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IAEA決議案採択に見える四面楚歌のイラン2

2009/12/06/(Sun) 12:19

「核の平和利用の権利」はもちろん日本も持っている。
co2敗出量が火力発電よりも少ない原子力発電にエネルギーシフトするのが世界標準であり、そういった核の平和利用をイランに許さないのは理解出来ない。
イランの核技術導入はイスラエルの脅威になるからIAEAにストップをかけさせた。
「核兵器を持てば即使用するだろう」
・・・というユダヤ的な発想でIAEAの思考回路は作動している。
性悪説を前提にしていて、それは極めてイスラエル寄りの思考回路だ。
イランの軍備を支えていたロシアも手を引いた。IAEA決議案に賛成票を投じ、2007年に結んだ高性能の対空ミサイルシステム「S-300」売却を保留している。
そしてさらにシオニスト配下のイスラエル・アメリカ連合国軍を挑発するようにウラン濃縮工場増設を発表した。



ほら、制裁が始まる。



イラン>ロシアと関係悪化 ミサイル納入先延ばしで(毎日新聞) - Yahoo!ニュース
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091125-00000096-mai-int
11月25日20時10分配信 毎日新聞
 【テヘラン鵜塚健】イランは核問題の交渉期限が年内に迫る中、ロシアへのいら立ちを募らせている。ロシアは先にイランの原発稼働を巡る協力を延期したのに続いて、ミサイル納入でも先延ばしを図っているからだ。背景にはロシアに圧力をかける米・イスラエルの存在があり、核交渉でのイランの態度硬化に拍車をかけている。
 イラン軍のマンスーリアン准将は24日、「ロシアは、イスラエルと米国の圧力に屈して約束を破った。国際機関を通した法的措置も検討する」と述べ、ロシアへの不信をあらわにした。
 イラン国営放送などによると、イランは07年、高性能の対空ミサイルシステム「S-300」の購入をロシアと約8億ドルで契約。しかし、イランの軍事力増強を警戒するイスラエルが難色を示し、米国もイランへの武器売却停止をロシアに働きかけてきた。
 ロシアは、当初の納入予定時期から半年以上過ぎた今も「技術的な理由」を挙げてミサイル売却を保留。イランは「ロシアが約束を履行しないなら、自国で開発を進める」と反発を強め、22日からは、イラン広域で大規模な防空演習を行って、けん制している。
 ロシアは16日、イラン南部にあるブシェール原発への技術協力でも、予定していた年内の本格稼働の延期を発表、両国間できしみが生じていた。
 イラン核問題を巡る交渉では、米欧とイランの溝が埋まらない中、イランへの追加制裁も現実味を帯び始めている。これまで友好的とされてきたイランとロシアの不信が高まれば、イランの歩み寄りの可能性はより低くなり、核交渉は一層難航するとみられる。



CNN.co.jp:米政府高官、イラン制裁強化を示唆 中東不安定化を懸念
http://www.cnn.co.jp/usa/CNN200911280008.html
ワシントン(CNN) 米政府高官は27日、国際原子力機関(IAEA)理事会がイラン第2のウラン濃縮施設の建設停止を求める決議案を採択したことを受け、同国に対する経済制裁を大幅に強化する準備を進めていることを明らかにした。
同高官は「相手国にその意思がないのなら、われわれは一連の結果をまとめる決意だ。イランがその明確なメッセージを受け止めることを願う」と述べた。
IAEAの決議案採択の意味は重いと政府高官の1人は述べ、「(IAEAや国連安全保障理事会の求めに)イランが依然として従わないことに対し、国際社会が深刻な懸念を抱いていることを強く示すものだ」と指摘した。ただし米国は、制裁によってイランの国民を傷つける意図はないと強調している。
一部メディアは、中国にいる米政府高官が中国政府に対し、「イスラエルがイランの核計画に対し一方的行動に出る可能性がある」と告げたと報道。政府高官はこの報道について確認することは避けたものの、イランがこのまま要求に従わない場合、中東のさらなる不安定化の要因になりかねないとの危機感を示した。



「次は制裁」と英首相 イラン核のIAEA決議で - MSN産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/world/europe/091128/erp0911280117000-n1.htm
2009.11.28 01:17
 国際原子力機関(IAEA)理事会がイランのウラン濃縮施設の建設停止を求める決議を採択したことを受け、英国のブラウン首相は訪問先のトリニダード・トバゴで27日、イランが決議に応じなければ「次の段階は制裁であるべきだ」と語った。ロイター通信が伝えた。
 首相は決議について「イランが(ウラン濃縮活動など)核開発計画をやめるべきだとの明確なシグナルだ」とした。また、同国が貯蔵する低濃縮ウランを国外輸送し、研究用原子炉の燃料として返還するIAEA草案の受け入れも求めた。(共同)
(転載終了)



イラクのオシラク原子力発電所をイスラエルは破壊した。

それは湾岸戦争と密接に関わり、911テロ後のアフガンイラク戦争につながれていく。

フセインが処刑され、中東の反シオニスト国家はもはやイランだけになってしまった。



イラク原子炉爆撃事件 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%A9%E3%82%AF%E5%8E%9F%E5%AD%90%E7%82%89%E7%88%86%E6%92%83%E4%BA%8B%E4%BB%B6



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(関連)
IAEA決議案採択に見える四面楚歌のイラン
http://hatajinan.blog61.fc2.com/blog-entry-94.html

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IAEA決議案採択に見える四面楚歌のイラン

2009/12/05/(Sat) 02:15

2009年11月に入ってからイランバッシングが頻繁に報道されるようになった。
これはヌーク戦争のカウントダウンとみていいのだろうか。
中東の地は親シオニストのアメリカの軍事介入で事実上ユダヤ人国家イスラエルが支配している。2001年9月11日の同時多発テロを機に対テロ戦争時代に突入。仮想テロ組織アルカイダをかくまっているとして世界警察アメリカが中東に侵攻した。
反シオニスト国はもはやイランだけである。
イランのアフマディネジャド大統領は「イスラエルを地図から消したい」「ホロコーストは神話でシオニストの捏造」イスラエルに挑発的な発言を繰り返してきた。
第三次世界大戦は核から始まるハルマゲドン。民主党はアメリカに核の先制不使用を訴えたが、雲行きは怪しい。



CNN.co.jp:イラン第2のウラン濃縮施設の建設停止を要求、IAEA決議
http://www.cnn.co.jp/business/CNN200911270025.html
(CNN) 国際原子力機関(IAEA)は27日、定例理事会を開き、イランの核開発問題で今年9月に存在が明るみに出た同国第2のウラン濃縮施設の建設停止などを求める決議案を賛成多数で採択した。決議案は、国連安全保障理事会の5常任理事国とドイツが作成していた。
決議はまた、イランに対し同施設建設の本来の目的、未申告の核関連施設が他になく、建設計画もないことなどの説明を求めた。決議は安保理に報告される。理事会は35カ国で構成され、採決では賛成25、反対3、棄権6。1カ国は不参加だった。反対はマレーシア、ベネズエラ、キューバだった。
イラン核問題に関連するIAEA決議は2006年2月以来。イランは今回の決議案について、採択された場合、IAEAとの協力関係に悪影響が出るとけん制していた。
IAEAは先月から2回、第2の濃縮施設を査察したが、使用目的や建設時期でイランの説明には矛盾があると指摘していた。また、IAEAは核開発の軍事転用を防ぐためイランが貯蔵する低濃縮ウランの国外搬送、医療研究用の燃料に加工し、イランに送り返す構想を提案したが、同国は拒否している。
これを受け、イランと核交渉を続ける安保理常任理事国5カ国とドイツは制裁強化を打ち出す構えを見せている。エルバラダイIAEA事務局長は26日、定例理事会で、イランの核計画に関する検証作業が同国の協力不足により行き詰まりの状態にあるとの認識を示していた。


CNN.co.jp:ウラン濃縮施設の建設中止はないとイラン、IAEA決議批判し
http://www.cnn.co.jp/business/CNN200911280020.html
CNN) 国際原子力機関(IAEA)の定例理事会が27日、イランの核開発で今年9月に存在が明るみに出た同国第2のウラン濃縮施設の建設停止などを求める決議案を採択した問題で、イランのソルタニエIAEA担当大使は同日、ウラン濃縮活動は今後も続け、第2施設の建設も中止しないと述べた。イランの国営プレスTVで表明した。
「決議案への答えは明確にノーだ」と強調した。IAEAとの協力は続けるとしながらも、必要最小限にする考えも示した。
プレスTVはまた、イラン外務省報道官の談話も伝え、決議案は政治的な思惑の結果で、イランにより強い圧力を掛けることを狙っているとした。また、決議案の採択は一部諸国の政治的野心と執心の反映であると間接的に米英を批判した。決議案では、イランと関係が深いロシア、中国も支持に回っている。


イラン:核施設攻撃に備え防衛演習 - 毎日jp(毎日新聞)
http://mainichi.jp/select/world/news/20091122k0000m030082000c.html?inb=yt
 イランのファルス通信によると、同国の空軍司令官は21日、国内の核施設が攻撃された場合に備えた演習を近く実施すると発表した。イランが核兵器に転用可能な低濃縮ウランの国外輸送に難色を示し、欧米などと緊張が高まっていることを受けた動きとみられる。
 演習では、西部アラクの実験用重水炉や中部のイスファハン、ヤズド周辺の核関連施設への攻撃を想定。イランの核兵器開発を疑うイスラエルは、核施設への攻撃も辞さない構えを見せている。(共同)


イラン:IAEA決議に対抗 「核施設増設」計画 - 毎日jp(毎日新聞)
http://mainichi.jp/select/world/news/20091130k0000e030067000c.html?inb=yt
 【テヘラン鵜塚健】イラン政府が29日、新たに10カ所のウラン濃縮施設の建設を発表したことを受け、イランへの追加制裁を検討する欧米諸国との亀裂が一層深まるのは確実な情勢となった。国際原子力機関(IAEA)による事実上の非難決議からわずか2日後の計画発表は、決議に対する露骨な対抗措置とみられる。
 イラン国営テレビによると、新施設の建設計画は29日の閣議で決定された。同国には中部のナタンツにウラン濃縮施設があるほか、コム近郊にも第2濃縮施設があることが9月に判明した。
第2施設の申告が遅れたことを非難し、施設建設の中止などを求めたIAEA決議について、イランのソルタニエIAEA大使は「法的根拠に基づかず拙速で不適切なものだ」と批判、「核の平和利用の権利を奪おうとする脅しには屈しない」と主張している。
 IAEAの仲介によるイラン製低濃縮ウランの国外搬出計画が事実上白紙に戻る中、新施設の建設計画が欧米を刺激するのは必至で、対イラン制裁論議の加速も予想される。



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大阪個室ビデオ店放火事件の再考察 ◇ 判決

2009/12/04/(Fri) 05:23

【個室ビデオ店放火】小川被告、死刑判決に目潤ませ 〈MSN産経ニュース〉
2009.12.2 20:46
http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/091202/trl0912022048015-n1.htm

裁判長から「死刑」を告げられた男は目を潤ませ、痛恨の表情で法廷を後にした。2日、大阪地裁で開かれた大阪市浪速区の個室ビデオ店放火殺人事件の判決公判。無罪を確信していたという小川和弘被告(48)は、自らの主張をことごとく退ける判決理由を聞きながら何度も首をかしげ、不満を表した。一方、傍聴席の遺族らは小川被告の態度に「謝罪の声を聞きたかった」と改めて悔しさをにじませた。
 午後2時半、小川被告は黒の上着に灰色のズボン、マスク姿でゆっくりと入廷し、裁判長の方に向かって何度も深々と頭を下げた。証言台の前に立つと指先を伸ばして姿勢を正した。
 「主文は最後に言い渡します」。裁判長にそう告げられた小川被告は指示に従って弁護人の前の席に着席。ざわめく傍聴席を一目見た後、判決理由の朗読を待った。
 その直後、裁判長が「裁判所はいずれも有罪と認定します」と述べると、マスクを付けたままの小川被告は瞬きを繰り返した。判決理由の朗読に入ってからは背筋を伸ばして聞き入ったが、主張が退けられる度に首をかしげ、後ろの弁護人に同意を求めるように何度も振り返った。
 主文を言い渡された瞬間は微動だにせず、裁判長に小さく頭を下げた。弁護人が「控訴するよ」と告げると無言でうなずき、退廷の際は目を潤ませながら顔をしかめてうつむいた。
 小川被告は事件直後、動機や経緯を詳細に語ったが、その後否認に転じた。公判でも「火を付けていない。調子に乗って自供した。後悔している」と訴えた。被告人質問では時折笑いながら冗舌に語る一方、事件の核心部分はあいまいな説明に終始し、遺族からは「あまりにも幼稚」と非難の声が上がっていた。

 閉廷後、小川被告の弁護人は大阪市内で会見し「死刑という結論ありきの判決としか思えず、到底承服できない。動機や事実を認定するにあたり、弁護人の疑問に全然答えていない」と批判した。1日に小川被告と接見したといい、死刑もあり得ると伝えたが、「本人は死刑になるはずがなく無罪で出られると考えており、現実感を持って真剣に受け止めている感じではなかった」と明かした。



難波ビデオ店放火殺人 死刑判決の要旨 〈asahi.com〉
2009年12月2日23時53分
http://www.asahi.com/national/update/1202/OSK200912020191.html

 大阪・難波の個室ビデオ店火災事件の判決要旨
【主文】
 被告を死刑に処する。
【事実認定の説明】
《争点》
 ●被告は事件当日、「キャッツなんば店」に客として入店しており、公訴事実の時刻直前まで18号室にいたことは認めるが、同室内において放火したことはないと主張する。
《被告が火を放ったのか》
 ●出火した場所の特定
 大阪府警科学捜査研究所職員は焼損状況を検討し、再現実験の結果を踏まえ、出火個所と炎の燃え広がり方について以下のとおり説明した。店内の焼けた跡をもとに炎の流れをたどっていくと、出火元と考えられる場所として、18号室内のキャリーバッグが発見された場所に行き着く。その前提で、炎の流れを想定すると次のようになる。
 キャリーバッグが発見された場所から燃え広がり、18号室の東側壁面に炎が大きく立ち上がった。酸素のない奥の方には燃え広がらず、出入り口の方に燃え広がっていった。フラッシュオーバー現象(室内の可燃物が熱分解して引火性のガスが室内に充満した場合や、内装に使われている可燃性素材が発火した場合に、爆発したように一気に燃焼する現象)が発生した。炎は向かいの通路北側の壁にぶつかって左右に燃え広がり、下方向にも広がった。さらに炎は室内に入り、痕跡を残した。燃え広がった炎は10号室前に向かい、置いてあったラック上部を燃焼させ、非常な強烈なものになり、ドアが開いていた9号室に入り込み、室内を焼損させた。9号室の焼損が最も激しいのはこのためだ。
 以上の見解は、「キャッツなんば店」店内の特徴的な焼損状況について無理なく説明していて、十分納得できるものである。
 弁護人は、9号室が最も激しく焼損していることからすれば、9号室が出火元である、18号室に外から炎が流れ込んだ痕跡があることからすれば、18号室は火元でないと主張する。しかしながら、9号室内が最も激しく焼損しているからといって、出火場所と考えることはできない。
 以上によれば、本件現場の痕跡からだけでも、本件火災は、被告が利用していた18号室内(キャリーバッグの残骸(ざんがい)があった地点)から出火して、18号室内に燃え広がり、炎が出入り口から噴き出してさらに試写室スペースに燃え広がったことが推測できる。
 ●18号室内で出火した後の状況(出火直後の状況についての客及び店員の供述)
 30号室の客は「被告が18号室から出てきて、すれ違った。18号室の中をのぞくとキャリーバッグの上の方が燃えていた」と供述した。
 店員Aは「受付していたところ、涙と鼻水を出し、よだれを垂らした被告がきた。若い客から火が出ているのを聞き、試写室スペースに入った。18号室のドアが全開になっており、キャリーバッグの上から火が出ているのが見えた。ボーンという音がして、18号室の上の方から天井の方に火が噴き出した」と供述した。
 店員Bは「被告が受付のところに来た。被告が着ていた白いシャツは軽くすすけたような感じで、黒っぽかった。別の客が来て、『火や』などと言ったので、試写室スペースに入った。通路の角に置いてあった消火器を取りに行ったところ、いきなりボンと音がして暗くなった。18号室の方から炎が来たので、取ることができなかった」と供述した。
 以上の各供述は、いずれも具体的である上、特に不自然な点も認められない。
 弁護人が主張する点を考慮しても、上記の30号室の客、店員A及びBの供述内容に疑問を抱かせるような事情はないのであって、それぞれの供述を信用することができる。
 一方、被告は、当公判廷等において、上記の時間帯に当たる供述について、「キャリーバッグを18号室に持ち込んだことはない。エアコンのリモコンの調子が悪かったので、そのことを話しに受付に行くことにした。受付でリモコンの調子が悪いことを言った。その後、店員から外に出るように言われたが、その時は火災が発生していることには気付いていなかった」などと供述する。
 以上の被告の供述を前提とすると、本件火災後、キャリーバッグの残骸が18号室内から発見されたことについて合理的な説明ができない。また被告が受付でリモコンの調子が悪いことを言ったころ、本件火災が発生し、店員が異変を聞いて、試写室スペースに入っていくなどの対応をしたことは店員らが一致して供述しているところであるのに、被告はその点についてほとんど触れておらず、その不自然さは否定できない。
 したがって被告の供述は信用できない。
 以上によれば、18号室の出火後の状況においては、30号室の客、店員A及び店員Bの供述どおりであると認められる。
 ●検討
 18号室内のキャリーバッグから出火した際、被告は利用客として18号室に在室していた(出火直前に他の者が18号室に入った形跡はない)。被告が18号室から出た直後は、炎はまだ小さいものであった。したがって被告は、出火時に18号室の中にいて、出火に関与したものと考えられる。
 被告は、キャリーバッグからの出火に気付いたはずなのに、通路ですれ違った30号室の客や受付にいた店員らに対し、出火のことを言わなかった。これは、被告が出火に関与したからであると考えられる。
 被告の店員Aに対する「すみません」「補償もします。弁護士もつけます」などとの発言は、自らが出火に関与したことをうかがわせるものである。
 被告は、現場に臨場した警察官から「お前が火付けたんか」と聞かれた際、「死にたかったんです」と答えるなどしているが、その際の被告の言動は自殺目的で放火したことを認めたと考えるしか合理的な説明ができない。
 以上に加え、被告が喫煙のためにライターを所持していたことからすれば、被告がそのライターを用いるなどして、何らかの方法でキャリーバッグに火を放った事実を推認することができる。
《被告の故意》
 ●現住建造物等放火罪の故意
 被告は、本件店舗内に店員や他の客がいること、18号室の扉は木製であり、室内には木製棚、リクライニングソファなどの可燃性の高い物が備え付けられていたことについては、当然認識していたはずである。
 被告は、本件放火前に試写室スペース内を歩き回ったり、知人の部屋(17号室)を訪れたりしていたのであるから、通路の配置及び通路両側に試写室が並んでいることや、各試写室の扉が木製であることを認識していたものと認められる。
 被告において、上記のような事実を認識した上で、キャリーバッグ上部に火を放ったものと認められる。そのような方法で火を放てば、炎が18号室内、さらには他の試写室に燃え広がり、「キャッツなんば店」の建物を焼損させるに至ることは容易に想像できることである。そして、そのような認識のもとで本件放火に及んだのであるから、「キャッツなんば店」の建物を焼損することを認容していたことも認められる。
 上記のとおり、被告は、出火したことを店員らに告げていないが、この事実は、上記認定に沿うものということができる。
 以上によれば、被告に現住建造物等放火の故意があったというべきである。
●殺人罪の故意
 被告が、本件放火行為により、炎が試写室スペースに燃え広がることを認識していたと認められることは上記の通りである。
 また被告が、本件放火当時、他の試写室内に他の客がいることを認識していたことも認められる。
 そして、試写室スペース内を歩き回った被告において、試写室スペースからは試写室出入り口を通らなければ外へ出られないことや試写室スペースの通路が狭いなど、火災が発生した場合に試写室スペースから脱出しにくい構造であることを認識していたことも認められる。
 被告は、宿泊のために本件店舗を訪れたものであり、午前3時前という時間帯にも照らし、他の客が就寝している可能性を認識したと考えられるし、自分でもヘッドホンを使用したことなどから、ヘッドホンを利用している客がいる可能性も認識していたことも十分推認できる。
 したがって、被告において、上記のような事実を認識した上で、本件放火行為に及べば、逃げ遅れた客が死亡するに至る危険があることは容易に想像できるのであって、被告においてもその危険は十分認識していたと考えられる。そして、そのような認識のもとで本件放火に及んだのであるから、「キャッツなんば店」の各試写室内にいた客が死亡することを認容していたことも認められる。
 以上によれば、被告に「キャッツなんば店」の客らに対する殺人の故意があったというべきである。
《放火の態様及び動機の詳細》
 ●同行直後の自白について
 被告は、浪速署での取り調べにおいて、「最初、火は付けていないと答えていたが、2、3人の警察官に次々『おまえしかおらんのや』『おまえの部屋から火が出てるのを見たやつがおるんや』などと言われ、机をたたかれた。その後にらまれ、ボスみたいな警察官が出てきて、お手上げという感じになって、放火したことを認めた」などと供述する。
 しかしながら、この供述は内容が変遷しており、信用できない。
 また、被告は午前5時20分ころ、「部屋の中のティッシュをいっぱいとって丸めて私のキャリーバッグの中に火を付けたティッシュを入れました」などとの内容の自供書を作成しているが、この時点で火災発生から約2時間30分しか経過しておらず、現場の実況見分等はもちろん、参考人からの事情聴取等も十分に行われていないことは明らかである。そのような段階で、机をたたいたりするような追及的な厳しい取り調べの手段を用いるとは到底考えがたい。
 したがって任意性に影響を与えるような事情はない。
 ●被告人の否認
 被告は、検察官の取り調べにおいて、10月19日までは、放火した事実を認めていたものの、その一方で、10月17日の弁護人の接見において、放火の事実を否認し、また、10月19日の検察官の取り調べにおいても、当初、放火の事実を否認する供述をした。
 しかしながら被告は、10月18日の検察官の取り調べにおいて、「死刑になりたくないから、弁護士にうその話をしてしまった。きちんと事件に向き合います」と供述している。また、10月19日の取り調べ中に、「弱い心が出てしまいます。また事件から逃げました」「ひきょう者になりたくはありません。事実と向き合い、本当のことを話します」旨供述している。
 この点についてみるに、16人の被害者の死亡という重大な結果を生じさせた犯行を犯した者の心境として、犯行をいったん認めながらも、厳しい刑罰が予想されることから、何とかしてその刑罰から逃れたいと思って心が揺れ動くことは、理解できないことではない。
 そうすると被告が、弁護人の接見や検察官の取り調べにおいて、放火の事実を否認して、供述が揺れ動いたとしても、自白調書の信用性に大きな影響があるとは考えられない。
 ●自白の内容
 被告の自白は、放火した状況について、その方法、その際の心理状態等、詳細で具体的である上、特に、当時の心理については、本件の前からの移り変わりも含めて詳しく描写されている。
 警察官は、当公判廷において、火災原因等についての情報は知らなかったと供述しているが、その時点ではまだ火災発生から約2時間30分しか経過していないことからすれば、同供述は十分信用できる。
 そうすると、被告は、取調官がキャリーバッグが出火箇所であるとは知る前から、キャリーバッグに放火した旨供述していたのであるから、かかる経緯は、被告の捜査段階の自白が取調官の誘導によるものではないことを示すものである。
 ●小括
 以上のとおりであるから、被告人の自白調書の記載はおおむね信用することができ、犯行態様、犯行を決意するに至った経緯については、これによって認定することができる。
 次に、犯行を決意するに至った経緯についてであるが、被告は、9月28日に占いをしていた人物と知り合い、その人物と一緒に本件店舗に入店してから、店の雰囲気、部屋の狭さなどに若干うっ屈した気分を持ったものの、すぐに自殺を企図したわけではない。その人物が部屋を訪ねてきた後、逆にその部屋を訪ねた時点でも、追従的な言葉を述べたりしていて、自殺を企てるようなそぶりはうかがえない。その後眠ろうとしても眠れないまま、自分が個室ビデオ店にいることがいやになり、自分の人生が何だったのかと考えるうち、その場ですぐ自殺しようと決意した。極めて衝動的な自殺の決意というべきである。
《結論》
 ●以上のとおり、被告の捜査段階での自白以外の証拠に上記の自白を総合して被告が本件殺人、殺人未遂、現住建造物等放火の罪を犯した事実を認定することができる。
 なお弁護人は、被告には完全責任能力はなかった旨主張するが、被告に生じていた具体的な精神障害については何らの主張をしていないし、本件放火当時、被告に何らかの精神障害が生じていたことをうかがわせるような事情も認められない。したがって、本件放火当時、被告が完全責任能力を有していたと認める。
【量刑の理由】
《犯行の動機及び態様》
 本件当日、被告は、知人に連れられて本件店舗に入店した。個室に入って眠ろうとしたが眠れず、イライラした気分になり、自分を惨めに思って死にたいと考え、火をつけて自殺しようと企て、試写室内にいた他の利用客が火災に巻き込まれて死亡してもかまわないと考え、本件犯行に及んだ。
 被告は、衝動的に自殺することを決意して犯行に及んだものであり、他の利用客を積極的に殺害する意図があったとまでは認めることはできないが、犯行の動機は、短絡的で身勝手極まりないものであって、酌量の余地はない。
 被告が放った火が燃え広がり、店内には煙が充満した。直後に停電し、照明が消えて、店内は暗闇になり、店外に脱出するのは極めて困難であったと思われる。多数の利用客が死亡するに至ったのは、上記のような店内の構造・設備などもその一因であることは否定できない。
 しかし被告は、店内を歩き回って、店内の構造がそのようなものであることや他にも利用客が在室していることを認識しており、それを承知で本件犯行に及んだものであって、これは多くの人の生命を危険にさらす極めて悪質なものであるといわなければならない。
《犯行の結果》
 死亡した16人の被害者は、本件当夜、たまたま本件店舗を利用していたもので、被告とは全くかかわりのない者であった。もとより、何の落ち度もない。遺体の姿が物語るように、就寝中に火災に気付くことなく絶命した者も、火災に気付いて脱出しようとしたものの、暗闇の中、力尽きて絶命した者もいる。被害者らの苦痛、恐怖は、計り知れないものであったであろう。このような形で16人もの人々の生命を絶った犯行は、残虐なものといわなければならない。
 たまたま利用していた本件店舗で突然人生の終わりを迎えることになった各被害者の無念を思うと暗澹(あんたん)たる気持ちにならざるを得ない。
 遺族らは、意見陳述や供述調書などによって、それぞれの悲しみや被告に対する憎しみなどを述べる。多くの遺族は被告に対する厳正な処罰を訴え、極刑を望んでいるが、至極当然のことである。
 さらに、本件火災により、被害店舗が全焼し、同店舗の経営会社には少なくとも5000万円、同店舗が入っていたビルの所有者には修理費用として約2200万円という極めて多額の財産的損害が生じている。
《捜査段階及び公判段階における被告の態度》
 被告は、犯行直後から、警察官に対し、自分が放火したことを認め、取り調べに対して、事実を詳しく供述していたが、捜査段階の終盤、自白を撤回して犯行を否認し、当公判廷においても、自己が放火したことを否定している。自分の行った犯罪やその結果に真摯(しんし)に向き合う態度に欠けているといわざるを得ない。
《結論》
 本件は被告が身勝手な動機から、本件店舗に火を放って焼損させ、16人の被害者を殺害し、7人の被害者を生命の危険にさらしたもので、その行為を行った被告の人格態度は最大限の非難に値する。特に酌量すべき事情がない限り、死刑をもって臨むしかない事案であると考える。
 死刑を選択するについては慎重の上にも慎重を重ねて検討すべきであるが、以上にみた本件犯行の罪質、経緯、動機、態様、結果、被害感情、社会的影響及び犯行後の情状などを総合考慮し、特に、被告が他人の生命を全く省みずに試写室に火を放ったこと、これにより多数の者が生命を絶たれたことを考えると、上記のように被告が他の利用客らの殺害を積極的に意図したわけではないことや被害の拡大に本件店舗の構造などが寄与していることなど、被告にとって有利に斟酌(しんしゃく)すべき事情を最大限考慮しても、被告はその生命をもってその罪を償うべき場合に該当する。 (転載ここまで)



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リンゼイさん殺害事件・市橋容疑者の犯行ではないとした場合 その①

2009/12/02/(Wed) 22:33

メディアのお祭りに加担せず、冷静に事件を読んでみよう。

完全黙秘するのは苦しく辛いものだ。毎日毎日朝から晩まで取調室で刑事の怒号をただ黙って聞いていなければならない。相当意思が固くないと完遂できるものではない。二週間断食できる根性も並はずれたものがある。
なのにメディアの識者やコメンテーターは『すねている』だの『死刑になりたくない』だの好き勝手の言いたい放題だ。



市橋容疑者、近く殺人容疑で再逮捕
11月30日3時3分配信 読売新聞

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091129-00000952-yom-soci

 千葉県市川市のマンションで、英会話学校講師の英国人女性リンゼイ・アン・ホーカーさん(当時22歳)の遺体が見つかった事件で、市橋達也容疑者(30)(死体遺棄容疑で逮捕)がマンション自室にリンゼイさんと一緒に入ってから遺体が発見されるまでの間、2人以外に部屋に入った形跡がないことが29日、捜査関係者への取材でわかった。

 行徳署捜査本部は、リンゼイさんをこの間に首を絞めて殺害したとして、市橋容疑者を近く殺人容疑で再逮捕する。

 市橋容疑者は死体遺棄容疑など事件について黙秘しており、捜査幹部は「総合的に判断した」としている。また、別の捜査幹部は「状況や市橋容疑者の部屋からの採取物の鑑定結果などもある」と話した。

 捜査本部によると、市橋容疑者とリンゼイさんは2007年3月25日午前10時頃、マンションのエレベーターに一緒に乗っているところが防犯カメラに映っていた。翌26日午後10時頃、英会話学校からの捜索願を受けた船橋署員が、市橋容疑者の部屋のベランダに置かれた浴槽からリンゼイさんの遺体を見つけた。

 この時、市橋容疑者は署員の制止を振り切って逃走し、指名手配された。

 捜査関係者によると、防犯カメラの画像の分析や住民らへの聞き込みなどから、2人のほかに市橋容疑者の部屋を訪れた人がいないと断定したという。

 司法解剖の結果、リンゼイさんののどの軟骨が折れていたことなどから、捜査本部は、首を絞められて殺害されたとみている。

 また、マンション住民が25日午後9時から26日午前0時頃の間、市橋容疑者の部屋から重いものを引きずるような大きな音がするのを聞いている。
(引用終わり)



この記事を裏読みすると市橋容疑者の単独犯行であると確定させたとも言える。
だが、どうしたら数多の人が出入りする集合住宅で二人以外が市橋容疑者宅に訪れた人がいないと断言できるのだろうか。




どうして今さら殺人容疑で立件されたのか。黙秘している市橋容疑者から自供は聞き出せない。とっくの昔に現場の捜索も終えているはず。そもそも遺体遺棄容疑のみで全国指名手配&懸賞金付きなんて理解できないし、最先端の司法科学をもってしても市橋容疑者の犯行を特定できなかったから今まで殺人容疑で立件できなかったわけだし。逮捕直前に逃亡された警察のメンツもあるだろうが、取り逃がした警察官を処分すればいいだけの話で、それとこれとは話が違う話。



最先端の司法科学が解き明かせないくらい用意周到だったのではないか?
市橋容疑者は綿密に計画された謀略にはめられただけなのではないか。



こういった事件の報道が眉唾なのは今に始まったことではない。とにかく全国指名手配の嫌疑が死体遺棄容疑だけなのも胡散臭いし、報道陣営を挙げてのこういったニュースは巨悪を隠ぺいするためのパフォーマンスにしか聞こえない。



特にこういった事件では「逃亡犯の自殺」というミスリードが報道される時がしばしばある。オウムの指名手配犯そうであるように。のりピー事件もそうだったように。



市橋容疑者は自殺したのか 英「タイムズ」記事が波紋
http://news.livedoor.com/article/detail/3875417/
日本で英会話教師をしていた英国人女性、リンゼイ・アン・ホーカーさん(当時22)の殺害事件をめぐり、英高級紙が「日本の警察は『容疑者は自殺した』と断定した」と報じ、波紋が広がっている。日本の警察当局は「(自殺は)まったく聞いてない」と「自殺説」を全面否定する一方、英国の遺族は、日本の警察当局から自殺の可能性を知らされていたことを明かした上で、「捜査規模を縮小しないで」などとテレビで訴えている。
「生きていれば、すでに捕まっているはず」
事件は2007年3月、千葉県市川市のマンションでホーカーさんの遺体が発見され、千葉県警が、マンションに住んでいた無職・市橋達也容疑者(当時29)を殺人と死体遺棄容疑で指名手配したというもの。同県警は140人体制で容疑者の行方を追っているが、事件から1年7ヶ月がたった今でも、行方がつかめない状態が続いている。
そんな中、英高級紙「タイムズ」が、08年10月24日(英国時間)、「殺害犯は自殺」と報じたのだ。記事は
「リンゼー・ホーカーさんの殺害犯は、ほぼ確実に自殺したと日本警察が断定した」
との書き出しで始まり、その理由を
「公式には、警察は市橋容疑者の行方を積極的に追っていることになっているが、複数の捜査幹部は『容疑者が生きているのであれば、すでに捕まっているはずで、決して見つからない離れた場所で自殺したに違いない』と確信している」
と説明。あわせて、警察筋が周辺情報を語ったという。
「日本には非常に山が多いので、(市橋容疑者が)遠隔地の森林に入り込んで死亡した場合、誰も見つけられないかもしれない。千葉県警は捜査を続けているが、まもなく、間違いなく規模を縮小するだろう。東京では、すでに容疑者は死亡したと断定している」
あわせて、父親のビル・ホーカーさんは、千葉県警から今後の捜査体制縮小の可能性を伝えられたことを同紙に明らかにしている。10月23日(同)に、同紙に対して語ったという。
「(千葉県警は)スタッフの何人かを新しい人と入れ替えました。何らかの新しいアイディアが浮かんで、捜査がもっと活発になるかもしれないと思ったので、励まされました。でも、今回の『彼(市橋容疑者)が死んでいる』ということは、彼らの面子を守りつつ、捜査の縮小を許すための策略になりうる」
「自殺説」を日本側は全面否定
突然浮上した「自殺説」に対して、日本側は全面否定。佐藤勉国家公安委員長は10月24日の閣議後会見で、捜査規模縮小については「話は一切ない」と述べる一方、「自殺説」について「全く聞いていない」と否定した。
日本国内では、大きな扱いでの「後追い報道」はなかったが、英国では大きな波紋を広げているようだ。各紙がタイムズの後追いをする以外にも、BBCのニュース番組では、姉のリサ・ホーカーさんがスタジオに登場。「捜査縮小・自殺説」については、
「(ウェブの更新情報を自動で知らせてくれる)グーグル・アラートで知りました。日本の警察からは何も聞いていないので、恐ろしい気持ちでした」
と述べた上で、
「日本の警察からは毎週連絡が来ますが、捜査縮小については聞いていません」
と、捜査縮小と自殺のいずれも否定した上で、捜査規模を縮小しないように訴えた。タイムズ紙が報じた父親の話とは食い違う証言をした形だ。
その一方で、英PA通信は、
「遺族は『日本の警察から、ことあるごとに、市橋容疑者が自殺した可能性があることを知らされてきた』と話した」
とも報じており、諸説が錯綜しているというのが現状だ。
(引用終わり)



リンゼイ・アン・ホーカーさん殺害事件( - さつがいじけん)とは、英会話学校講師で英国籍のLindsay Ann Hawker(リンゼイ・アン・ホーカー)(当時22歳)が遺体で見つかった事件。正式名称は市川市福栄における英国人女性殺人・死体遺棄事件。

事件の発生
2007年3月26日、被害者と同居していた女性の相談を受けた千葉県警察船橋警察署員が、被害者宅を捜索。被疑者(当時28歳)のものとみられる氏名・電話番号と、被害者の似顔絵を描いたと思われるメモを発見し、被疑者宅へ向かった。

同被疑者は、午後9時40分ごろ千葉県市川市の被疑者宅(マンション4階)玄関にて、家宅捜査に駆けつけた捜査員を振り切り、非常階段から裏の駐車場を通り東京メトロ東西線行徳駅方向に逃走した。捜査員は、数百メートル追いかけたが見失った。

午後10時ごろ被疑者宅のベランダに置かれた浴槽の中で、全身が園芸用砂に埋もれ全裸で前屈みに座り、手だけ外に出た状態で死亡している被害者を捜査員が発見した。

捜査により判明した事柄
被疑者逃走後日、警察犬を使って追跡したところ、行徳駅付近で匂いが途絶えて被疑者の靴下が落ちており、駅前にあった自転車を使って逃走した可能性がある。この部屋の住人は死体遺棄容疑で指名手配されたが、県警行徳警察署捜査本部の調べにより、2人は英会話学校とは無関係に個人レッスンをする約束をしていたことが、28日分かった。

また司法解剖の結果、死因は窒息死で、首を圧迫されたか、鼻と口をふさがれて窒息し、右目の下と左ほおに殴られたような皮下出血が2箇所あった。(リンゼイ・アン・ホーカーさん殺害事件 – Wikipedia抜粋)



もし市橋容疑者の犯行なら、それは突発的な犯行である。衝動的にリンゼイさんの首の骨を折り(格闘家?どうやったら折れるのよ)風呂場の浴槽を独りで運んで(最低二人は必要だがなぁ)遺体を全裸のまま前屈みに座らせ、全身が埋まるくらい園芸用砂を買い込んで(ベランダでガーデニングでもしない限り必要ないわな、しかしどんだけの量を買ったのよ。車がなければ運べないなぁ。)手だけ外に出た状態で放置(おいおい、死体はここにありますよってサインでもあるまいし。まさしく頭隠して尻隠さずの典型)したならば、それは到底許される行為ではない。



成人した大人が一晩家を空けるのは珍しいことではない。だのに同居人は捜索願いを朝には出している。そして警察は夜には家宅捜査に踏み切っている。リンゼイさんの周囲に危険が及ぶことは始めから知っていたのではないだろうか。そもそもガサ入れには捜査令状が必要で裁判所がスピード認定するほどすでに証拠がそろっている必要がある。

警察がこれほどスピーディーに対応していれば桶川ストーカー殺害事件は起こらなかったはずだ。散々ストーカー被害の証拠を警察に提出しても、警察は重い腰をあげようとしなかった。市橋容疑者はともかく、即日捜査の真相だけでも知りたい。続く・・・



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日本の紙幣研究・1946年以前②

2009/12/01/(Tue) 20:48

日本の紙幣の研究・和気清麻呂



はたして日本の紙幣の肖像となる人物の選定基準は一体何を基準にしているのだろうか?
日本国家国民の歴史が反映されているのだろうか?
直江兼次や織田信長、豊臣秀吉とか歴史上の知名度ある人物が選ばれているのなら、こんな疑問はわくはずもない。



日ユ同祖論を論拠に日本の紙幣を見るとおぼろげに見えてくるものがある。



かつてアインシュタインは日本を訪れた時、意味深な言葉を残している。

「近代日本の発達ほど、世界を驚かしたものはない。
この驚異的な発展には、他の国と異なる何ものかがなくてはならない。
果たせるかなこの国の、三千年の歴史がそれであった。
この長い歴史を通して、一系の天皇をいただいているということが、今日の日本をあらせしめたのである。
私はこのような尊い国が、世界に一カ所位なくてはならないと考えていた。
なぜならば世界の未来は進むだけ進み、その間幾度か戦いは繰り返されて、最後には戦いに疲れる時がくる。
その時人類はまことの平和を求めて、世界的な盟主を挙げねばならない。
この世界の盟主なるものは、武力や金力ではなく、凡ゆる国の歴史を抜き越えた、最も古くまた尊い家柄ではなくてはならぬ。
世界の文化はアジアに始まって、アジアに帰る
それはアジアの高峰、日本に立ち戻らねばならない
吾々は神に感謝する、吾々に日本という尊い国を、作って置いてくれたことを。」
(アインシュタインの予言 - Wikipedia)※偽書説、捏造説など諸説ある。



度重なる空襲と自身が手掛けた原爆で破壊しつくされた日本の戦後復興を見て感動した言葉だと捉えがちだが、違った見方をすれば天皇家と古代ユダヤの関係がおぼろげに見えてくる。ユダヤ人科学者アインシュタインが遠く離れた島国で同胞の血が粛々と受け継がれてきたことに感動していることが言葉の端々に表れているともいえる。万世一系・天皇家と古代ユダヤの関係は確定的とはいえない。ただ重要なエレメントになる。皇室の三笠宮がオリエント学と称して古代ユダヤと日本・天皇家との関係を研究していることにもそれは表れている。



和気清麻呂

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和気 清麻呂(わけ の きよまろ、733年(天平5年) - 799年4月4日(延暦18年2月21日))は奈良時代末期から平安時代初期の高級官僚。備前国藤野郡(現在の岡山県和気町)出身。氏姓は当初、磐梨別公(いわなしわけのきみ)[1]、のち藤野真人、和気宿禰、和気朝臣に改めた。磐梨別乎麻呂(または平麻呂)の子。従三位・民部卿。(和気清麻呂 - Wikipedia)



古代ユダヤのことを知らなければ和気清麻呂という日本書紀に出てくる人物がなぜ日本の紙幣に肖像がかざられたのか知る由もない。



■ 道鏡に皇位を譲ろうとした称徳天皇に待ったをかけた和気清麻呂。

神護景雲3年(769年)5月、道鏡の弟で大宰帥の弓削浄人と大宰主神の習宣阿曾麻呂(すげのあそまろ)は「道鏡を皇位に付ければ天下は太平になる」という内容の宇佐八幡宮の神託を奏上し、自ら皇位に就くことを望む(続紀没伝)。称徳天皇は宇佐八幡から法均(和気広虫)の派遣を求められ、虚弱な法均に長旅は堪えられぬとして、弟である和気清麻呂を派遣した。

清麻呂は天皇の勅使として8月に宇佐神宮に参宮。宝物を奉り宣命の文を読もうとした時、神が禰宜の辛嶋勝与曽女(からしまのすぐりよそめ)に託宣、宣命を訊くことを拒む。清麻呂は不審を抱き、改めて与曽女に宣命を訊くことを願い出る。与曽女が再び神に顕現を願うと、身の丈三丈、およそ9mの僧形の大神が出現。大神は再度宣命を訊くことを拒むが、清麻呂は「天の日継は必ず帝の氏を継がしめむ」という大神の神託を大和に持ち帰り奏上する。

道鏡を天皇に就けたがっていたと言われる称徳天皇は報告を聞いて怒り、清麻呂を因幡員外介にいったん左遷、さらに「別部穢麻呂(わけべのきたなまろ)」と改名させて大隅国へ配流し、姉の広虫も「別部広虫売(わけべのひろむしめ)」と改名させられて処罰された。

その後、この年の10月1日に詔を発し、皇族や諸臣らに対して聖武天皇の言葉を引用して、妄りに皇位を求めてはならない事、次期皇位継承者は聖武天皇の意向によって自ら(称徳天皇)自身が決める事を改めて表明する。

宝亀元年(770年)に女帝が死去すると、皇太子は白壁王と決定され、道鏡は下野国の薬師寺へ左遷(配流)された。なお、この時(宝亀元年8月21日)の白壁王の令旨に「道鏡が皇位をうかがった」とする文言があるものの、具体的に道鏡のどのような行動を指すのかには全く触れられていない。(宇佐八幡信託事件 - Wikipedia)


万世一系を継承するべき天皇家を道鏡に乗っ取られそうになり和気清麻呂は待ったをかけたわけだ。称徳天皇は憤慨し和気清麻呂はわけべのきたなまろと改名させられ九州の端っこに左遷されたが道鏡に皇位をゆずることはなかった。辛うじて万世一系は保たれた。古代ユダヤ的な解釈で言えば功労者になるわけだ。



古代ユダヤの関係で言えば和気清麻呂は平安京遷都を建言した人物でもあった。
その平安京はエルサレムではないかとする説もある。



■ 日本に古代ユダヤのエルサレムを築いた和気清麻呂

和気清麻呂公
http://ww36.tiki.ne.jp/~wakeasomi/newpage3.html
天平5年(733)備前国藤野郡(現和気町)に生まれる。奈良の都に武官として出仕、近衛将監となる。
神護景雲3年、僧道鏡が皇位を望むとき、宇佐八幡宮(現宇佐神宮)に勅使として詣で、神託を受け復奏、その野望を阻み国家の危機を救った。
その後、桓武天皇の信頼を得て、摂津大夫・民部卿として長岡京の造営、摂津・河内両国の治水工事に当たった。
延暦13年(794)和気清麻呂公の建言により平安京に遷都。造営大夫として新京の建設に尽力した。
また、和気清麻呂公は、備前美作両国の国造を兼ね、延暦7年、和気郡の河西に新しく磐梨郡(現赤磐市)を独立させ、農民の便宜をはかった。

日本後紀には「人と為り高直にして、匪躬の節あり」「故郷を顧念して彼の窮民を憐れみ、忘るることあたはず」と称えられている。延暦18年(799)に67歳で没した。



和気清麻呂は平安京の父とも言えるわけだ。



Part9 『日本のエルサレム』
http://www.geocities.jp/shimaguni_konjyo/column_shinto_09.html
平安遷都
「794(鳴くよ)うぐいす平安京」
日本人なら誰もが知っているこの有名な世紀の一大プロジェクトにも秦氏は深く関係している。

平安京の造営長官は藤原小黒麻呂。藤原北家(※1)の人間で山背派(※2)。

直江兼次や織田信長、豊臣秀吉とか歴史上の知名度ある人物が選ばれているのなら、こんな疑問はわくはずもない。
そして彼の妻は秦氏だった。そしてその父は秦氏のなかでも有力者秦島麻呂である。山背国では知らないものはいないほどの地元の名士であった。
彼は遷都のための土地提供、そして資金までも提供した。

秦氏が古代イスラエル人の末裔であると見られていることは以前にも書いた。
東へ東へと移住し、そして海を渡った彼らはある記憶が重なった。
かつてモーセに率いられエジプトを脱出し、海を渡った彼らの先祖は「約束の地」カナンでエルサレムを建設した。

日本にやってきた秦氏も日本にカナンを見た。そして彼らの先祖が行ったように、そこに「平安京(エル・シャローム)」を建設した。
エルとは都・京、シャロームとは平安という意味のヘブライ語である。
すなわち、平安京とはユダヤ人の聖地「エルサレム」そのものなのだ。
((引用終わり))


■ 秦氏が古代イスラエル人の末裔・秦氏
Part3 『秦河勝公とは?』
http://www.geocities.jp/shimaguni_konjyo/column_shinto_03.html
秦氏は、しばしばユダヤとの関係が言われる一族である。この赤穂(あこう)という地名も古代イスラエルの港町アッコーからとったのではないかとさえ言われている。
(引用終わり)

秦氏によるユダヤ文化の導入:
http://www.ne.jp/asahi/davinci/code/history/japan/index1.html
ここで、最も驚くべきことは、大和朝廷を建て上げるために天皇家を大いに助けた秦氏一族は、クリスチャン、しかも、ユダヤ教的な(あるいは、ユダヤ人の)、しかも、原始キリスト教徒(一部、景教徒も含む)であったことである。
それは、秦氏が設立にかかわった宗教的な建物や習慣に、ヘブライ語や旧約聖書の儀式・慣習といったユダヤ性だけではなく、新約聖書からの教理や教えが、秦氏が渡来した初めから含まれているからである。
(引用終わり)



古代ユダヤの流民であると論じる識天皇家の混血を阻止し、古代ユダヤのエルサレムを模した平安京を京都に築いた和気清麻呂が日本の紙幣の肖像を飾るのか。それこそ日ユ同祖論の一つの証拠ではないか、と思わずにはいられない。



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