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市橋達也の法廷ライブ・7月11日第五回公判(6)~(9)

2011/07/11(Mon) 22:13

第五回公判(1)~(5)へ
http://hatajinan.blog61.fc2.com/blog-entry-280.html


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【英国女性殺害 市橋被告5日目(6)】「誰でも逃げる! 誰でも逃げる!」被告が逃走したわけ - MSN産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110711/trl11071115290011-n1.htm

2011.7.11 15:27 (1/5ページ)

 (13:15~13:45)

 《英国人英会話講師のリンゼイ・アン・ホーカーさん=当時(22)=に対する殺人と強姦(ごうかん)致死、死体遺棄の罪に問われた無職、市橋達也被告(32)の裁判員裁判の第5回公判は約1時間の休廷を挟んで再開した。午後は情状証人として、市橋被告の大学時代の恩師2人が証言台に立つ》

 《刑事裁判では通常、被告の肉親が情状証人として法廷に立つことが多いが、岐阜県内に住む市橋被告の両親が出廷を拒否したため、代わって市橋被告が千葉大学に通っていた当時の恩師2人が出廷することになった》

 《午後1時15分、堀田真哉裁判長が入廷したのに続いて、傍聴席から向かって左側の扉から市橋被告が法廷に入ってきた。うつむいたままで憔悴(しょうすい)したような表情だ》

 裁判長「それでは再開します」

 《ここで情状証人の出廷に先立って弁護側が証拠を追加請求した。「被害弁償金について」と題するもので、市橋被告側が弁償金として準備した資金が今年5月末現在で912万円にのぼったとするものだ》

 弁護人「出版社から印税の支払いがなされたのが(今年)4月から5月にかけてで、公判前整理手続きに間に合いませんでした」

 《市橋被告は、逮捕されるまでの2年7カ月の逃走生活をつづった手記を出版。この印税をリンゼイさんの遺族への被害弁償に充てるとしていた。検察側も同意し、証拠に追加された》

2011.7.11 15:27 (2/5ページ)

 《続いて男性弁護人が、遺族への謝罪の言葉をつづった市橋被告の調書を読み上げ始める》

 弁護人「私は怖くなって逃げました。『彼女の人生は彼女のもの』と気づいて怖くなって逃げました。彼女がふと戻ってくればと願っていました。あなた方(リンゼイさんの家族)と同じ願いでした」

 「しかし、生き返らないと気づき、その後、建設現場で働いたり、顔を変えたりしました。最下層の作業員として働き、苦しいとき、『彼女の苦しみはこんなものじゃない』と自分に言い聞かせて働きました」

 《市橋被告の手記によると、市橋被告は自宅に訪ねてきた警察官を振り払って逃走後、北は青森から南は沖縄の離島まで行き来しながら、断続的に大阪で建築現場の作業員として働いていた》

 弁護人「アスベストの粉塵(ふんじん)にまみれ、きつく、汚い仕事も罪の償いだと思って働きました。しかし、罪の償いなんかにはなっていませんでした。あなた方の苦しみはこんなものではなかった」

 「しかし、『誰だって逃げる!』『誰だって逃げる!』と2年7カ月間逃げ続けました。本当に申し訳ありませんでした。彼女は亡くなって何も話せません。私だけが事件のことを話すのはフェアじゃない、弱さ故に言い訳になると、何も話しませんでした」

 《男性弁護人はやや早口で読み上げていく。それを裁判員らがじっと見つめている》

 弁護人「しかし、私には、責任があります。私は責任を取るつもりです。私が死ぬそのときまで責任を背負っていきます」

2011.7.11 15:27 (3/5ページ)

 「彼女の人生は彼女のもの、彼女の家族のもの、そして将来生まれてくる彼女の子供たちのものでした。それに気づくことができなかった。気づくべきでした」

 《この後、弁護人は「本当に申し訳ありませんでした」との謝罪の言葉を4回繰り返した。調書は「私は、彼女の人生、家族の人生を壊してしまいました」と結ばれていた》

 《続いて弁護人は、市橋被告のリンゼイさんへの謝罪の手紙を読み上げ始めた》

 弁護人「リンゼイ・アン・ホーカーさんへ。あなたの短すぎる人生での恐怖、怒り、悲しみを、自分でしっかり分からなければいけないと思うことが償いのスタートと思います」

 「いまもしっかり分かっていないのかもしれません。あなたのことを第一に思い続けることが償いのスタートなのかもしれません。いま差し入れてもらった聖書を読み続け、聖書の書き写しを始めています。償いになるかは分かりません。申し訳ありませんでした。市橋達也」

 《ここで若い女性弁護人に読み上げが交代する。弁護人は別の証拠として市橋被告が千葉大園芸学部に在学中、市橋被告がデザインした作品について紹介した学内の小冊子を提示し、それが法廷の壁に設置された大型モニターに映し出された》

 弁護人「(冊子には)市橋被告について『デザイン力が突出している』と書かれています」

 《続いて弁護側の証拠として、市橋被告の大学時代の卒業論文の要旨について読み上げられた》

2011.7.11 15:27 (4/5ページ)

 《次に女性弁護人が、市橋被告が手記の出版に至った経緯について記した調書を読み上げ始めた》

 弁護人「出版したのは、被害弁償に充てるためです。印税は遺族にお支払いしたいと考えています。ぜひ受け取ってもらいたい」

 《出版の経緯についての調書で市橋被告は3つの責任があるとした。一つは刑事責任、二つめは道義的責任、三つめは民事的責任とし、一つめと二つめについては「裁判を受け、死ぬまで背負う」とした》

 弁護人「しかし、民事については背負えません、私はお金を持っていないからです。事件に両親は関係がありません。責められるべきは私です。どうすべきか悩み、本を出しました」

 「出版することで(ご遺族が)嫌悪感を持たれるかもしれません。しかし、本にしたことはお金をつくって受け取ってもらいたかったからです。リンゼイさんは生き返りません。それでも3つの責任を果たしていきたい。本当に申し訳ありませんでした」

 《この後、検察側がさらに市橋被告に追加質問をしたいと述べた。堀田裁判長は後ほど協議するとし、情状証人への尋問に移った》

 《白髪交じりの髪に黒いスーツを着た年配の男性が証言台に進む。千葉大大学院名誉教授の本山直樹さんだ。本山さんは市橋被告が同大園芸学部に在学中、空手同好会の顧問として市橋被告に接してきた》

 《さらに、本山さんは昨年2月に「市橋達也君の適正な裁判を支援する会」を結成し、インターネットなどを通じて「償いをしなければならないのは当然だが、元教師として市橋君に適正な裁判を受けさせたい」と訴えてきた》

2011.7.11 15:27 (5/5ページ)

 《堀田裁判長に促されて本山さんは宣誓した後、証言台の席に着いた。年配の男性弁護人が質問に立った》

 弁護人「それでは経歴についてうかがいます」

 証人「千葉大学を卒業後、(米国の)ノースカロライナ州立大で10年間、農薬の毒性について研究し、千葉大学でおよそ30年間教鞭(きょうべん)を執って定年後、2008年(平成20)から東京農業大学で客員教授をしています」

 弁護人「3年ほど前、中国から輸入されたギョーザで中毒が起きた事件は知っていますか」

 証人「殺虫剤を混入された事件で、千葉の警察の依頼で同種の殺虫剤の成分について情報提供をしました」

 《証言台の真後ろに座る市橋被告はうなだれた姿勢のまま、恩師の証言を聞いている》




【英国女性殺害 市橋被告5日目(7)】ストーカー電話、通販購入なりすまし…「支援する会」恩師への壮絶いやがらせ - MSN産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110711/trl11071116070012-n1.htm

2011.7.11 16:05 (1/5ページ)

 (13:45~14:15)

 《英国人英会話講師のリンゼイ・アン・ホーカーさん=当時(22)=に対する殺人と強姦(ごうかん)致死、死体遺棄の罪に問われた無職、市橋達也被告(32)の裁判員裁判の第5回公判。市橋被告の千葉大園芸学部在籍時に担当教員だった同大大学院の本山直樹名誉教授に対する弁護側証人尋問が続く》

 弁護人「『市橋』とは千葉大で出会ったんですね」

 証人「現職の時には体育会空手部の顧問をしていました。園芸学部の空手同好会でも指導をしており、市橋君も部員としてけいこしていました」

 《男性弁護人が市橋被告を「市橋」や「市橋達也」などと呼び捨てするのに対し、本山さんは「市橋君」と呼ぶのが特徴的だ》

 弁護人「千葉大は西千葉にありますが、園芸学部は松戸にありますね」

 証人「はい」

 《リンゼイさんの母、ジュリアさんは身を乗り出し、市橋被告をのぞき込む。恩師を前にどのような思いでいるのかが気になるのだろうか》

 弁護人「(園芸学部空手部同好会の)空手部員は何人くらいいましたか」

 証人「通常は20~30人くらいですが、彼の時代は少なく、5~10人くらいでした」

 弁護人「1週間にどれくらい練習していましたか」

 証人「時代によって違いますが、当時は週1、2回、昼休みに練習していました」

 弁護人「市橋が入会したとき、どのように感じましたか」

 証人「入会申込書にスポーツ歴を記入してもらいますが、中学時代にバスケットボール、高校時代には陸上の経験があり、大型選手になると思いました」

2011.7.11 16:05 (2/5ページ)

 弁護人「空手は肉体のほか、精神面の訓練にもなる。どのように指導していましたか」

 証人「空手は武道であり、その他のスポーツとは違う。昼に1時間の練習だが、必ず床をぞうきんがけさせ、ロッカー室の掃除もさせていました」

 弁護人「2007年(平成19年)3月下旬に市橋のことが報道されたことは記憶にありますか」

 証人「あります」

 弁護人「千葉大学や証人の所に取材はありましたか」

 証人「殺到しました」

 《本山さんは、当初取材制限がなかったが、校内で手当たり次第に取材活動が行われるようになったと説明。教育環境が保たれなくなったことから、窓口を学部長に一本化し、許可制にしたという》

 弁護人「証人の所にも警察の協力要請はありましたか」

 証人「千葉県警の刑事が来て、同好会に在籍していたころの名簿を渡しました」

 弁護人「逃亡したことは報道で知っていましたか」

 証人「はい」

 弁護人「市橋は逃げたりしないで、どうすべきだったと思いましたか」

 証人「当然、逃げるのではなく、責任を持つべきだと思いました。出頭して、ありのままを述べるべきだと思いました」

 《本山さんは21年11月、「市橋達也君に告ぐ」と題する文章を自らのホームページに掲載。逃走中の市橋被告に自主的な出頭を呼びかけている》

 弁護人「ブログに市橋個人の記事を載せましたか」

 証人「逃亡して、しばらくして自殺したと思っていたが、2年数カ月後に整形して、生き延びていたことを知った。ブログを見た市橋君が連絡してくれば、一緒に出頭するか、もしくは(1人でも)出頭してほしいと思いました」

2011.7.11 16:05 (3/5ページ)

 《市橋被告は事件後、自宅マンションを訪れた捜査員を振り切って逃走。その後、2年7カ月に渡って逃亡生活を送っていた》

 《市橋被告は自身の手記で、建設会社などで働き、愛知・名古屋市で顔に整形手術を施すなどしていたと記している。ただ、細かな逃走の経緯について、争点となっていないため、公判では明らかにされていない》

 弁護人「市橋達也が裁判を受けているがどのように感じますか」

 証人「まず(事件発生時に)報道をみて、同姓同名の他の学生がいるのかと思いました。逮捕以降は(市橋被告の)証言と検察側の言い分が食い違っているようなので、事実が明らかにされ、判決が出されることを望んでいます」

 弁護人「学生に対してはどのような思いがありますか」

 証人「すべて学生は教師にとって自分の子。社会に出て活躍してほしいと思います」

 《本山さんに対する男性弁護士の質問は、本山さんが昨年2月に設立した「市橋達也君の適正な裁判を支援する会」に移った》

 弁護人「設立の目的や趣旨は?」

 証人「市橋君が身柄を拘束された後、現在の弁護団が弁護に当たり信頼関係を築きました。ただ、市橋君に経済力がないので、弁護活動するのに不利が生じる。これでは適正にならないと思い、募金活動を始めました。裁判資金を集めたいと思って始めた」

 《証言台に座るスーツ姿の本山さんは背筋を伸ばし、質問にハッキリとした口調で答えている。一方、市橋被告はうつむいたままだ》

 弁護人「市橋被告に対し、いろいろな報道がありました。公正な裁判が妨げられると思いますか」

2011.7.11 16:05 (4/5ページ)

 証人「はい。当時、報道は過熱し、『(ロス疑惑の)三浦和義』のときと同じような雰囲気がありました。虚像が作られ、袋だたきにされ、リンチになる、と。これではだめだと思いました」

 《本山さんは、ロス疑惑の容疑者として米自治領サイパンで拘束され、ロス市警の留置場で自殺した元会社社長、三浦和義さん=日本で無罪確定=を例に挙げ、報道の過熱ぶりをアピールした》

 弁護人「先ほど、弁護士に対する費用を集めるということでしたが、裁判の実費ということですか」

 証人「当初、最低限、書類のコピー代と証言を取るための移動費用の実費と考えていました。ただ、弁護士生活も楽ではないということを報道で知り、残りは当然、弁護士費用として取ってもらいたいと考えています」

 《ジュリアさんは顔を手で覆ったまま、首を横に振る。本山さんの支援に納得がいかないのだろうか》

 弁護人「支援する会を設立し、1年半が経過しました。あなたに対する嫌がらせは?」

 証人「たくさんあります」

 《本山さんは嫌がらせの実例を挙げた。本山さんはうろたえることなく、しっかりとした口調で話したが、その中身は激しいものだった》

 証人「今日もメールでえげつない言葉がありました。ストーカーに相当する電話もあります。午前3時に10回も20回も鳴らされることがあります」

2011.7.11 16:05 (5/5ページ)

 「さらに私の携帯電話番号を使って、通販で購入をしています。架空の住所に送らせるため、運送会社や通販会社から問い合わせが来ます。これらが毎日続いているのです。300回以上です」

 《ここで、検察側が「予定時間をだいぶ過ぎている」と声を上げた。男性弁護士は「最後です」と応え、初めて「市橋被告」と呼んだ》

 弁護人「後ろにいる市橋被告に対し、どのように言ってあげたいですか」

 証人「(身柄が)拘束されているときには接見したかった。ぶん殴って、しかりつけてやりたかった。事実を述べさせ、反省させたかった。今は…」

 《本山さんが声に詰まる。涙交じりの鼻声になった。教え子に対する思いがあふれ出ているようだ》

 証人「どういう判決になるか分からないが、刑に服して反省し、生きることが許されるなら、20年、30年と成長するように社会貢献してほしい」

 弁護人「終わります」

 《法廷はここで、いったん休廷した》




【英国女性殺害 市橋被告5日目(8)】「立派な武闘家になれる」恩師、空手部時代の被告語る - MSN産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110711/trl11071116430013-n1.htm

2011.7.11 16:42 (1/4ページ)

 (15:00~15:15)

 《英国人英会話講師のリンゼイ・アン・ホーカーさん=当時(22)=に対する殺人と強姦(ごうかん)致死、死体遺棄の罪に問われた無職、市橋達也被告(32)の裁判員裁判の第5回公判は約45分の休廷の後、千葉大大学院名誉教授の本山直樹さんへの証人尋問を再開した》

 《当初の予定では午後2時45分の再開予定だったが開始が約15分遅れた。その理由について、まず堀田真哉裁判長が説明を始めた》

 裁判長「今後の裁判の進行について協議しており、開始が遅れました。大変申し訳ありませんでした」

 《再開が告げられると、再び本山さんが証言台に立った。裁判長に促され、傍聴席から見て一番左側に座っている男性裁判員が本山さんに質問した。最初は市橋被告のために集まったという募金についてだ》

 裁判員「市橋被告を支援する会を設立しているそうですが、ご自身の寄付は、いくらぐらいだったのでしょうか」

 証人「私自身は13万円を寄付しています」

 《男性裁判員はメモを取りながら、質問を続けた》 裁判員「あともう1点質問です。空手の師範をされているということですが、園芸学部の空手部の活動はどのような活動をしているのでしょうか」

 証人「一般的な体育会系の空手部であれば、試合に出て優勝を目指すなどの目標もありますが、園芸学部の場合は学生のほか、教員や事務職員もいる。それなので、健康管理が主な目的となっています。外部に出て試合をやるということは全くありません」

2011.7.11 16:42 (2/4ページ)

 裁判員「それですと、先ほど『中高とスポーツ経験があり、大型選手になる印象』と証言していましたが、特に試合もないのならどういうことでしょうか」

 証人「運動能力が高く、修練を積めば黒帯になれるくらい、立派な武闘家になれるという意味で使いました」

 裁判員「段位の取得は行っているのでしょうか」

 証人「一時期、段位の取得を行っていることはありましたが、市橋被告が所属しているときは、特に取得はしていませんでした」

 《男性裁判員は小声で「以上です」と堀田裁判長に伝えた。堀田裁判長は、別の裁判員を見渡して他に質問がないことを確認した上で、本山さんの証人尋問が終わったことを告げる》

 裁判長「それでは終わりました。ありがとうございました。お帰りいただいて結構です」

 《本山さんはカバンをもってすっと立ち上がり、裁判長や弁護側に一礼した後、法廷から退廷する際、被告人席に座る市橋被告の方に一瞬、目を向けた。しかし、市橋被告はうつむいたままで、本山さんはそのまま足早に法廷をあとにした》

 《続いて、2人目の証人が呼ばれた。白髪交じりの細身の男性。市橋被告が千葉大在学中、同大の研究室で副指導教員を務めていた◇◇さん(法廷では実名)だ。証言台に立ち、弁護側の質問が始まった》

 弁護人「証人の職業を教えてください」

 証人「千葉大の教授です」

 弁護人「具体的には、どういった役職ですか」

 証人「園芸学研究科の教授です」

2011.7.11 16:42 (3/4ページ)

 弁護人「証人と市橋被告の関係はどのようなものでしょうか」

 証人「彼が卒論生として研究室に配属になったとき、副指導教員でした。2004(平成16)年度ごろのことでした」

 《男性弁護人が、証人として出廷した理由について◇◇さんに尋ねていく》

 弁護人「証人は市橋被告が殺人や強姦致死罪などで裁判を受けていることは知っていますね」

 証人「はい」

 弁護人「何を伝えようとして裁判に出廷したのですか」

 証人「彼とは1年とちょっとだけのことですが、当時の私の知っていることが役に立てばと思い、出廷しました。それから、彼の証人はほとんどいないということで、公正な裁判になるよう、こちら(弁護)側の証人として出ようと思いました」

 「私の知っている限りでは、まじめな普通の学生。そのことをお伝えしようと思います」

 《リンゼイさんの父、ウィリアムさんはじっと口の前で手を組み、通訳される証人の証言に耳を傾けている。母のジュリアさんはメガネをかけ、時折メモを取っている》

 《弁護側の質問は学生時代の市橋被告の様子に移っている》

 弁護人「市橋被告は庭園デザイン学について学んでいましたね」

 証人「はい」

 弁護人「簡単に言うとどんな学問ですか」

 証人「庭園や公園、都市の広場の設計を学習しています。演習も行う研究室でした」

 弁護人「市橋被告のゼミの出席度はどうでしたか」

 証人「可もなく、不可もなく普通の出席率でした」

 弁護人「市橋被告のデザインしたものが学内の小冊子に載っていたようですが、これを証人はどう評価していますか」

2011.7.11 16:42 (4/4ページ)

 証人「私はちらっとしか見ていないが、その小冊子には学生の優秀作品が掲載される。小冊子に載るということは、学生70~80人のうち3、4人の優秀作品に選ばれたということ。彼自身もデザインに自信があって研究室に来たんだと思います」

 《デザインの能力を教員からも高く評価されていた市橋被告。ウィリアムさんやジュリアさんの証人尋問が行われていたときはひどく震えていたが、この時は少し落ち着いた様子で◇◇さんの証言に耳を傾けている》

 弁護人「卒業論文での取り組みはいかがでしたか」

 証人「彼の卒論で印象的だったのは、自分から(千葉県内の)テーマパークの植栽を調べたいとテーマを決めてきたこと。今の学生はぼーっとしていて、自分でテーマを決められない子も多いが、積極的に動いていた。定期的にリポートも提出していたし、入場のパスポートも購入して調べるなど、積極的に動く能動的な学生という印象だった」

 《市橋被告を弁護する証人が少ないと知り、証人として出廷した◇◇さん。その後ろに座る市橋被告は、ただじっとうつむいているだけだった》


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【英国女性殺害 市橋被告5日目(9)】似顔絵でコミュニケーション? 指導教授「なぜ捕まえてくれなかった」 - MSN産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110711/trl11071117220014-n1.htm

2011.7.11 17:15 (1/4ページ)

 (15:15~15:50)

 《英国人英会話講師のリンゼイ・アン・ホーカーさん=当時(22)=に対する殺人と強姦(ごうかん)致死、死体遺棄の罪に問われた無職、市橋達也被告(32)の裁判員裁判の第5回公判は、千葉大で市橋被告の卒業研究を指導した男性教授の◇◇さん(法廷では実名)に対する弁護側の証人尋問が続いている》

 弁護人「市橋被告について印象に残っているエピソードがあれば教えてください」

 証人「普通の学生で特別なところはなかったが、よくスケッチを描いていました。彼の代は(岩手県の)平泉に見学旅行に行きましたが、よくスケッチをしていました。教授の似顔絵を描いて研究室のホームページ(HP)に使ったり、高齢の事務の方の似顔絵も描いたりしていました。設計、ものづくりが好きな学生なんだな、と感じていました」

 《市橋被告は、初対面のリンゼイさんの部屋に入った際にも「雰囲気を和ませたかった」と、リンゼイさんの似顔絵を描いていたことが、公判で明らかになっている。似顔絵がコミュニケーション手段だったのだろうか》

 弁護人「卒業後の進路については、どのように聞いていましたか」

 証人「特に聞いていませんでしたが、4年生の早い段階から留学すると話していて、相談を受けていた気がします」

2011.7.11 17:15 (2/4ページ)

 《◇◇さんは英語力を身につけ、大学時代の作品をまとめておくようアドバイスしたという。弁護側は、事件を知った際の感想について質問を移す》

 弁護人「今回の事件を知り、逃走したと知って、どう考えましたか」

 証人「考えたというより、普通の学生が普通に卒業したと思っていたので、大変驚きました。普通だった彼がそんなことをするんだな、と。警察が彼を逃してしまったときいて、何で捕まえてくれなかったんだ、逃げられれば逃げたくなるものだ。自殺しないでくれればいい、早く出頭してほしいと思いました」

 弁護人「市橋被告に何を望み、今後どうなってほしいですか」

 証人「犯した罪はひどいものと思います。普通の人でも自分の欲望に従って行動すればこうなってしまう。考えてほしいのは、彼は特に凶悪な性格だったわけではなく、そういう(普通の)人間だったということ。こういうことをした責任を取ってほしいし、裁判(判決)に従ってほしいです」

 弁護人「市橋被告にかけたい言葉はありますか」

 証人「まず、自分にも子供がいますし、自分が被害者の親だったら、と思うといたたまれない気持ちになります。彼には『自分が被害者の親だったら』と想像してほしい。彼はクリエーティブで創造力がある。完全に自分を被害者の側において考えてほしい。彼には考える時間が足りない。もっと想像力を働かせる時間を作ってあげてほしい」

2011.7.11 17:15 (3/4ページ)

 《反省を深める時間が必要と訴える◇◇さんに、弁護人が最後の質問を行う》

 弁護人「裁判員、裁判官に伝えたいことはありますか」

 証人「今回、(リンゼイさんの)ご両親もいる前で、弁護側の証人に立つということに非常に悩みました。彼についてより多くの情報をお伝えし、少しでも公正な裁判がなされてほしいと思い、出廷しました」

 《語調を強め、◇◇さんは量刑についての主張を訴える》

 証人「彼が(事件から)逃げようとして極刑を受け入れ『自分で自分を処理する』、私はそうであってはならないと思います。彼は被害者の立場に立って苦しむ必要があります。そうでないと、彼にとってもリンゼイさん側にとっても、いいことにはならないと思います」

 《リンゼイさんの母、ジュリアさんは顔を右手で覆ったまま、通訳の言葉に耳を傾けている》

 《検察側の反対尋問はなく、法廷は約15分の休憩に入った》

 《午後3時45分。法廷が再開すると、裁判官・裁判員の質問に入る。傍聴席から向かって右から2番目の男性裁判員が挙手した》

 裁判員「市橋被告の設計デザインの傾向など、印象に残っていることがあれば教えてください」

2011.7.11 17:15 (4/4ページ)

 証人「4年生になると研究論文として卒業研究を仕上げる作業になります。設計そのものの指導はしていませんが、過去の大学の作品集に載っていた彼の作品は、使う人のことをよく考えた作品でした」

 《男性裁判員が続けて質問する》

 裁判員「市橋被告を『創造力のある人間』とおっしゃりましたが、創造力を感じさせるエピソードはありますか」

 証人「卒業研究のテーマを明確にするのは通常の学生には難しいし、最近は『先生、どうすればいいですか』という学生ばかりです。彼はテーマを持ち、計画的で、やりたいことがはっきりしていました。平泉の見学旅行でも、『ここまで来たからもうちょっと北を見てくる』といって旅行を続けていた。何もしないでぼーっとしている人間より、生き生きとしていました」

 《ここで◇◇さんに対する証人尋問は終了。◇◇さんは検察側にいるリンゼイさんの両親の方に一礼した後、目の前の市橋被告にも大きく頭を下げたが、市橋被告はかすかに首を動かすだけだった》


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Tag:英国人女性殺害事件 冤罪 整形捏造 

Category:市橋達也の法廷ライブ

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