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イエス・キリストは人名ではなく、宇宙原理の表現であった。

2011/10/19(Wed) 17:36

人類が絶滅の危機に瀕するほどの天変地異など来るわけがないと普通は考える。実際に、人類は60億人いる。繁栄の限りを尽くしているではないか。誰一人として明日、人類殲滅の危機に遭遇するなど微塵も思っていないだろう。そう、旧約聖書のノアの大洪水はあくまで神話でなければならないのだ。

まるで311以前の日本人のごとくである。ノアの大洪水に代表される人類絶滅するほどの天変地異は、あくまで神話の中の話だと考えてしまいがちである。

少なくとも人類は、一度は全滅の危機に瀕したと考える。ノアの方舟は5000メートル強のアララト山山頂に漂着したと旧約聖書では示されている。もし、ノアの大洪水が史実だとして、生き延びた古代人類は未来に向けて何らかのメッセージを遺したはずである。

だがしかし、「人類を絶滅させてはならない。未来にも同じようなことが起こるから注意せよ」といったことを言葉や文字で遺しても、未来にちゃんと伝わる確証はない。だから古代人類は天変地異のそれを示すシンボルを未来のために遺すことになったのだ。言葉や文字ではなく、シンボルで黙示したのではなかったか。

例えば、プロビデンスの目と呼ばれるシンボルがあるが、これは、アララト山頂に漂着したノアの方舟を表していると睨んでいる。ピラミッドがアララト山を準えて、ノアの方舟を山頂に示したように思えるのである。当方の見立てでいえば、ノアの方舟をなぞらえた葦の葉の形をしたシンボリックな形状は、いつしか黒目が加わり目になった。さらに眉を加え左右の区別が付くようになった。1ドル札でいえば左目(悪魔の眼)である。イルミナティフリーメイソンの支配のシンボルとして今は認知されている。


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ホルスの眼にしてもそうだ。眉と黒目が人の目を想像させるが、右下の巻きあがった部分が洪水を表しアララト山頂に流れ着いた様子を示しているようにもみえる。


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両方共アララト山頂に漂着したノアの箱舟をなぞらえたのではないか?


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アララト山頂4600メートル付近をGoogle Earthで探索していたとき、不可思議な形状の造形物を見つけた。

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長さは130メートルあった。ノアの方舟かもしれない。


宗教ではないが、葛飾北斎の絵などは大津波を示しているとはいえないか。荒れ狂う波の向こうに富士山がある。波、山、船。大津波、大洪水の到来を黙示しているようにも見える。


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1000年、10000年、途方もなく長い時の中で、古代人類が遺したシンボルは、少しずつその真意からそれた形で受け継がれていくことになる。人類が滅亡する危機に瀕するほどの天変地異の到来に備えよという本来のメッセージが、いつしか教えに従っていれば神々は手を差し伸べ救ってくれると信じられるようになったのである。

それが宗教である。

天変地異の到来など微塵も考えない人類は古代人類からの警鐘を履き違え、宗教に信仰し教えに従っていれば自分は救われるという、個人的信仰に形を変えてしまった。何世代ものリレーの中、少しずつ変貌を遂げていき、現代では、シンボルの真意すら知らずに、人々は宗教で救済を求めるようになった。実際に起こってみなければ、なんの対策も打ちようはない。311前の日本人よろしく、天変地異の大災害など神話以外の何者でもないのである。

ユダヤ教は旧約聖書の記述に従い、生活様式を神の意志に従うことで救済を求めた。中でも過越という概念がある。旧約聖書の教えを守ろうとしない民の元を怒りに満ち満ちた神が過ぎ越した村は全滅したという。そんな中、神はユダヤ教を忠実に守る人々の前ではしるしを見つけては何もせずに通りすぎていったという。まさしく個人的な救済である。他にも拝火教(ゾロアスター教)は火を絶やさぬことで救済を求めた。回教(イスラム教)は厳しい戒律を守り日々祈りを捧げることで救済を求めた。日蓮宗は「南妙法蓮華経」とお題目を唱えることで救済を求めた。地球上の動植物を全滅させるほどの天変地異の襲来、その対策など、影も形もないほどに度外視されたのである。


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沖縄与那国の海底遺跡はなぜ海に沈んだのか。



というわけで、本題に入る。

キリスト教では、イエス・キリストは実在した人物だと考えられているのだが、異論を唱えた人物がいる。聖書研究の権威でありイギリスからオファーを受けるほどであった高根正教氏である。


高根正教・三教【四国剣山の謎】Shikoku Tsurugisan mystery - YouTube :

http://www.youtube.com/watch?v=rFvMHC2Yej8&feature=youtu.be


「四国に封印された大和民族の謎と鍵」

高根正教は教職在職中,国語教科書の五十音図に接するうち,イ・ウ・エの同一音の文字が重複していることに疑問を抱き,五十音言霊の研究に着手。当時、わが国聖書研究の第­一人者としても国内外から高い評価を受けており、一時はイギリスでもカンタベリー寺院の僧正に迎えようという動きがあったほどの「聖書の高根か高根の聖書か」と世界が認め­た権威者だった。

高根正教は四国に関する研究に没頭,四国全域の地形,風土,地名,民族伝承を,古事記・黙示録と五十音言霊によって照合し多角的に研究を重ねた結果,四国­剣山の山頂地下にユダヤ民族の神宝を収めた「契約の櫃」が埋蔵されていると言う結論に達したのである。

かくして昭和11年6月には高根正教,角田清彦,戸風正一等による第1回の発掘調査が開始されたのである。

これは,同年12月10日まで継承され,さらに翌12年,13年と発掘は進められた。この間の発掘は述総485尺の長さに及び,玉­石,大理石の鏡石,レンガで築造されたアーチ等が発見され,ここに剣山頂は神宝を秘匿する為に人工的に加工せられたものとする正教の説が見事に立証されたという。

高根三教は、父が未着手の分野を開拓、発展させて40数年研究を続ける。

昭和29年、神奈川県藤沢市の江ノ島の洞窟の発掘調査を父と共­に行い、地下九尺の地点に第二洞窟を発見、"洞窟が人工である"との学説を実際に証明。


彼こそは剣山にアークが眠っているという歴史を根本から覆すほどの新説を唱えた第一人者である。以降、彼に同調した多くの研究者が後に続いた。高根正教氏の説は宇野正美氏や大杉博氏によりイスラエル失われた十支族日本渡来説や四国邪馬台国説などの諸説が展開されることになる。神話から生まれた日本の、古事記や日本書紀でカモフラージュされた本当の歴史が目に見える形になって現れてきた。

高根正教氏の発掘品は日本政府に没収されることになるのだが、後に続いたのが元海軍大将の山本英輔である。彼が剣山の高根正教氏が掘り進んだ奥にミイラ100体を見つけたことは以前ブログで書いた。


カッパドキア雑考・剣山で発見されたミイラ100体の謎
http://hatajinan.blog61.fc2.com/blog-entry-223.html


高根正教氏は、五十音=コトダマは無始無終であり、五十音こそイエス・キリストであると結論づけた。イエスは宇宙原理の表現であり、人ではないと考えたのである。さらに、ヨハネの黙示録のヨハネは夜終(ヨ・ハネる)であり、新約聖書は五十音=コトダマで作られたものだと読み解いた。

イエスキリストは五十音である。宇宙原理の表現であり、象徴である。イエスキリストは人として存在しないのである。











高根正教氏の研究は息子三教氏に受け継がれ、高根親子が故人となった今でも、その意志は多くの研究者に受け継がれている。日本の歴史は飛鳥時代以前は神話であった。神が日本を造ったと教えられた。どこの世界に歴史が神話から始まる国があるのだろうか。こんな馬鹿な話はあるか?と思うくらい、これほどの矛盾はそうそうないのだが、日本の本当の歴史はなんだったのか、読み解く鍵がここにあるように思えてならない。


カッパドキア雑考・月と殿下とウランガラス
http://hatajinan.blog61.fc2.com/blog-entry-222.html


2011/10/27加筆修正

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Category:カッパドキアと剣山雑考

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2011/10/24(Mon)19:28

日本人の先祖はヤマト民族ですよね。ヤマトと言う言葉も ヘブライ語のヤ・ウモトか何かが 由来だそうです。(ヤ・ウモトだったかヤ・モウトだったか はっきり覚えてなくてすいません)
これは ヘブライ語で “ヤハエの民族”と言う意味らしく
“偉大なる神ヤハエに選ばれた民族”の事だそうです。
日本語とヘブライ語は 共通する言葉が およそ3000語もあるそうで 君が代も “君が代は~”は
“ケメ ガ ヤウハ”とか何とか
ヘブライ語で“偉大なる神 ヤハエ”と歌ってるらしいです。
正月の鏡餅も ユダヤ人は ジ・モチという柔らかいパンを3枚重ねたりするそうで 日本の文化のいくつかは ユダヤ人とそっくりなんですよね…不思議…

名前:トモ (URL) 編集

2011/10/21(Fri)03:28

いつも参考にさせていただいています。

エントリーとは関係ないのですが、コチラ向きかと思えた話題がありましたので・・・
http://hibi-zakkan.sblo.jp/article/49053159.html
「国が人工的に」というのは意外な新説ですよね・・・?

もっとも、計画そのものが以前からあったらしい痕跡は他にもあって、
http://www.asyura2.com/09/senkyo69/msg/143.html
こちらも2009年の情報です。

いずれも関係者なのかもしれませんが・・・

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