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市橋達也の冤罪検証・誰がリンゼイさんの命を奪ったのか?本日6月28日は市橋達也の公判に参加する裁判員が選出される日。

2011/06/28(Tue) 11:07

市橋達也の冤罪検証・疑惑だらけのリンゼイ・アン・ホーカーさん殺害事件
http://hatajinan.blog61.fc2.com/blog-category-35.html

リンゼイさん殺害事件・市橋容疑者の犯行ではないとした場合
http://hatajinan.blog61.fc2.com/blog-category-31.html


市橋達也の冤罪検証・考察ポイントのまとめ1 
市橋達也の冤罪検証・考察ポイントのまとめ2 


[怖い噂 vol.9]でリンゼイ事件の疑惑を検証(まとめリンク)
http://hatajinan.blog61.fc2.com/blog-entry-232.html




リンゼイ・アン・ホーカーさん殺害事件のキーマン、市橋達也の初公判は来月7月4日に開かれる。当初の予定(2010年秋頃)より10ヶ月ほどずれ込む形になったがもう間もなくである。イギリスの被害者遺族も来日を予定し被害者遺族参加制度で公判に参加する。今月今日28日は裁判員選任手続が取られるという。もちろん、市橋達也の一審公判に選出される裁判員を意識して今回のブログエントリーを書いている。


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市橋達也はいつも虚ろな目をしている。虚ろの目は何を訴えていたのだろうか。



捜査側は市橋を殺人、強姦致死で追起訴したわけだが、起訴罪状の証明を忌避している。証拠がなければ、疑わしきは罰せずの原則により、無罪の判断をも視野に入れるべきである。とかく、悪徳ベンゴダンが主導した完オチ騒動、謝罪の手紙騒動、手記本出版騒動などは、一般的な市橋達也への認識を真っ黒に塗りつぶすことになったが、これらは一様に裁判の争点にはならない。悪徳ベンゴダンは裁判とは関係ないところで、有罪を証明しようと躍起になっているのである。

全ての裁判は感情論で裁かれてはいけない。犯罪の証明がなされなければ、有罪の裁定は下すべきではない。証拠がなければ、無罪の判断は正当である。批判を恐れるべきではない。裁判員裁判制度というのは茶番でありクソみたいな制度である。ただ、市民参加制度であることは及第点であり、評価すべき点である。もちろん、裁判員裁判制度は冤罪を未然に防ぐセーフティネットの役割をも担っている。だからこそ、市橋達也の公判に選任された裁判員に一縷の望みを託している。無罪の判断を恐れるべきではない。公判で、物証での市橋達也の犯罪証明がなされないままに、結局のところ感情論で終始する可能性を危惧している。


市橋達也の冤罪検証・公判前整理手続で判明した茶番劇
http://hatajinan.blog61.fc2.com/blog-entry-162.html


 

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被害者のリンゼイ・アン・ホーカーさん




〈〈初公判までに判明した事実〉〉

1)リンゼイさんの死亡推定時間

第六回公判前整理手続きで、リンゼイさんの死亡推定時間が新たに判明した直腸測定の記録により、3月26日夜に認定された。これはしごく重要な事である。だがしかし、メディアは、謝罪の手紙騒動や手記本出版騒動は大々的に取り上げるが、リンゼイさんの死亡時間が26日夜に認定されたことは全くスルーした。これにより、捜査側の”リンゼイさんが死亡したのは25日朝10時ちょっと過ぎ”という見立ては、もろくも完全否定され、"リンゼイさんが死亡したのは26日未明、殺すつもりはなかった。人工呼吸もした"という弁護団の主張も事実とかみ合わなくなったのである。

市橋達也の冤罪検証・直腸測定の記録は隠蔽されていた~でっち上げられた供述調書~

2)供述調書を裁判所に提出していない

拘留期限直前に『完オチした』と騒がれたが、実際は、検察は市橋達也の供述調書を裁判所に証拠提出していなかった。言い換えれば、裁判所が証拠認定しなかったのである。つまり巷間認識されている『市橋達也が容疑を全面的に認めた』かのような心象は事実とは認定されていないということである。裁判の争点である殺意の有無を判断するのは、市橋達也が過去に何を言ったか?ではなく、市橋達也が法廷で何を語るか?である。

市橋達也の冤罪検証・完オチした市橋達也の供述調書を、検察は証拠として裁判所に提出していなかった。


3)謝罪の手紙に正当性はあるのか?

昨年2010年10月、市橋達也が被害者遺族に謝罪の手紙を送り、被害者遺族に受け取りを拒否されたというニュースが報じられた。実は、この謝罪の手紙は同年5月に書き留められ、被害者遺族に受け取りを拒否された過程は、教授のブログで前月すでに取り上げられている。一月程前の話をなぜあの時期に取り上げたのか?

極めてうさんくさいのは、謝罪の手紙が英文とは別に和訳が用意されている点である。ニュースでは、『日本語で手紙を書き、辞書で英文に翻訳した』と解説するが、被害者遺族に謝罪の手紙を送付するにしても、日本語で書いた文を添付する必要性は全くない。被害者遺族はイギリス人で日本語が読めるわけがない。『英会話の個人レッスンがきっかけで事件に流れた』というフィルターを外してしまえば、市橋の大学時代の経歴やコミュニケーションスキルをも考えれば、普通に英文で謝罪の手紙を書いたとしても不思議ではない。

市橋達也の冤罪検証・手紙は本当に市橋達也が書いたものなのだろうか


謝罪の手紙が報じられた時期と重なるように、第六回公判前整理手続き上で捜査側が直腸測定の記録を隠蔽していたことが判明、リンゼイさんの死亡時間は26日夜と認定されることになる。この時期的な符号はけして無関係ではない。

完オチ騒動を主導するなど検察側に付いていた弁護団であったが、検察と被疑事実について意見を対立させ、自らの主張のただしさを証明しようと公判前整理手続きでリンゼイさんの検死報告書を証拠開示請求することになるのだが、謝罪の手紙騒動と時期を同じくして、重要証拠でひた隠しにされていた直腸測定の記録の存在が明らかになった。この直腸測定の記録により、自らの主張をも否定されるというオチを付けた弁護団ではあるが、市橋がリンゼイさんの首を絞めた際正面から絞めたのか、背面から絞めたのかにこだわる傍ら、被害者の遺体に残された体中のアザについては見事に無視を決め込んでいる。

市橋達也の冤罪検証・事実調べを争点にしなければ足利事件の前轍を踏むだけだ。


4)捜査側の見立てが全否定され、弁護団の主張すら崩れた

捜査側は市橋を、『部屋に連込みすぐに暴行、騒がれたので殺害』と短絡的な犯行動機をもって殺人と強姦致死で追起訴したわけであるが、これまでに判明した事実により、事件当時の市橋達也のいかなる行動も、リンゼイさんが死に至る経緯も全く説明できないことが明らかになった。『リンゼイさんが死亡したのは(市橋達也の説明によれば)26日未明(0時から3時頃。夜が明けるまで)』と弁護団は主張してきたが、半日以上の時間的齟齬が生じることになる。つまり、弁護団の説明が事実とする根拠はもはや存在せず、一般的に認識されている市橋達也の供述というものは信用性がそもそもないのである。


5)直腸測定の記録が意味するもの

直腸測定の記録により、リンゼイさんの死亡時間が26日夜だと判明したことは非常に重要だ。捜査側がひた隠ししていた重要証拠が示すリンゼイさんの死亡時間は、事件が発覚した時間(26日夜22時頃)と近接していることは疑いようがない事実であるからだ。

捜査側はある意図をもって、この重要証拠を隠蔽した。リンゼイさんの死亡時間が26日夜だと知り得ていながら、“25日朝10時ちょっと過ぎ”に見立てたのである。“25日朝10時ちょっと過ぎ”というのは行徳駅前喫茶店の防犯カメラの記録、二人を乗せたタクシー運転手の証言をも併せれば、考えうる限り最短の時間設定である。実際の死亡時間と一日半以上(36時間以上)の時間を離したのは一体どんな理由かと考えた場合、『リンゼイさんを間接的に死亡させてしまった捜査側の重大な過失から目を背けさせる魂胆ではないか?』と答えが返ってくる。『捜査当局はリンゼイさんの死に至る経緯には全く関わっていない』ことを既成事実化するために、市橋達也一人に犯罪を押し付け、市橋達也ひとりが重罰に処されて事件を解決させようとする捜査当局の魂胆がありありと見えてくるのである。

市橋達也の冤罪検証・事件発覚当時、リンゼイさんは生きていた―新たに判明した事実が物語る捜査当局の重大な過失。

市橋達也の冤罪検証・リンゼイ・アン・ホーカーさん殺害事件の本質とは?

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報道ヘリが捉えた406号室のベランダを見る限り、リンゼイさんの遺体が取り出された形跡、部屋の中に運び込まれた形跡は見あたらない。事件発覚四時間後に配信された第一報ですでに被害者死亡案件として扱われ、救急車を要請したとも病院に搬送したとも書かれていない。適切な蘇生措置、救命措置が図られた形跡が全く見当たらないのである。


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6)手記本出版騒動の正当性は皆無

市橋達也の最大利益を考え、弁護する立場の人たちが、なぜにこんな有罪に落としこむようなことをするのだろうか? 完オチ騒動、謝罪の手紙騒動を経て、当方が抱く市橋弁護団への疑惑はさらに深まるばかりであった。そこにきての、今年1月下旬の[逮捕されるまで/市橋達也]幻冬舎からの手記本出版騒動である。弁護団は市橋達也と幻冬舎の間を取り持って出版にこぎつけたわけだが、弁護団の弁護活動の活動費用を実質拠出している本山教授の耳に一切入ることがないよう水面下で動いていたわけである。さらに教授のブログでは手記が出版されても著者である市橋達也の手元には届いていないと有り得ない事実が報告されている。こんな矛盾ははたしてあるだろうか。

さらに思うのが、市橋達也が手記を書くに至った経緯である。手記本出版に際し、印税収入を全て被害弁済に充てたいというのが手記出版の動機だというのである。初公判すら開かれていない市橋達也は民事裁判の対象ではない。被害弁済が生じるとすれば、少なくとも一審判決後、有罪が判決された後になる。それまでは少なくとも推定無罪の立場が保証されている。民事訴訟が成立しない状況なのに、手記本出版の印税収入を全額被害弁償に充てたいと一方的に願い出ているのである。被害者遺族は国際弁護士を立てて対応しているが、そこに正当性があるとは到底思えない。







捜査側が死亡推定時間を推し量るのに必要不可欠な直腸測定の記録を隠蔽していたこと。

直腸測定の記録により、リンゼイさんの死亡推定時間が26日夜に認定されたこと。

リンゼイさんの死亡推定時間により、捜査側の見立ても、弁護団の主張も、時間的齟齬が生じ、事実に否定される形になったこと。

捜査側は、事件発覚過程で、市橋達也が何をしていたのか、リンゼイさんはどんな状態だったのか、全く証明できていないこと。

完オチしたと騒がれた供述調書を検察が証拠提出していなかったこと。



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市橋の2年7ヶ月、長期に渡った逃亡期間中、殺人と強姦致死で逮捕状が取られないほどの脆弱な物証しか手元にない状態で、果たして起訴罪状に問うことが出来るのであろうか? あえて検察の立場に立って言わせてもらうと、弁護団の協力(完オチ、謝罪手紙、手記本出版らの騒動)がなければ有罪の裁定に蓋然性がない案件であったともいえる。

99%が有罪になる日本の司法で、無罪の可能性が見えることは不安であったに違いない。勝木諒の裁判で無罪を主張する主任弁護人を辞任させ、「無罪を主張せず、容疑を認め情状を争点にしろ」無罪を主張し全面対決の構えを見せていた弁護団の弁護方針を一転、検察に迎合するような弁護方針に転換したことに、担当検事の暗躍があからさまに見えてくるのだが、勝木諒を担当した千葉地検の次席検事が市橋達也を担当していることを忘れてはならない。知的障害者で6歳程度の知能レベルでしか無い勝木諒に、起訴事実を認めさせた非道な検事である。「訴訟能力」という言葉の意味すら理解できなかった勝木の無罪を主張していた弁護団よりも、むしろ裏で暗躍したであろう検事の存在が気に食わない。勝木の弁護団は無罪主張を取りやめ、情状に訴える弁護方針に転換したのだが一審判決後、控訴せず公判停止という不可解な行動にでた。

弁護団が依頼者に不利益に動くわけがない―。唯一最大の支援者という立場にある弁護人が、有罪を確定するために水面下で動きまわるわけがない―。しかしながらに、有罪に落としこむような悪質な弁護活動というのは、検察にとってはしごく有益に働くのである。これこそ弁護団と検察の供託を明け透けに見せてくれる。依頼人を有罪に落とし込む弁護活動というのは、弁護人にも検察にもデメリットは少ないのである。

改めて思う。なぜ、弁護団は、唯一最大の証拠にも成り得る供述調書が存在するかのような世論を作り上げることに加担したのだろうか? 拘留期限直前に『完オチした』とメディアにリークする必要がはたしてあったのだろうか?

市橋達也の冤罪検証・"完オチ騒動"を主導したのも悪徳ベンゴダン


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悪徳ベンゴダン主任弁護人、菅野某。こいつは基本インタビューや取材は拒否しているクセに、完オチ騒動、謝罪の手紙騒動、手記本出版騒動の際には自らカメラの前に立ち、したり顔で解説する御用弁護士。この人は、千葉大学法科大学院で授業を受け持つ法律の専門家である。『森田健作を告発する会』で”検察審査会”について講演するほどである。当然、素人参加の裁判員制度にも詳しいのだろう。菅野某よ、お前は森田健作様のお咎めなしを獲得するために、森田健作を告発する会に忍びこんで、会の手の内を探っていたんだよな?森田健作の件は結局、検察審査会まで上がっていったわけだけれど、小沢一郎氏のように起訴されることなく森田健作は不起訴になったんだっけ。お前、裏の立役者だろ?w


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一体、誰がリンゼイさんを殺したのだろうか?


市橋達也に無罪の心証を抱き、かつ犯罪に関与していない心証を得たならば、無罪の裁定に妥当性があるということを忘れてはならない。それが裁判員制度の及第点である。それを肝に命じていただきたい。市橋に対する真っ黒に近いグレーな心証は、すべて事実に基づかない捜査側の意図的な印象操作、メディアリークで構築されたものである。刑事裁判の市民参加制度のメリットといえば、警察検察、裁判所、弁護人という談合体制からの脱却である。数多のえん罪を発生させた深刻な腐敗の構図にメスをいれ、一般市民の立場から司法を変えていける可能性が裁判員制度にはある。これは僅かながらに期待できる、裁判員制度の有用な点でもある。

ここまでずらずらと書いてきたが、結局、リンゼイさん殺害の罪に問われるべきは市橋達也だけではないと言う事を言いたいのである。新たに判明したリンゼイさんの死亡推定時刻〈26日夜〉から推測できる事実は、事件発覚当時、406号室に踏み込んだ捜査員は、(死亡推定時間からみても助かる可能性が十分あったのにもかかわらず)手だけを見てすでに死亡したものと判断し、救急車を要請したり、最寄りの救急病院に搬送されること無く、翌朝の現場検証まで、リンゼイさんはベランダに運び込まれたバスタブの中であった。

事件発覚の際、406号室に踏み込んだ捜査員はリンゼイさんを見殺しにした可能性は否定出来ないのである。

捜査側がリンゼイさんの死亡時間を考えうる限り最短の時間に設定したことこそ、捜査側のリンゼイさんを見殺しにしてしまった罪悪感を自覚していたことの証左ではないか。リンゼイさんの死亡時間を推し量ることのできる重要証拠を隠蔽し、「部屋に連込みすぐに暴行。騒がれたので首を絞めて殺害した」と殺人と強姦致死で立件し、でたらめな見立てをもって追起訴した。捜査側の見立てが事実に沿わないのであれば、起訴罪状をも再度検討するべきであるが、検察は重要証拠を隠蔽し、殺人と強姦致死という最高でも死刑の可能性がある起訴罪状を取り下げることはなかった。とっくの昔から犯罪の証明が脆弱なままで感情論で市橋達也を裁くつもりでいたのである。その外堀を埋めていったのが、悪徳ベンゴダンの役目だったと明け透けに見えてくるのである

当方は、市橋達也はリンゼイさんの死に、殺意をもって関与はしていないと睨んでいる。

市橋達也は事件に巻き込まれた被害者ではないか?という視点で事件を検証している。

それほどに、この事件は曲解と嘘が多いのである。

デタラメばかりであるのなら、その裏を読むしかない。

市橋とリンゼイさんが親しい関係にあったのではないか?と検証していく過程で、市橋達也のリンゼイさんへの謝罪の奥底に”愛”があるのではないか?と考えるようになった。市橋達也が直接リンゼイさんの殺害に関わっていないとしたら、自分と関わったことで死なせてしまい、悔悟の念を抱くことは、人として正常な心理である。自分で殺してから謝るのは言語道断であるが、幾許かでも件の手記本出版騒動に市橋達也の気持ちが含まれているのならば、異様なまでの謝罪や悔悟の念は理解できるのである。

いうなれば、市橋は『キング』にある重要なメッセージを込めたのではないか?と考える延長である。当方は市橋が意味を込めて『キング』と言い、それを弁護団の誰かがキング牧師の演説をインターネットで見た、と曲解したと見ているのではないか?と見ている。当方なりに答えを探した結果、市橋のキングに込めた本懐はキングの冤罪映画、[ショーシャンクの空に]ではなかったかと結論に至った。そのとき、当方は、市橋は明確な意図をもって『キング』と発言し、明確なメッセージを込めたのだと理解した。腐敗した刑務所で生きていく覚悟を決めたという明確なメッセージである。

実際に、市橋の弁護団は『キング牧師の演説をインターネットで一緒にみた』というくだりに固執した。拘留期限直前に完オチしたと追起訴後に弁護団が発表した市橋達也(によるものと悪徳ベンゴダンが主張する)の供述の中で、事件に全く無関係な内容なのは、このキング牧師のくだりだけである。

弁護団がキング牧師のくだりに着目した理由は、空白の時間が生じるからである。そもそも捜査側の主張は『暴行目的で部屋に連込み直ぐに強姦、騒がれたので首を絞め、殺害』といった観念的競合であるからして、空白の時間が生じてしまっては成立に危ういのである。強姦という犯罪行為の一連の流れの中で、市橋がリンゼイさんを(明確な殺意をもって)死に至らしめたとする観念的競合は成立しないという判断で弁護団は傷害致死と強姦を主張することになる。これは言いたくもないことなのだが、依頼者の最大利益を考え支援する立場にある弁護人が、親告罪である強姦を主張するのは、論外である。

当方が、市橋達也こそ事件に巻き込まれた被害者なのではないか?と考えるきっかけはやはり逮捕5日前に公開されたホクロのない顔写真がお粗末な合成写真であることに気付いたからであった。たまたま産経に掲載されていた横並びの二つの顔写真をレイヤーソフトで重ねてみたのだが、驚くなかれ、なんと目鼻口がバラバラなのに顔の下半分の輪郭がぴったりと合致したのである。これにはびっくりした。そして今がある。

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市橋の顔写真を重ねる
 


市橋という強姦殺人鬼が巻き起こした猟奇事件という報道ベースから刷り込まれた情報は、全くのデタラメであり恣意的な印象操作であることに気づけたから、市橋達也を被害者として見る視点を持つことができたのである。そして、市橋達也の案件のようなメディアが作り出す偽装事件というのは今も尚巷間を震え上がらせている。その多くは、真相を闇に葬るためにメディアスクラムが組まれ、一人に犯罪を押し付けるのである。市橋達也の冤罪検証は、その腐敗の構図を読み解くために有用な検証だと考えているのだが、とにかくブログに記録するのは大事なことである。

市橋達也の担当検事は弁護団を懐柔し、公判を有利に運ぼうと画策しているのではないか。日本の司法腐敗の構図の根幹をなす検察と弁護団の協力関係は過去の冤罪事件、冤罪とおぼしき事件をケーススタディすれば、容易に見えてくるのである。

9の系譜 今田勇子から酒鬼薔薇聖斗に渡されたバトン
http://hatajinan.blog61.fc2.com/blog-entry-233.html

布川事件にみる冤罪の構図
http://hatajinan.blog61.fc2.com/blog-entry-260.html

なぜ、勝木諒は罪を認めたのだろうか~東金女児殺害事件をケーススタディする~
http://hatajinan.blog61.fc2.com/blog-entry-261.html

なぜ、勝木諒は罪を認めたのだろうか~東金女児殺害事件をケーススタディする~2
http://hatajinan.blog61.fc2.com/blog-entry-262.html

市橋達也の冤罪検証・ルーシー・ブラックマン事件の織原城二をケーススタディする。
http://hatajinan.blog61.fc2.com/blog-entry-181.html



とにかく、来月7月4日に開かれる初公判、当日の夕刊一面は市橋達也の話題で持ちきりだろう。日本一有名な逃亡者として街のあちこちで顔写真をさらされた市橋は日本一有名な未決囚でもある。市橋達也の初公判当日は僅かながらの傍聴席を求めて多くの人が並ぶだろう。組織的な手が入れなれない傍観者がいくつかの席を埋めるだろう。整形する前とほとんど変わらない市橋を見て、その衝撃に戸惑うだろう。逮捕5日前に公開されたホクロのない顔写真の強烈なインパクトしかない傍聴者は、合成写真ではない市橋達也を見て、まだ犯人だと思えるのだろうか。裁判員とて同様である。

感情論で人を裁いてはいけない。これは、当方からの、市橋達也の裁判員に今日選出される人たちへの、精一杯のアドバイスである。犯罪というのは、証拠なくして立証し得ないのである。殺人を視野に入れた死体遺棄事件は殺人の証拠が見つかり次第、逮捕状が取られる。証拠がなければ殺人で逮捕状は取られないのである。死体遺棄容疑で逮捕状が取られ死体遺棄容疑で逮捕された市橋達也のケースは、殺人を示す証拠がなかったから殺人(と強姦致死)で逮捕状が取られなかったのである。警察というのは現場検証(と鑑識作業)を終え全ての証拠を回収し終えると、現場の壁から床から全部を拭きとるのだという。2年7ヶ月前の事件で新しい証拠が出てくるわけがない。事件現場が市橋達也本人の居宅なだけに、DNA鑑定に充分な試料は採取しているだろうし、黙秘(否認)しているのに再逮捕の時に持ち出してくること自体が可笑しい。

逮捕権者が提示する証拠が犯罪を立証するべきである。逮捕権者=警察、検察は明確な証拠をもって科学的に市橋達也の犯罪を立証するべきなのである。裁判員の諸君は検察が提示する証拠を見て、『これでなぜ死体遺棄容疑者として逮捕されたのか、2年7ヶ月の前に、殺人で逮捕状が取られなかったのか?』と問うたらいい。そして、『なぜ、市橋がリンゼイさんを殺害した明確な証拠が存在しないのでしょう?あったらとっくに逮捕状が取られていましたよね、殺人で』と聞いてみたらいい。証拠が無かったからでしかないけれどね。

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Tag:英国人女性殺害事件 冤罪 整形捏造 

Category:市橋達也の冤罪検証

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