三橋祐輔が撮っていたという性的な写真)が中に入っているのではないかと思い、袋の中を探さなければならないと思い、袋を破った』と、首を傾げたくなるような証言をしている。ズボンを履いているのならまだしも、三橋祐輔の下半身は何も身に付けていなかった。自ら三橋祐輔を殺害し奪いとった”私の写真”を、自ら切断した下半身とともにゴミ袋の中に入れたとでも言いたいのだろうか。”私の写真”は矛盾を詰問されてとっさについた嘘なのではないかと訝ってしまう。

「性的写真」が別れられなかった理由 法廷でも「言いたくなかった」
http://jiken.is-mine.net/SibuyaSerebuBarabara/10/8.html

渋谷で三橋祐輔の下半身が発見された時、次のように報じられている。

http://zara1.seesaa.net/article/30470201.html
---------------------抜粋
だが、最近になって人の出入りが目撃されており、住民らは「ここ1週間の間にカジュアルな格好をした若者が家に入るのを見た」「25日に家から人が出てきた」と証言。また「2カ月前から夜になると200メートルほど離れた駐車場に不審な白い軽トラックが止まっていた」「現場近くに2、3日前、近所では見たことがない白い乗用車が駐車していた」との情報もある。
http://www.sponichi.co.jp/society/news/2006/12/29/01.html
---------------------抜粋

三橋歌織以外の誰かが、渋谷の空き民家に運び込んだ可能性はないのだろうか。

三橋歌織は検察官に下半身を処分した時間を問われた時、『夕方、彼の会社の人が3人来た。その後、1時間もしないくらいで私は下半身を台車に乗せて運び出した』と答えているが、三橋祐輔の同僚三人ははたして事件とは無関係なのか。




◇ 三橋歌織の白百合女子大時代。

三橋歌織は外資系エリートのセレブ妻として知られているが、それは虚像に過ぎない。夫婦の住まいは代々木公園近くの高級マンションだと報じられてきたが、三橋祐輔の勤務するモルガン・スタンレー系不動産投資会社が借り上げていたものである。夫婦の資産ではない。

三橋歌織逮捕時に三橋祐輔の口座には5万円しか残されていなかった。さらに、下世話な話ではあるが、三橋歌織は白百合女子大時代に老舗のソープランドで働いていたという。被害者の不倫ばかりが取り沙汰されるが、三橋歌織はソープランド時代に知り合った愛人がいた。一審公判でも法廷に立ち証言している。



http://g2.kodansha.co.jp/1771/2039/2370/2371.html
---------------------抜粋
ソープランドでのアルバイト

川口歌織は1974年、第2次ベビーブームの最中に新潟市で生まれた。「団塊ジュニア」と呼ばれる世代で、人口が多かったために受験戦争と呼ばれるほどの競争を強いられてきた。高校時代には女子大生ブームだったし、大学に入ったらバブルははじけており、コギャルブームとなっていた。景気の悪化で就職戦線は氷河期と呼ばれ、同世代の人口が多いから競争率ははねあがった。その場その場を必死にもがいても、いざ社会に出る時にはもはや自分が思い描いていたような未来は実現することができなくなっていた。

歌織もまた、白百合女子大学は第1志望ではなかった。本当は外国語大学に行きたいと思っていたが、父は娘をどうしても女子大に入れると決めていた。父の言いなりになるのと引き替えに、月に40万円という高額の仕送りをもらった。

金額を教えてくれたのは、取材の過程で情報交換をする機会を得られた捜査関係者だった。

「なぜそんな大金を仕送りしてもらっていて、あんなところでバイトをしたのでしょうか。今も不思議です」

関係者はそう言って、歌織のかつてのアルバイト先の店名を教えてくれた。私は地図を頼りにその店を訪れた。

あちこちに造花が飾られ、ドアの隙間から事務所の奥で洗濯機がぐるんぐるん回っているのが見えた。待合室のソファでは男が退屈そうに雑誌を読み、「どうせ脱ぐからどうでもいい」とでも言うかのように安物のドレスを投げやりに着た女が通りかかる。そこは老舗のソープランドだった。

月に40万円の仕送りでは足りなかったのだろうか、歌織はここでアルバイトをしていたというのだ。どう考えても、女子大生が気軽にバイトをするような場所ではない。

関係者によると、歌織はこの店で「いつまでもこんなところで働いてちゃだめだ」ともっともらしく諭す中年男性に出会った。男は、自分にも歌織と同じくらいの年齢の娘がいると話した。だから心配なのだと。歌織は店を辞めて、男の愛人となることにした。

大学卒業後、派遣社員として職場を転々としながら、歌織は実家から30万円の仕送りをもらっていた。それとは別に、家賃は愛人が支払っていた。

この男は裁判でも証人として出廷し、歌織が24歳頃から交際をはじめ、4年間にわたり16万5000円のマンションの家賃を負担していたことを証言した。愛人契約終了後も、歌織と男は会い続け、昼食などを共にした。歌織が結婚後は肉体関係はなかった、と元愛人は証言したが、歌織は愛人を頼り続けた。祐輔さんを殺害後に歌織は隠蔽のために自宅の壁と床をリフォームするのだが、「リフォーム会社を教えて欲しい」と元愛人に電話をかけている。
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三橋歌織が事件当時探偵学校に通っていたことも謎めいている。彼女は何をしたかったのか。


http://jiken.is-mine.net/SibuyaSerebuBarabara/12/2.html
---------------------抜粋
ここで、男性検察官が代わって質問に立った。
検察官「離婚カウンセラーと、探偵学校に通っていたようだが、これはなぜ?」

歌織被告「彼と離婚した後のことを考えていたのと、離婚カウンセラーに通う中で、カウンセラーと探偵のような仕事を合わせてやる機会も少なくないと聞いて。離婚カウンセラーと同じ会社の中に、探偵を扱う事務所があったこともあり、(2つの職種の)関係が深いのかなと思った。それで合わせて通うことにした」

検察官「シェルターを出た後も4つぐらい仕事をしている。仕事を変えた理由は?」

歌織被告「…彼に見つかったから」

検察官「あなたとしては仕事を続けたかった?」

歌織被告「もちろん。だからこそ、見つかっても彼には内緒で(仕事を)探していた」

続いて、検察官は『写真についていくつか質問したい』と言うと、分厚い証拠の束を取り出し、歌織被告の前に置いた。
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三橋歌織の事件当時のアルバイトは無視出来なかった。

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検察官は再度、仕事内容を尋ねた。

検察官「事件直前は、カフェでのアルバイト?」

歌織被告「はい」

検察官「具体的にはどういう仕事?」

歌織被告「接客

検察官「勤務時間は1日どのくらい?」

歌織被告「だいたい、4時間か5時間くらい」
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カフェ?接客??まさか、アンナミラーズではあるまいか???

武藤亜澄が06年11月にアルバイトしていた『アンナミラーズ』は飲食店の中でも『カフェ』に分類される。武藤亜澄の担当は胸を強調した制服を着て『接客』を担当していた。第12回公判でのやり取りでは具体的な店名までは分からないものの、三橋歌織が働いていた店がアンナミラーズであったら、出来過ぎた話ではないか。

images (5)

三橋祐輔と武藤亜澄。2006年暮れから07年初頭にかけてセンセーショナルに報じられたバラバラ殺人事件の被害者は知り合いだったのではないか。三橋歌織は夫の不倫の裏を取ろうと、アンナミラーズに潜入していたのではないか。そう考えるのも三橋夫婦は3600万円の公正証書を作成しているからだ。離婚の際の慰謝料である。この話はここで止めておく。




◇ フィギュアみたいな、裸の女性が血を流していた。


三橋歌織の第11回公判では、二人の鑑定人尋問が行われた。一人は、検察側が申請した国立精神・神経センター精神保健研究所の金吉晴精神保健部長で、一人は、弁護側が申請した「こころのクリニック石神井」の木村一優医師である。中でも興味深いのが木村医師の証言で、三橋歌織が武藤亜澄を知っていた可能性すら読み取れるものである。以下である。

http://jiken.is-mine.net/SibuyaSerebuBarabara/11/6.html
---------------------抜粋
ここで金鑑定人に対する検察側の質問は終了、金鑑定人は退廷した。続いて弁護側が申請した木村一優鑑定人が資料を抱えて入廷し、証言台のイスに座った。

検察官「2月20日、金鑑定人と一緒に歌織被告と犯行時の精神状態を聞き出したということだが、(そのときに)大半を聞き出したということでいい?」

木村鑑定人「大半…ですか?」

検察官「では、2月20日以前にあなたが歌織被告と面談したのは19年9月11日、9月28日、10月5日、12月26日、20年1月8日、1月9日、1月29日、2月6日、2月13日の9日でいい?」

木村鑑定人「はい」

検察官「(18年12月に住んでいたマンションの部屋に飾っていた)クリスマスツリーが大きく見えたという幻視以外に、(歌織被告から)何を聞いた?」

木村鑑定人「当初、PTSDを疑っており、これを聞き出そうとしたが、もう1つ、代々木公園の所見が出た」

検察官「公園が不気味に見えた、との?」

木村鑑定人「いや、代々木公園が真っ暗に見えたと言っていた」

検察官「2月20日以前(に聞いた幻視の話)はクリスマスツリーと代々木公園のことぐらいか?」

木村鑑定人「祐輔さんが読んでいて、歌織被告が嫌いだったという男性雑誌」

検察官「そのほかには?」

木村鑑定人「裸の女性の話。フィギュアみたいで、とてもきれいな女性が血を流していた、との

検察官「そのほかには?」

木村鑑定人「風船の中にいるみたいだとか…」

検察官「それくらい?」

木村鑑定人「今思いつくのは」

検察官「フィギュアみたいというが、裸の女性は小さいのか?

木村鑑定人「大きさは人間くらい。歌織被告は『スタイルがよくて、きれい過ぎる東洋人か、アジア人の雰囲気』と言っていたが、例えて言えばフィギュアみたいな感じ、ということ

歌織被告は特に表情を変えずにやりとりを聞いていた。
---------------------抜粋



三橋歌織はきれいな裸の女性=人間大のフィギュアが血を流しているのを見ている。その女性はスタイルが良く、東洋人かアジア人のようだと鑑定士に説明している。他方、武藤亜澄も一見してグラマーだ。まさに東洋人かアジア人のような独特な印象を受ける。

img3_155641227_158.jpg

三橋歌織は武藤亜澄を見ていたのではなかったか。



白ユリの系譜 シンボリックに読み解くあの猟奇事件
白ユリの系譜2 三橋祐輔と武藤亜澄

誠天調書: 虐殺は埋めてしまえば無かった事になる
http://mkt5126.seesaa.net/article/240918580.html


2012/02/04若干手直し
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Category:白ユリの系譜

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2012/02/26(Sun)00:08

いつも鋭いご推察を興味深く拝見しております
ご存知かもしれませんが、白ユリは某宗教団体婦人部の象徴の花です
今の日本でそれほどポピュラーでないユリの花を、わざわざ人にプレゼントしたりモチーフに使ったりしてる人を見かけると、実質カミングアウトしたのと同じだと私は思っています

ところで、歌織被告の報道のされ方はかつての東電OLのように下世話でセンセーショナルで、これでもかと言うぐらい被告の名誉をおとしめることに意味があったのかもしれませんね

名前:yuki-konkon (URL) 編集

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