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カッパドキア雑考・月と殿下とウランガラス

2011/04/13(Wed) 12:43

2011/04/21加筆修正

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帯重なるごとく地下に洞が築かれ、通気孔が地上から地下水脈に到達するまで穿てられ、横穴で地下都市間が連結され、地上に出る必要のない完全な都市機能を備えた地下ネットワーク。トルコ・カッパドキアの奇岩地帯の地下に築かれた巨大な地下都市は推定100万人収容可能と言われている。

カッパドキアの地下都市建造は、かつては西暦三世紀ごろに移り住んだ、当時ローマ帝国やイスラム教徒から迫害されたキリスト教徒の遺構だとするのが通説であった。されど、キリスト教徒の遺物は全て地上部の洞窟寺院や修道院から出土されているものだ。地下都市から発掘されたわけではない。地下都市にはキリスト教徒の痕跡はおろか、居住した痕跡すら見あたらないという。さらに、西暦四世紀に入りローマ帝国はローマ勅令でキリスト教に改宗したので迫害される理由がない。紀元前五世紀に当時の歴史家が”アナトリア地方の地下都市に11万人住んでいた”という文献を遺している。キリスト教徒が建造したという通説では説明付かないことも多く見受けられたが、他に説明つかなかったという。

キリスト教徒が定住したとき、すでに地下都市は存在したと考えられているようで、今は地下都市建造はヒッタイト人によるものだとするのが主流だという。旧約聖書に出てくるヘト人はヒッティ、ヒッタイト人。もう一つ加えれば秦(ハタ)。製鉄技術を独占、門外不出としたヒッタイト人であるならば大掛かりな地下都市建造も可能かもしれない。ただ、紀元前1800年から前1200年までの話だ。この頃、日本では土器、貝塚、高床式の縄文時代にあたる。地下に住もうなんて発想すら湧かないのではないか。

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戦車に乗るヒッタイト人

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ヒッタイト象形文字

地元では地下都市の存在に触れる言い伝えは残されていたという。いわゆる口頭伝承である。カッパドキアの地下都市の調査は1965年からだという。少なくとも数百年間、巨大な遺構の存在は気づかれることすら無かったのである。”超秘密政策による歴史改竄と隠蔽工作”ではないか。

では、なぜヒッタイト人はトルコ・アナトリア高原の地下に巨大な地下都市建造を思いついたのか。なぜ”超秘密政策による歴史改竄と隠蔽工作”で封印したのか。


■ 三笠宮殿下とトルコを結ぶ線

二元論というのがある。表があり裏がある、善があるから悪がある、光があるから影がある、神がいて悪魔がいる。民主党と共和党。白と黒。剣とペン。文武両道。2つの対照的な物事は表裏一体だという考えをいう。日本とトルコの間にある二元論といえば、国旗に注目したい。日本は日の丸で光・陽を示し、トルコは月と星で夜・闇を示している。陽があれば陰もある。見事な二元論である。

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さらにトルコはTurkeyと書き、そのまま読めばツルキ=鶴亀=剣(つるぎ)になる。語原は英語のTurkey(七面鳥)だというが、そもそもトルコには七面鳥は生息していなかった。トルコ生息のホロホロ鳥を七面鳥と勘違いしTurkeyと名付けたというのだが、国名の語原が勘違いというのは些か腑に落ちない点でもある。Turkeyは月とも読めるのだが、はたして偶然だろうか。

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日本・トルコ協会名誉総裁の三笠宮崇仁殿下。中近東文化センターの生みの親。

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現日本・トルコ協会総裁の仁親王殿下。

皇室、三笠宮殿下は日ユ同祖論の研究者として有名だが、日本・トルコ協会名誉総裁でもある。さらに、トルコのヒッタイト帝国時代の遺跡と言われるカマン・カレホユック遺跡を日本の中近東文化センターが1985年以来発掘作業を続けているのだが、中近東文化センターというのは三笠宮殿下の発意で発足した研究機関である。古代オリエント学と称して日本とユダヤの研究を続けておられる三笠宮殿下はトルコに何を見たのだろうか。

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ヒッタイト帝国時代の遺跡・カマン・カレホユック遺跡。俯瞰すれば亀のようだ。名前もKaman-Kalehoyuk…カマンが亀と読めなくもない。不思議な符合だ。ようし、鶴嘴(ツルハシ)担いで・・・


■ 剣山の麓にある美馬市


カッパドキア(Cappadocia)は「美しい馬の地」を意味するペルシア語だという(Katpatukに由来、トルコ語:Kapadokya、ギリシア語:Καππαδοκ?α)。カッパドキアが美しい馬の台という意味ならば、徳島・剣山の麓にある美馬市は無関係といえるだろうか。美馬市にはアインシュタインが戦争の犠牲になった三宅医師に捧げられた友情碑がある。三宅との友情はアインシュタインが船旅の最中急病を患い、偶然居合わせたことがきっかけだと説明するが、はたして、理由はそれだけだろうか。徳島県美馬市の郵便番号は『777××××』。七七七は喜と読み七七歳で迎える喜寿の語原である。

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剣山の麓にある美馬市。伊射奈美神社やアラタエ用の大麻を管理する三木家が有名。

美馬市 アインシュタイン

美馬市 郵便番号


■ 照明はウラン精製品??

ヒッタイト人にせよキリスト教徒にせよ、地下都市を建造開始した古代では、どうやって明かりを得ていたのだろうか。カッパドキアが完全な都市機構を備えた遺構だとして、その建造を手がけたのが電気もガスも水道もない時代である。松明、提灯、ロウソク等を照明にするとしても、燃料や酸欠の問題もある。火を燃やし明かりを得る発想は、インフラが整っていない古代の地下都市にいたっては実用的ではない。では何で明かりを得ていたのか。光る石でもあれば良いのに、と思ったのだが、

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ウランガラス。紫外線を当てれば発光する、微量のウランを含んだガラス製製品である。

ウランガラスというのがあった。へえ、ウランって光るのか。当方はウィキペディアにあるような黒褐色の粘土だと思っていたのだが、”紫外線を当てれば光る”リン銅ウラン鉱などを混ぜ合わせればウランガラスの様に紫外線を当てれば発光する不思議なガラスをも作りうるのだ。

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ウラン ウィキペディアより

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リン銅ウラン石。ペンダントにすればダビデの星になりそうだが…

ウランガラスはウランの性格を知り得つつガラス精製の技術があれば作成可能であろう。ヒッタイト帝国時代(紀元前1400~前1200年)の遺跡からガラス容器が発掘されていることからも、ヒッタイト人がガラス精製の技術を得ていたと認識されている。



トルコ・ヒッタイト時代の精巧ガラス、トルコで出土
http://escapee.jp/wp/archives/5924
---------------------------------[抜粋]

20101225-432009-1-N.jpg

 トルコ・アナトリア高原のヒッタイト帝国時代(紀元前1400~1200年頃)のビュクリュカレ遺跡を発掘調査している中近東文化センター(東京都三鷹市)は、当時ガラス製作の先端地域だったメソポタミアに匹敵する技術で作られたガラス容器を発見した。
 容器は、紀元前14世紀の宮殿とみられる建物の床の上で見つかった。直径約4センチの細長い首と、同約10センチの洋梨形の胴部を持つつぼで、高さ約15センチ(全長は推定約25センチ)。不透明な白地に、白や濃紺の細いガラスひもを、ねじったり、波形にしたりして張り付けた、精巧な装飾が施されている。
 ガラス容器の生産は、紀元前16世紀にメソポタミアで始まったとされる。ヒッタイト時代のアナトリアでは、ガラスの小片が数点見つかっているだけだった。
---------------------------------[抜粋]

■ 早川メモが示唆する燐光するウラン石の存在

りん銅ウラン鉱は日本でも産出されている。岡山県と鳥取県にまたがる人形峠で産出される人形石の二次生成物がリンカイウラン石と言われている。

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人形石

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燐灰ウラン石

日本でも珍しいウラン鉱床である人形峠はオウム真理教の幹部、早川紀代秀が残したメモ、いわゆる早川メモの中にも登場する。岩上安身氏の早川メモに触れた記事では〈人形とうげ→調べる〉と書かれている。

2011-04-13 11-00-01
http://www.hh.iij4u.or.jp/~iwakami/aum2.htm

さらに、早川メモの中には

<*塩湖のそばがある。 *小さな塩湖の中にある。 →ドライエリアにある。 *2~3mの軟い石の中(軟い土地)に入っている *燃灰ウラン鉱が見つかったらその下に硬いウランが出る。>
という記述があるというのだが、言外に、リン銅ウラン石、燐灰ウラン石とは別種のウラン石の存在を示唆しているようにもみえる。つまり、それこそ紫外線を当てなくとも燐光する光る石なのではないかと想像してしまう。リン重土ウランというのがあるらしいが、それのことだろうか。


さらに、これには驚いたのだが、人形峠はウラン鉱床発見前は「打札(うちふだ)」と呼ばれていたという。「打札」とは正しく、”超秘密政策による隠蔽工作”の痕跡ではないか。ウラン鉱床の露頭が発見されたのが1955年だとされている。それ以前、恐らく古代日本でウランを知り尽くした何者かが、人形峠に人が立ち入らぬよう魔除けの札を打ったのだ。カッパドキア・四国徳島剣山に相通じるものを感じるのは当方だけだろうか。


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承認待ちコメント

2012/08/22(Wed)10:23

このコメントは管理者の承認待ちです

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お詫び,並びに【訂正】

2011/04/26(Tue)15:38

失礼しました。

先の三笠宮に就いての記事ですが,父親(昭和天皇の弟)を
[宣仁様]と記したのは[崇仁(タカヒト)様]の間違いでした。
[宣仁様]は高松宮殿下でした。

お詫びして訂正させていただきます。

名前:隠居 (URL) 編集

私の話は少し難しかったでしょうか?

2011/04/26(Tue)15:29

・貴殿は私の投げたボールを“きちん”と受け止めて,“きちん”と投げ返すことなく,問題を別な方面に広げようとしています。

・言葉の問題というのは,いいかげんにすると,最初は些細なことでも大きく広がってしまい,終いには取り返しのつかないことになるのです。

◆残念ながら,日本の学問というのは成熟していないのです。
・日本の歴史も,邪馬台国問題同様ハッタリコンクールが全盛です。

・貴殿の文章に飛鳥昭雄に就いてありましたが,この方の言説も私の知見からは信を置くに足りません。

◆607年の遣隋使派遣問題というよりも,『隋書』倭国伝の記事が正しく読めたなら,邪馬台国問題など初めから存在しないということがよく分かります。

・そもそも,研究者はその全文(1,292字)を読んだことがあるのでしょうか。そんな気がします。

・そこに書かれている事柄を,素直に理解出来ない方々があまりにも多いようです。

・それは既に“前提”があって,それに当てはめて考えているからです。

・その時,前提そのものの成り立ち得る根拠については,自明の事として考えないのです。この“前提”というのは,通念です。

・人々の頭の中に“日本史”一元通念というものがあるのです。

◆文献を虚心坦懐に読む限り,これまで学校教育の場に於いて“正しい”事として教えられてきた事柄の中にマヤカシがあるのです。607年の遣隋使派遣問題は,その恰好の一例です。

・その事が理解出来ないと,これから先もハッタリコンクールに参加し続ける事になるでしょう。

名前:隠居 (URL) 編集

十支族と龍の関係性

2011/04/24(Sun)14:44

・貴殿の問い,正直あまり考えた事がないのです。

・小生は,文献等できちんと辻褄の合う事柄を先行させているために,想像の域を出ない物事については“責任”が持てないので,発言しないことにしているのです。

◆今回の“東日本大震災”また福島第一原発事故は,わたしたち日本人に大きな“何か”を考えさせずにはおかなかったように思われます。そして,それは日を逐うごとに大きくなり,日本人だけでなく海外の人々にも波及するのではと思われるのです。

・それは,われわれ日本人が明治以来の国際化(欧風化)によって捨て去ってしまった豊かな“精神性”です。

・不十分ながらも,そのことに気づくことになるのではと思われるのですが,メディアは完全に政府に買収されていますから,日本人が失ってしまった日本古来の“精神性”を取り戻せるか疑問です。

・その時問題となるのは,
【“日本”また“日本人”とは何か】ということです。

・小生は半世紀そのことを一生懸命考え,1996年やっとその答えを見つけました。

・それは,日本の国の始まりに関するもので,これまで“正しい”と学校で教えられてきた日本の歴史(日本王権史の枠組み)には根拠がなかったという大変なものでした。

・と同時に,これまで矛盾に満ちた日本の古代史が“マヤカシ”のベールを脱ぎ,真実の姿を表したのです。それ以来いくつかの論考を発表しましたが,内外からの反応はありません。

・手短かに言えば,6~7世紀(697年)頃日本列島には複数の国があり,中国から宗主国として認められていたのは,今の福岡県太宰府に都する“九州倭国”だったのです。
・九州倭国は,663年(一説に662年トモ)の朝鮮半島は百済国で起きた“白村江戦”に敗れ,以後国運が傾き,697年8月“大和日本国”に併合され滅亡するのです。

・607年,遣隋使を派遣し,有名な「日出る処の天子~」の国書を持って行かせた王は聖徳太子ではなく,九州は太宰府に都する倭国王[阿毎多利思北(比)孤]だったのです。

名前:隠居 (URL) 編集

Re: 貴殿のお答えにコメント。

2011/04/24(Sun)12:48

隠居さん、コメントありがとうです。

隠居さんは失われた十支族と中国伝説の神獣、龍の関係性をどう見てますかね?
というのも、龍というのはもちろん伝説上の架空の生物ですが、九種の生物から成り立っていますよね。
牛(ヨセフ)、虎、猛禽類、鹿(ナフタリ族)、蛇(まむし、ダン族)、魚、鬼、駱駝、そして蜃。これらは十支族の紋章のデザインと符合するような気がするんですよね。駱駝=ロバ=イッカサル族。魚=船=セブロン族。蜃=幻覚=マンダラケ、ダチュラ=ルベン族。少々こじつけもありますが、龍を織りなす九種の生物が失われた十支族の紋章に対応するような気がするんですけれど、どうでしょうか。

そうそう、一つ足りない。龍は九種で、失われた支族は10支族だ。

龍は中国伝説の神獣ですが、日本の龍は玉を持ってますよね?籠神社の龍や、東照宮の絵馬の龍、他にも玉を握った龍はいっぱいいます。これは中国の龍には見られない現象ですよね。

そう、その玉こそ天皇家の象徴であり、ガド族に対応するシンボル。このシンボルを龍に加えることで失われた十支族すべてに対応する・・・なんてことを妄想しています(^_^;)



名前:ハタ次男 (URL) 編集

貴殿のお答えにコメント。

2011/04/23(Sat)15:35

[語呂合わせ]でないと説明がつかないということで出された,“元伊勢”と云われている籠神社を[モーゼ]と考えたいとのことですが……。

そもそも“関係”ないもの同士を説明づけたいという発想が無理です。

古代のサ行音の音価は音声記号ではロングSで表される[シャ,シィ,シュ,シェ,ショ]なのです。

したがって,伊勢は[イシェ]。元伊勢は[モトイシェ],モーゼは[モージェ]なのです。

明らかに無理があります。

◆伊勢神宮の鏡についても,はたしてこの鏡が古代以来の“原初”のものであるという保証は,どこにもないのです。

そしてまた,歴代の天皇がみんな伊勢に行幸された訳でなく,そのようなことは,おそらく無いでしょう。

さらに江戸時代には子沢山の天皇(後水尾天皇)がいるなどということを考えると,私には貴殿の考えは信じられません。

後水尾天皇
http://wpedia.mobile.goo.ne.jp/wiki/%8C%E3%90%85%94%F6%93V%8Dc/?guid=ON&vl_sesid=12074_434066

そういう,見せかけの一致?の代表が“邪馬臺(台)国”問題です。[邪馬臺=大和]国と考えたいという所から派生したもので,本来“邪馬台国”問題など最初からあり得ないのです。

◆ウランガラスの件は面白い問題です。しかし,医学的な問題も。太陽に当たらないということによって生じるビタミンの欠乏(症)をどうやって克服したのか。

さらには,眼の問題もあります。

◆単なる思い付きでは解決しませんが,我々の眼前には現代(現在)の常識や科学的知識では説明の付かないものが沢山あることは事実です。

貴殿の発想と説明は分野によれば,非常に的確で十分納得されますが,そうでないことも多々。

名前:暇を持て余している隠居 (URL) 編集

Re: 非常に興味深い話ですね。

2011/04/21(Thu)07:59

> しかしながら,言葉の語呂合わせはいただけません。
>
> そもそも,古代の日本語と古代のトルコ語が一致?するかどうか。
>
> さらに,オリエントに興味を示された三笠宮殿下というのは,画像にある寛仁親王(トモヒト。通称,ヒゲの殿下)のことではなくて,彼の父親宣仁様(ノブヒト。昭和天皇の弟)のことです。
>
> 速やかに,その旨お断りになり,訂正されますよう。
>
> カッパドキア,また人工地震の話は理解出来ましたが,剣山の話は,まずは新聞記事そのものを発見されるのが先ではないでしょうか。
>
> 日本列島の先史古代は確かに謎に満ちていますが,思い付きが行き過ぎると,単なる“妄想”にしかなりません。
>
> 今後を期待します。


隠居さん、コメント有難うございます。
ご指摘ありがとうございます!暇みて訂正しますm(_ _)m

ところで、少し反論させてもらうと、語呂合わせでしか解けないことは日本ではあると思ってます。
例えば、元伊勢なんていうのは、モーセとしか思えないんですけれど。元伊勢籠神社は海部氏が代々守ってますよね。この海部って、もしかしたらヒッタイト人を滅亡させた海の民じゃないですか?って多分モーセの時代とダブってる筈なんですかよね。籠神社には八咫鏡みたいなのが二枚代々継承されてますけれど、伊勢にあるのが実はウラン製ではなかろうか、と思っているんです。というのも明治大正昭和今上と近代天皇家というのは生殖機能に弱い、というか子宝に恵まれない不遇を味わってますよね。替え玉説は置いといて。それは伊勢神宮での祭祀の時、地下にあるウラン製の八咫鏡が生殖機能を弱めているんじゃないかとも妄想しています。

もう一つ。剣山にあるのはモーセの石版を収めたアークじゃないと見ています。一大地下帝国です。もちろん妄想ですけれど。カッパドキアの地下都市を建造したヒッタイト人が、海の民に滅ぼされたことにして日本に渡来したのなら、幾許かでもその可能性はあるはずです。剣山の消えた新聞記事の件は・・・飛鳥昭雄のDVD買ってみては?買ったらぜひ剣山の場面だけでも内容を教えてくださいねw

名前:ハタ次男 (URL) 編集

非常に興味深い話ですね。

2011/04/19(Tue)11:39

しかしながら,言葉の語呂合わせはいただけません。

そもそも,古代の日本語と古代のトルコ語が一致?するかどうか。

さらに,オリエントに興味を示された三笠宮殿下というのは,画像にある寛仁親王(トモヒト。通称,ヒゲの殿下)のことではなくて,彼の父親宣仁様(ノブヒト。昭和天皇の弟)のことです。

速やかに,その旨お断りになり,訂正されますよう。

カッパドキア,また人工地震の話は理解出来ましたが,剣山の話は,まずは新聞記事そのものを発見されるのが先ではないでしょうか。

日本列島の先史古代は確かに謎に満ちていますが,思い付きが行き過ぎると,単なる“妄想”にしかなりません。

今後を期待します。

名前:隠居 (URL) 編集

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