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市橋達也の冤罪検証・完オチした市橋達也の供述調書を、検察は証拠として裁判所に提出していなかった。

2010/12/17(Fri) 18:46

完オチした市橋達也の供述調書を、検察は証拠として裁判所に提出していなかった。




市橋達也君の適正な裁判を支援する会の千葉大学名誉教授の本山直樹教授のブログに、またもやとんでも無いことが報告されている。直腸測定の記録を隠していたこともとんでも無いことであったが、今回のはさらにとんでも無いことだ。



2010年11月30日火曜日

今日は第8回の公判前整理手続の後、菅野 泰弁護士、山本宏行弁護士、三宅貞信弁護士が千葉大学園芸学部のある松戸キャンパスに来られ、市橋君が卒業論文の研究で専攻していた庭園デザイン学研究室の指導教員のお一人だったM教授と情報交換をしました。市橋君が1年生の時に提出した庭園デザインの設計図が、同期の学年のトップ8名の優秀作品に選ばれたこと(冊子に作品の写真が残っている)や、早くからデザインに熱意を持っていたことなど、私の知らなかったことも多々ありました。

その後、学内の生協の食堂に寄って、長年学生達に食事を作っていて、親元を離れて生活している下宿生達にお母さんのように慕われている生協職員のIさんの入れたコーヒーを飲みながら、当時の市橋君の印象などを聞きました。市橋君はいつも食堂が混んでいる時間が過ぎてから昼食を食べに来ていたので、よく話を交わしたけど、事件が報じられた時はあんないい子が何故と信じられなかったとのことでした。

今日の公判前整理手続では、結局12月の残り2回だけでは整理がし切れないという裁判官の判断で、3月まで整理手続を続けるように予定が組み直されたようです。ということは、公判が開かれるのはそれから約2ケ月後ですから、早くても5月20日頃以降ということになるようです。どんどん当初の見通しよりも延びてきたのには、主として検察側の主張が根拠が弱い(つまり、検察側は先に筋書きを構築したけれでも、その筋書きが正しいことの証明に苦労をしている)ということにあるのかなという印象を受けました。

検察側は、昨年12月2日に市橋君を「死体遺棄」容疑で起訴し、12月25日にはそれプラス「強姦致死」「殺人」容疑で起訴をしましたが、2回目の起訴前日の12月24日の取り調べで市橋君が事件の全容を自ら証言し検察側はその調書をとったにも拘わらず、検察側が構築した筋書きと異なるということから、それを信用できないとして証拠として提出していないことに無理があるようです。市橋君の証言に基づいた弁護側の「傷害致死」に相当との主張に対して、検察側の主張する「殺人」を裏付ける証明ができないということが問題のようです。

なお、支援者が心配しておられた暖房については、千葉刑務所は一応暖房はあるが非常に寒い状態(設定温度が低い?)とのことでした。支援者のお一人は、2週間ぐらい前に千葉刑務所で行われた矯正展に参加し、刑務官の案内と説明で塀の中の施設などを見学してきたとのことです。刑が確定後、市橋君がどういう生活をすることになるのかある程度想像ができたとのことです。
[転載ここまで]



市橋達也が殺人と強姦致死で追起訴される直前、メディアは「市橋被告、リンゼイさん死亡経緯を全面自供『殺すつもりなかった』」「市橋容疑者『騒がれ首絞めた』 弁護団に説明」と明らかに市橋が『完落ち』したかのように騒ぎ立てた。なのに、検察は、市橋達也の供述を、教授の言葉を借りれば”信用できない"として、裁判所に証拠提出しなかったというのである。

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検察は証拠なしの感情論裁判に持ち込むと宣言しているようなものである。


市橋達也がリンゼイさんを殺害したとする科学的な物証を、捜査当局は何一つ得られなかった。それは事件発覚当初、死体遺棄容疑という微罪で全国に顔写真入りの手配ポスターが数万枚貼られ、二年七ヶ月の時を経て、死体遺棄容疑で市橋達也が逮捕され起訴されるまで、殺人容疑で逮捕状が取られていないことをみても明らかだ。

市橋達也を殺人と強姦致死で再逮捕する時、『部屋に二人以外の出入りがなかった』、『被害者の遺体から採取された体液のDNA型が市橋達也と一致した』と報じられたが、そんなことはとっくの昔に判明していたことである。『部屋に二人以外の出入りがなかった』とする根拠がマンションの防犯カメラと近隣住民によるものなのだから初動捜査の段階で判明していてしかるべきだし、DNA鑑定や指紋照合などの本人鑑定に必要な試料(指紋、髪の毛、皮膚片、フケ等)は市橋達也の逮捕を待つまでもなく事件現場である406号室で採取されているはずである。二年七ヶ月前に起こった事件で新たな証拠など出てくる訳もなく、市橋達也が黙秘していながら殺人と強姦致死で無理やり再逮捕したのである。

市橋達也の案件は発覚一週間後から150人体制で捜査にあたっていた。述べ十万人以上の捜査員が動員され、『部屋に二人以外の出入りがなかった』、『被害者の遺体から採取された体液のDNA型が市橋達也と一致した』という両者が判明した上で、リンゼイさん殺人の容疑で逮捕状が取られなかった(殺害を示す証拠を見つけ出すことができなかった)ことのほうが重要だと思う。


本当は市橋達也は黙秘を貫徹していたのではないかと疑いたくもなる。少なくとも、裁判所に証拠として提出していないのだから、そう疑われても仕方がない。


第六回公判前整理手続でリンゼイさんの死亡時刻が26日(事件発覚当日)夜であることが判明した。市橋達也の供述の中で最も具体的だと言える「リンゼイさんが死亡したのは26日未明(午前0時から3時)。人工呼吸もした」とするリンゼイさんの死亡時間について、直腸測定の記録と半日以上(12時間以上)もの時間的誤差があり、弁護団の発表した市橋達也の供述といわれるものは、少なくとも事実ではないことは明らかだ。

市橋達也の供述に信用性が無くなり、検察が裁判で証拠として提出していないことが明らかになった。ただ一つとして、『リンゼイさんの遺体が発見された部屋の居住者で、全国指名手配されたのに961日間も逃亡を続けたのは事実』は認めざるをえない。感情論裁判の争点は、必ずやそこに向けられるだろう。ともすれば、今年2010年10月に突如として報じられた、市橋達也の被害者遺族に宛てた手紙の意味合いが見えてくる。報じられた内容をみれば、検察の主張を全面的に認めるような内容にも取れ、以前当方が主張した『検察が二年七ヶ月の逃亡期間の証明を忌避するための策略』が真実味を帯びてくる。



市橋被告「私は悪だった」=謝罪文、遺族は受け取り拒否-英 【ロンドン時事】
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201010/2010100500904

英国人女性リンゼイ・アン・ホーカーさん=当時(22)=殺害事件で、殺人罪などで起訴された市橋達也被告(31)がリンゼイさんの遺族にあてて謝罪文を書いたものの、受け取りを拒否されていたことが分かった。5日付英紙タイムズが、入手した手紙のコピーを基に報じた。
 手紙は計4ページにわたり、英語と日本語の両方で手書きで記されている。市橋被告はこの中で、「私は悪でした。警察が私の部屋に来た時、私は怖くなって逃げました」などと説明した上で、「自分にすべての責任があります。申し訳ありませんでした」と謝罪した。
 しかし同紙によれば、リンゼイさんの両親は「裁判で情状酌量を求めるための策略だ」と一蹴(いっしゅう)。「私たちはリンゼイのために正義が実行されることを望むのみ」とし、被告側からの接触を一切断る考えを示した。
(2010/10/05-21:08)
[転載ここまで]


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http://ameblo.jp/shokado/theme-10010671704.htmlより転載。

この手紙を「裁判で情状酌量を求めるための策略だ」とリンゼイさんの両親のように認識するのも一考だが、当方はそうはみない。自供が殺人の罪状に問える強力な物証になる死体遺棄容疑の案件で、リンゼイさんの死亡に関して認めたとする市橋達也の供述を検察が裁判所に証拠提出しなかったことを見れば、被害者遺族への謝罪の手紙は市橋達也を有罪に持ち込むための自供調書の代替なのである。

あの手紙は本当に市橋が書いたものなのだろうかという疑問は【市橋達也の冤罪検証・手紙は本当に市橋達也が書いたものなのだろうか】に記した通りである。イギリスの被害者遺族に和訳文を添える不可解さ。筆記体が過去の文章と一致しない点。起訴罪状を全面的に認めるような内容の手紙をなぜあのタイミングで公開したのか。市橋の手紙をメディアに公開したのは弁護団である。

署名は本人の任意性を表すものだが、この事件における多くの捏造や証拠隠滅行為を目の前にすれば本人の手によるものであるか、そもそも疑問である。捜査当局にとって手紙を偽造することなど容易いことだろう。

死体遺棄罪で逮捕し、殺人で追起訴された市橋達也に対する裁判で、供述調書は重要な意味を持つ。検察が起訴事実に反するという理由で市橋達也の供述調書を裁判所に提出しないということは、検察自らが重要な意味を持つ証拠を放棄したということになる。


ともすれば、検察に勝算はあるのだろうか。と、考えた場合、被害者遺族の謝罪の手紙の意味が見えてくるのである。


市橋達也を有罪に持ち込み重罰に処すためには、法曹関係者(検察、弁護人、裁判官、裁判員)を取り込む必要がある。拘留期限前日に自供を始めたと言い出したのは弁護団であり、検察ではない。さらに今回の手紙の公開も弁護団が主導した。被疑者の最大利益を考える立場の弁護団が、市橋達也の有罪を確定させるために動き回っている。もはや、弁護団が警察、検察の協力者であることは疑いようのない事実である。裁判員の選定には、小沢一郎氏を強制起訴した疑惑だらけの検察審査員の選定に使われたソフトが使用されるという。その疑惑についてはここでは触れないが、個人情報を調査した上で検察の恣意的な選定が行われるとみて間違いではない。市橋の事件を担当する裁判官には見る目があると感じているが、最高権力組織の恫喝に屈すれば、迎合しないとは言い切れない。市橋達也を感情論で裁くための準備は粛々と進められているのである。

とにかく、検察が市橋達也の全面自供を証拠として扱わず、証拠なしで裁判に臨もうとしているのであれば、間違いなく感情論裁判になり、本来目を向けるべき事実の認定が疎かにされ、刷り込まれた印象をもって裁判員は裁定をくだすことになるだろう。弁護団は感情論裁判に持ち込ませないためにも、大きなブレにちゃんと目を向け、忌避していた事実調べをとりかかるべきではないだろうか。


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Tag:英国人女性殺害事件 冤罪 整形捏造 

Category:市橋達也の冤罪検証

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2012/09/27(Thu)20:56

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