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2011年を超えてはいけないゲームに文字通り体を張って参加させられていた平田信。

2012/01/11(Wed) 14:16

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2011年大晦日。今にも日付が変わってしまうといった頃合いに、一人の重要手配犯が丸の内署に出頭した。500万円の懸賞金がかけられていた重要指名手配犯、平田信である。オウム真理教事件に係わる重要参考人として顔写真付きの手配ポスターが日本のあちこちで貼られていた三人の特別手配犯の一人である。

16余年の逃走の果て、平田はどうしても2011年の内にされなければならなかった。

平田はランナーなのか?

後ろを振り向かずに、ただゴールに向かって全速力で走り続ける。『2011年を超えたら失敗』的なゲームに参加させられていたのではなかったか。

だから、当方は、いつもよりも平田は拉致監禁されていたのではないか、と疑ってしまうのである。


“オウム” 平田容疑者を NHKニュース

東京の公証役場の事務長の監禁致死事件などで、平成7年に特別手配されていたオウム真理教の容疑者が、31日の夜遅く、東京の丸の内警察署に出頭し、警視庁は監禁致死の疑いでしました。平田容疑者は、「事件から時間がたったので、一区切りつけたかった」などと話していて、容疑の一部を否認しているということです。

タイホされたのは、オウム真理教の幹部だった容疑者(46)です。平田容疑者は、31日午後11時50分ごろ、東京の丸の内警察署に出頭しました。

警視庁の調べによりますと、平田容疑者は平成7年2月28日、東京・品川区の公証役場の事務長だった假谷清志さん(当時68)を品川区内の路上でレンタカーに乗せて監禁したうえ、山梨県上九一色村の教団施設で薬物を注射して死亡させたとして監禁致死の疑いが持たれています。

平田容疑者は、この事件の翌月に東京・杉並区のマンションで時限式の爆発物が爆発した事件にも関わっていたとして2つの事件で全国に特別手配され、警視庁などが行方を捜査していましたが、31日夜、丸の内警察署に1人で出頭してきたということです。

調べに対し平田容疑者は、出頭の理由について、「事件から時間がたったので一区切りつけたかった」などと話しているということです。また、容疑については、「車を運転していただけだ」などと一部を否認しているということです。

警視庁は、平田容疑者が教団の起こした一連の事件でどのような役割を果たしたのかや17年近い逃亡中の足取りなどについて調べることにしています。また、すでに時効になった警察庁の國松元長官が狙撃された事件についても事情を知っている可能性もあるとみて捜査することにしています。

--転載ここまで--


ある意味、カイジの世界だ。2011年の大晦日に開放され、『今年のうちにされなければ全てが終わる』的なゲームのランナーとして、平田は走りだしたのだ。




とにかく、2012年元旦はオウム真理教の重要手配犯の一人である平田信の話で持ちきりであった。日本の至る所で顔写真付きの手配ポスターが掲げられ、知名度でいえば有名芸能人レベルであるのにもかかわらず、16年もの間、『失踪』していた稀代の逃亡犯は大晦日という年の節目にひょっこり現れたことも甚だ奇妙であるが、それにしても、あっけない幕切れであった。

まるで、二年七ヶ月の歳月を経て、ひょっこり大阪南港のフェリー乗り場待合室に現れた市橋達也の如しである。

そして当方はこう思わざるを得ない。オウム真理教麻原彰晃の側近でボディガード的な立場にあった平田は16年間も彼自身の意志で逃亡を続けたのだろうか。本当は、全ての罪を着せるべく拉致され監禁されていたのではないか。島流しのごとく、誰にも見咎められない場所に連れ去られ、何重もの遮断壁の中に閉じ込められていたのではないか。

しかしながら、平田が自らの意志で自首を決断したとして、完全無罪を見込んでいれば16年の逃亡の末、自首に至ったことにも説明が付く。

オウム真理教事件に係わる重要被告の公判は2011年11月の遠藤誠一死刑確定を最後に全て結審している。先に取り上げた記事の中にもあるように、オウム事件は一つの区切りを迎えている。平田の供述により、影響されるものではない。

平田に掛けられた嫌疑は目黒公証役場刈谷さんに対する監禁致死容疑であるが、刈谷さん死亡に関わった直接証拠はない。

そもそも、被害者の死体は挙がっていない。死体が挙がっていなければ殺人が適用できる訳が無い。

刈谷さん事件の前に宗教学者爆破事件の容疑者としてタイホ状が取られてはいるが、重要なのは地下鉄サリンに係わる嫌疑や射撃手として国松長官狙撃事件の嫌疑はかけられていたものの、タイホ状は出されていない。すなわち風伝により嫌疑はあっても証拠がない状態だ。

つまり、オウム事件が発覚した当時から行方不明であったことは間違いないのだが、地下鉄サリン事件に関わった証拠も刈谷さん監禁致死に関わった証拠も存在しない。計画を実行した一人だの直接関わっただのはすでに結審したオウム幹部たちの証言からである。

ヒラタは法廷戦術で理論武装し、下手なことをしゃべらなければ、無罪の可能性すらあったということだ。

平田が無罪を勝ち取るとすれば、自首後の取り調べに否認、黙秘し、調書に捺印せず、公判で無罪を訴えることである。さすれば、場合によっては容疑は否定できる。刈谷さんの死亡に係わる証拠も、オウム真理教が起こしたと言われている(当方はそうは思わない)重大事件に係わる証拠も一切存在しないのだ。

大晦日の賑わいに紛れては自首したのだが、やはり、無罪の見込んでいたからこその決断で有り行動でなければ説明のつけようがないのだが、しかし、実際は、平田は法廷戦術も無罪になるための理論武装も身に付けていなかったようだ。かつてオウム擁護派であった宗教学者の島田裕巳に対する爆発物取締罰則違反容疑については、全面的に認めてしまっている。



【平田容疑者】アレフ関係者ら聴取へ 爆破事件「責任取る」と関与認める 警視庁
2012.1.4 01:36

 オウム真理教元幹部の容疑者(46)がされた東京・目黒公証役場事務長、仮谷清志さん=当時(68)=監禁致死事件で、警視庁は3日、平田容疑者の逃亡を長期間にわたり手助けした支援者がいるとの見方を強め、教団主流派団体「アレフ」の関係者などから任意で事情聴取する方針を固めた。平田容疑者は逃亡当初、教団側から逃走資金を受け取り、女性信者(49)と一時潜伏していた形跡があることから、アレフなど教団関係者からの任意聴取は不可欠と判断したとみられる。

 一方、宗教学者の島田裕巳さん(58)元自宅が爆破された事件について、平田容疑者が「「そのことについて責任を取るために来た」と関与を認める説明をしていることが3日、捜査関係者への取材で分かった。警視庁は爆発物取締罰則違反容疑で再する方針。

 警視庁によると、平田容疑者は潜伏先について「人に迷惑がかかるから言わない」と話した。職業については「働いていない」としたが、現金約10万円を所持していた。整形手術も施さず、容姿は手配時とほぼ変わっていなかった。

 警視庁はこうした状況から、1人で16年10カ月にわたり逃亡を続けることは困難で、逃亡を手助けした支援者がいるとみている。任意聴取はアレフなど教団関係者のほか、平田容疑者の知人らも対象に幅広く行われるとみられる。聴取は参考人としてだが、支援者と判明すれば犯人蔵匿や犯人隠避罪が適用される可能性もある。

 また、「仮谷さんを拉致した車に複数の元教団幹部らが同乗していた」と供述したことも、捜査関係者への取材で分かった。平田容疑者が挙げた人物は井上嘉浩死刑囚(42)らで、警視庁は平田容疑者の役割などについて事情聴取する方針。

--転載ここまで--




自ら有罪になるようなことを口にするのは、どうも解せない。平田はどうも、一つの情報も得ない場所に監禁されていたのではないだろうか。伝聞以外に知り得る情報は得られなかった。そんな場所で平田は16年の大半を過ごしたのではないだろうか。

無罪を勝ち取るために出頭したのでなかったとしたら、平田はなぜ16年の逃走をフイにするようなことをした?そもそも自分の意志で逃走を続けたのか。組織的に拉致され監禁されていたのではなかったか。




ランナーは大晦日の賑わいに紛れて出頭した。しかしながら、ランナーの大晦日の行動が詳述されていくにつれ、そのあまりにも不可解な行動に首をかしげてしまうのである。平田はどうしてもされたかった。されなければならなかった。はっきりいって、その執拗さは常軌を逸している。なにが平田をここまでさせたのだろうか。



【平田容疑者】平田容疑者 警視庁本部で門前払い 「特別手配の者です」に「交番行って」
2012.1.3 08:11

 警視庁丸の内署に出頭してされた平田信容疑者(46)が当初、東京・霞が関の警視庁本部を訪ね、警備で庁舎前に立っていた機動隊員に名乗り出て出頭しようとしていたことが2日、捜査関係者への取材で分かった。隊員は人物照会や身柄確保などの対応を取らなかったことから、警視庁は問題がなかったか詳しい経緯を調べる方針。

 捜査関係者によると、平田容疑者は12月31日午後11時35分ごろ、庁舎正門に来て、警備中の隊員に「平口です。出頭してきました」と告げた。しかし、隊員は「近くに丸の内署や交番があるから、そこへ行ってください」と指示。平田容疑者が「特別手配されている者です」と言っても、聞き入れなかった。

 平田容疑者はその後、約650メートル離れた丸の内署へ徒歩で向かったとみられ、同11時50分ごろ、丸の内署の宿直署員に名乗り出た。

※警視庁と丸の内署間は信号を見て大体十分の距離と見ていい。
警視庁 から 丸の内警察署 - Google マップ


 隊員は警視庁に「髪が長く茶色で、顔もふっくらしているように見えた。身長も180センチもないように見え、手配書の平田容疑者とは別人と思った。年明け直前でいたずらも多い時間帯なので、悪質ないたずらと判断した」と話している。

 警視庁によると、平田容疑者は髪は伸びていたが、整形はしていないとみられ、顔の特徴や体形も手配時とほとんど変わっていなかったという。

--転載ここまで--




【平田容疑者】「ずっと国内にいた」 警察へ10回電話も話し中
2012.1.4 01:30

 平成7年2月の東京・目黒公証役場事務長監禁致死事件でされたオウム真理教元幹部、(まこと)容疑者(46)が3日、接見した弁護士2人に16年10カ月の逃亡生活について「ずっと国内にいた」と話していることが分かった。滝本太郎弁護士が明らかにした。出頭日の行動に関しては、JR大崎駅から警視庁大崎署に行った説明しているというが、それ以前の足取りは明らかになっていない。警視庁は周辺の駅の防犯カメラや切符などを分析し、足取りの裏付けを進める。

 滝本弁護士によると、平田容疑者は12月31日午後9時ごろ、JR大崎駅から大崎署に着いた。署内への入り方が分からなかった上、自分の手配ポスターも見つからず、署員の姿もなかったため「捜査本部ではないのかな」と思い、同署への出頭をあきらめたという。

 大崎駅へ戻る途中の公衆電話から、警察当局が教団特別手配容疑者の情報提供を求めるフリーダイヤルに電話すると、話し中でつながらなかった。電話は約10回したという。

 その後、「ヒラタの担当はどこか」と自ら110番通報。指示された警視庁本部に行くことにした。
 警視庁本部へはJR山手線を利用して恵比寿駅に行き、地下鉄日比谷線を経由して霞ケ関駅から向かった。同日午後11時35分ごろ、本部庁舎前で警備の機動隊員に「ヒラタです。出頭しにきました」と告げたが、悪質ないたずらと判断され、丸の内署や近くの交番に行くよう促されたため、歩いて丸の内署に行き名乗り出た。

 その際「僕って背が高いでしょ」と玄関前にいた女性署員に言うと、「嘘? 本当にそうなの」と驚かれ、署内に引き入れられたという。

 平田容疑者のこれらの行動については、フリーダイヤルへの架電を除いて警視庁でも確認している
 滝本弁護士は大崎駅以前の足取りに関しては「ノーコメント」としたが、逃亡生活について平田容疑者は「ずっと国内にいた」と話しているという。

 一方、捜査関係者によると、12月31日夜に平田容疑者と似た人物が新幹線のJR品川駅改札口付近を歩いている姿が防犯カメラに写っていたが、映像を分析したところ別人と判明した。

--転載ここまで--



出頭する理由はなんにせよ、一度門前払いを食らった時点で諦めてしまわないか。しかし、平田は大崎署の入り方が分からなかったことで諦めることなく、次に霞が関にある警視庁本部を目指すことになる。そして警視庁でも無下に扱われ、そこでも諦めきれずに丸の内書を目指すことになる。平田の、これほどまでの『出頭しなければならない使命感』はいったいなんなのか。

平田は本当に自分の意志で逃亡し、16年もの長きにわたって姿を晦ましたのだろうか。


平田はランナー?




次に記事は平田が出頭時所持していたものの中に三万数千円分のハイウェイカードが含まれていたことを報じたものである。



【平田容疑者】出頭時にハイカ所持 逃亡生活解明の手掛かりか
2012.1.5 08:13

 1995年の公証役場事務長、仮谷清志さん=当時(68)=監禁致死事件でされたオウム真理教元幹部、容疑者(46)が出頭時にハイウェイカード(ハイカ)3万数千円分を持っていたことが5日、捜査関係者への取材で分かった。

 ハイカは2006年3月いっぱいで廃止されたが、警視庁は使用履歴が17年近くに及ぶ逃亡生活を解明する手掛かりになる可能性があるとみて解析を進める。

 捜査関係者によると、平田容疑者は現金約10万円と着替えなどを持っていたが、ハイカについては所持の理由を明らかにしていない。

 東日本高速道路によると、残っている金額分は自動料金収受システム(ETC)への付け替えや払い戻しを受け付けているが、払い戻しは郵送のみで受け付けている。
 
--転載ここまで--



ハイウェイカードは当の昔に廃止されている。2006年である。ハイウェイカードで高速料金を支払うことは不可能だ。なのに、なぜ平田は所持していたのだろうか。

ハイウェイカード廃止に伴う払い戻しの期限は設定されておらず、以下のページにあるPDFに必要事項を記入して郵送、後日指定口座に振込という手はずを踏むことになる。

首都高速道路株式会社|ハイウェイカードの払戻し等について
http://www.shutoko.jp/inquiry/tel/coupon/coupon_back.html

つまり、平田が所持していた3万数千円分のハイウェイカードはいつでも払い戻せるのは確かだ。高速道路を利用する目的で所持していたわけではなく、あくまでも換金用として所持していたのかもしれない。

出頭時、このハイウェイカードが換金されていなかったという事実を突き詰めれば、16年間の逃亡生活の間、全く金に困らなかったのか、あるいは、平田自身が自由にできる口座がなく、換金したくても出来なかったかの二通りが考えられる。他方で、平田はハイウェイカードが廃止されていたことすら知らなかったのではないかという疑念が浮上する。


そして、平田が上京する前に、大阪に居たことが判明する。



平田容疑者「奈良で就労」情報 警視庁、現地に捜査員
2012.1.8 08:56 [オウム事件]

 東京・目黒公証役場事務長の監禁致死事件でされたオウム真理教元幹部、(まこと)容疑者(46)の逃走生活に関して、「2年前に奈良県で働いていた」といった情報が警察に寄せられていることが7日、捜査関係者への取材で分かった。警視庁は大阪に加え、奈良県にも捜査員を派遣した。

 平田容疑者がアパートなどに潜伏していた可能性もあることから、大阪府を中心に不動産業者らからも事情を聴き始めている。

 また、平田容疑者は昨年12月31日に新大阪駅から上京して出頭する前、奈良県方面から大阪市営地下鉄御堂筋線に乗車。その際、不審な途中下車を繰り返しながら新大阪駅に移動していたことも新たに分かった。

 奈良県橿原(かしはら)市から移動し、途中の大阪・天王寺で教団関係者と接触したという情報もあることから、橿原市から天王寺までをつなぐ近鉄南大阪線の橿原神宮前駅から防犯カメラの映像や切符を回収して分析を進めている。

 ほかにも、御堂筋線を中心に約30駅の防犯カメラの映像も分析している。

 捜査関係者によると、御堂筋線の天王寺駅となんば駅ホームの防犯カメラに、マスクをつけた平田容疑者に似た人物が写っていた。乗っていた電車を1度降りて再乗車したとみられるが、改札を出る姿は確認されていないという。

 新大阪駅には、同線の途中で乗り換えをする必要はないことから、平田容疑者が何者かと接触するため、あえて下車した可能性もあるとみられる。


 平田容疑者が出頭時に着ていたダウンジャケットやシャツのタグが取り外されていたことも判明。タグに記載された製造元から潜伏先が特定されるのを避けるため、外したとみられる。

--転載ここまで--




【平田容疑者】教団関係者と接触か 奈良・橿原から天王寺へ
2012.1.7 07:00更新

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 東京・目黒公証役場事務長監禁致死事件で、16年10カ月の逃亡の末にされたオウム真理教元幹部、(まこと)容疑者(46)が、警視庁丸の内署に出頭してから7日で1週間。接見した弁護士には教団や麻原彰晃死刑囚(56)=本名・松本智津夫=との決別を強調するなど冗舌に語るものの、取調官にはときに敵意をむき出しにするという平田容疑者。奈良県橿原市から新大阪を経て出頭したとみられ、大阪・天王寺で教団関係者と接触したとの情報もあり、警察当局で確認を急いでいる。

「全面戦争」名残

 「他人に迷惑をかけるので」。捜査関係者によると、平田容疑者はしばしば供述を拒むという。事件について「犯行計画は知らなかった」と犯意を否認。取調官の質問に答えず、にらみつけることもあった。

 一方、接見した滝本太郎弁護士を通じてみえる顔はまったく違う。「(麻原死刑囚の)法廷での情けない態度を知って、教団への気持ちが離れた」「自分は非常に罪深い人間」「社会に大きな不安を与えてしまいおわびの言葉もない」。率直に反省の弁を口にしている。

 ある捜査幹部は「事件当時、警察とオウムは『全面戦争』をしていた。警察に対する不信感や敵対心は簡単にぬぐえないのだろう」と分析する。

弁護士には冗舌

 警察には話さなかった出頭までの足取りについて、弁護士には話し、報道などを通じて知った警視庁が後から確認したこともある。

 出頭前に警察のフリーダイヤルに10回以上電話して電話中だったことや110番通報したことも主張したが、それも警視庁は当初聞かされていなかった。急いで確認したところ、その時間帯、フリーダイヤルへの着信はなかった。

 また、平田容疑者は取り調べ中に「寒い」と漏らすことが多いという。取り調べ場所の大崎署は3年前に建設されたばかりで、暖房設備は新しい。取調官はワイシャツ姿で取り調べに当たっており、ある関係者は「異常な寒がりようだ。相当暖かい場所にいたので、寒暖の差を感じるのではないか」と首をひねる。

 捜査関係者らの間では「海外で、南方に潜伏していたのではないか」との観測も出ている。

御堂筋線で新大阪

 出頭前の足取りも、徐々に絞り込まれている。

 捜査関係者への取材では、平田容疑者は昨年12月31日に出頭した直前、奈良県橿原市内から大阪市内の天王寺駅に移動し、教団関係者と接触したとの情報もあり、警察当局は確認を急いでいる。

 その後、地下鉄御堂筋線を利用してJR新大阪駅に行ったという。警視庁の捜査では、新大阪駅とJR山手線の品川駅構内で防犯カメラに平田容疑者の姿が写っているのが確認されている。

 警視庁は平田容疑者が新大阪駅から東海道新幹線でJR品川駅に行き、大崎駅から大崎署に寄った後、恵比寿駅を経由して霞ケ関駅から警視庁本部、丸の内署へ移動したとみている。

 警視庁は平田容疑者が関西地方に潜伏していた疑いがあるとみて、大阪などに捜査員を派遣。御堂筋線の駅の防犯カメラの映像を収集して分析するなど、平田容疑者の足取りを詳細に調べている。

 また、平田容疑者は逃走直後、教団から1千万円の資金を受け取ったとされるが、逃亡生活を組織的に支援した者がいる疑いもあるとみて、オウム真理教から分派した「アレフ」関係者らから任意で事情聴取を進める。大崎署捜査本部の陣容も60人から100人態勢に増強した。

 警視庁幹部は、オウム事件で特別手配中で現在も逃走している高橋克也(53)、菊地直子(40)両容疑者の潜伏先についても、「平田容疑者の潜伏先が分かれば、2人の逃走経路も割り出せる可能性がある」と期待を寄せている。

--転載ここまで--



なぜ、大阪で出頭しなかった?

なぜ、東京を選んだ?

なぜ、2011年のうちに捕まらなければならなかった?執拗に。諦めず。

2011年大晦日の夜、大崎署から警視庁本部、交番から丸の内署まで渡り歩き、出頭への意欲をのぞかせたわけだが、なぜ、大阪で出頭しなかったのか。

十六年間逃げ果せた平田は出頭を決意する。だが、警察は取り合わなかった。平田は大崎署での出頭を諦めたおり、警視庁本部に向かうことになるのだが、ここで意味深な行動を取る。恵比寿駅から東京メトロ日比谷線に乗り換え、霞が関駅で降りている。東京メトロ日比谷線、さらには霞ヶ関駅。平田は大胆にも地下鉄サリン事件の軌跡を辿っているのである。しごくシンボリックである。

平田は東京でされる理由があったはずだ。その理由はわからないが、少なからず言えるのは、平田は大阪ではされるような行動を取らなかったということだ。御堂筋線の防犯カメラで確認された平田に似た人物はマスクを着用していたという。少なくとも大阪に居た平田は注意を払いながら行動していたことは明らかだ。




平田は、平田自身の元へ情報が一切入ってこない環境に置かれていたのかもしれない。そう思わせたのが、平田の麻原に対する現状認識である。すでに廃人と化し会話すらままならない麻原彰晃の現状を全く把握していないようだ。オウム事件以降のオウム真理教内部に潜入したドキュメンタリフィルム『A』『A2』、両映画の監督、森達也が書き下ろした『A3』などに目を通してはいないようだ。森達也自身、法廷で奇声を発する麻原を目の当たりにして、詐病ではないという結論に達しているのだが、事件当時の印象をもって詐病だと決めつけていることは注目に値する。どうも、自ら見聞きした情報を元にしているとは言い難い節がある。







【平田容疑者】麻原死刑囚は「詐病だと思う」 平田容疑者、弁護士に話す
2012.1.7 14:36

 東京・目黒公証役場事務長、仮谷清志さん=当時(68)=監禁致死事件でされたオウム真理教元幹部、容疑者(46)が、一連のオウム事件の裁判で意味不明な発言を繰り返すなどした元教祖の麻原彰晃死刑囚(56)=本名・松本智津夫=について「詐病だと思う。そういうことをする人間だ」と話していることが7日、接見した滝本太郎弁護士への取材で分かった。

 滝本弁護士によると、平田容疑者は接見の際、5年前に麻原死刑囚の写真を捨てたことに改めて触れ、「なかなか捨てられず、裏返しにしてハサミで何回も切って、小さくして捨てた」と話した。

 接見中は号泣しており、仮谷さん事件について「平成8年ごろ、仮谷さんの奥さんがテレビで『雨が降ったら、いまでも夫から電話がありそうな気がする』と話すのを聞いて、申し訳なくて、申し訳なくて泣いた」と説明したという。

 今月1日の時の自分の写真が、6日になって公開されたことについては「当然出ると思った。いままで出なかったのが不思議だ」と話した。

 逃走中だった18年に父親が死亡した後も、家族には「連絡していない」と話したという。これまで出頭しなかった理由については、実行犯として疑われたことがある7年3月の警察庁長官銃撃事件を改めて挙げ、「長官事件のが怖くて出られなかった」と説明したという。

 長官銃撃事件については22年3月に公訴時効を迎えており、平田容疑者は関与を否定している。

--転載ここまで--

平田容疑者「麻原の法廷での態度を見て不信感」(12/01/04) - YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=4AVtbRw_qpw


続く。



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Category:オウム特別手配犯平田の出頭

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2011年を超えてはいけないゲームに文字通り体を張って参加させられていた平田信。2

2012/01/11(Wed) 16:56

前回のブログエントリでは、先の元旦に大騒ぎになった平口信逮捕を考察した。

2011年を超えてはいけないゲームに文字通り体を張って参加させられていた平田信。

『どうにか来年を迎える前に捕まえてください!』平口は土下座せんとする勢いで自首を懇願した。

自首できた平口信は安堵しているのだろうか。それとも新たな脅威に怯えているのだろうか。

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2012年に年が変わる10分前。平口は丸の内署で逮捕される。2012年の10分前にギリギリ間に合った平田信は、一体何を賭けていたのだろうか。出頭と引換に、何を助けたのだろうか。

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16年間閉じ込められたオウム麻原のボディガードは、2011年の大晦日、突然大阪で解放された。

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2012年を迎える前に、東京で自首する。大阪で解放されたランナーはひたすらにゴールを目指す。時間を気にしながら、ただ、ひたすらに、指定された東京中枢を目指す。途中、地下鉄サリン事件の舞台である霞ヶ関駅を寄れ、というミッションのおまけ付きだ。誰かに何かを指示され、ランナーはひたすらにゴールを目指した。


平口が逮捕されて10日経ち、斎藤明美という元信者が出頭した。平口は彼女を守ろうとしたのか。それとも、彼女は自らの危険を案じ、我が身を防護壁の中へと置くことにしたのだろうか。

女性協力者か、檻の中に閉じ込められていた時、平田の面倒を見た看守役か。もしかしたら、平口自身、彼女の顔を見たこともないかも知れない


「【平田信容疑者逮捕】斎藤明美容疑者のコメント全文「偽りの人生終わりに」」:MSN産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/smp/affairs/news/120110/crm12011022090037-s.htm
2012.1.10 22:09

 滝本太郎弁護士が10日明らかにした斎藤明美容疑者(49)のコメント全文は以下の通り。

 本日、私、斎藤明美は平田信に長い間、隠れ場所を提供したことを告白し、自首致しました。皆さんには私の出頭が遅くなったことに深くおわび申し上げます。平田と私とは、私のその罪について、16年の歳月が過ぎ、手配もなくなり、とうに罪がなくなったと思っていました。そこで後日、私は弁護士の方に相談し、12月31日、平田だけ出頭することにいたしました。その結果、かえって今、混乱し、社会にも不安を与えました。

 平田とは面識があって尊敬していました。逃げ始めた当時、平田が関与したという事件も平田との関係も知りませんでした。平田が手配されたことも逃走後に知りました。その後、福島(福島第一第二原発)、宮城(女川原発)、青森(東通原発)、仙台と逃げました。仙台では料亭で住み込みで働きました。その後、大阪に向かい、3カ所で計15年あまり、1年、7年、7年と3カ所に住みました。仲居、喫茶員、事務員の仕事をしましたが、私の知る限り、住まいの移動の時以外、平田は外には一歩も出ませんでした。警察や周囲の方に見つかりそうになるたびに、移動していました。()←筆者注

 私と平田は報道で色々な事件を知り、特に坂本弁護士一家の事件についてオウム教団のしたことだったことに驚きました。教団では教祖麻原は絶対者でした。人の全ての輪廻(りんね)転生を握っていると信じ切っておりました。教団信者には現実感覚がなく、現世は実際に幻と感じていました。異常な世界でした。2人は麻原の法廷での態度に失望しました。平田は仮谷さんの奥さんの言葉を聞いて出頭しようとも悩んでいましたが、私も平田も(平田が)、国松(孝次警察庁長官銃撃)事件の主犯とみられていたことから、国松事件で逮捕されなくなるまでは出ないと決めました。

 昨年の東日本大震災は大きなショックでした。昨年11月末に平田は出頭すると言い始めました。12月31日夕方、私は平田を見送りました。年末年始だからそんなに大きなニュースにはならないだろうとも考えていました。そして平田は私を守ろうという一心でした。

 特に大阪の人にはおわび申し上げます。偽名で勤務し、長く皆さんをだまし続けてきました。その上にさらに迷惑をかけてしまいます。本当に申し訳ありません。家族、親族、友人のみなさまにもずいぶん迷惑をかけました。深くおわび申し上げます。今日、私は自首をしました。オウム事件の被害者の方には長く逃げていて本当に申し訳ありませんでした。今日、私は17年ぶりに本名を名乗りました。私はずっとずっと偽名で生活し仕事をしてきました。そんな偽りの人生は終わりにします。

--転載ここまで--


平口が参加しているゲームはまだまだ続いている。何がこの先待っているかは知る由もない。




Category:オウム特別手配犯平田の出頭

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少し平田が出頭した大晦日23時50分という時間にこだわってみる。

2012/01/14(Sat) 02:35

2011年を超えてはいけないゲームに文字通り体を張って参加させられていた平田信。

2011年を超えてはいけないゲームに文字通り体を張って参加させられていた平田信。2

今回のブログエントリは、先に逮捕されたオウム真理教特別手配犯の一人である平口信が出頭した大晦日の夜について突き詰めていきたい。"2011年を超えてはいけないゲーム"のランナーとして平口が強制参加させられたという視点。平口は、どうしても2011年のうちにタイホされなければならなかった。平口が東京に姿を見せた後の足取りを追っていくと、その異常なまでのタイホされることへの強迫観念めいたものが浮き彫りになっていく。

そして、こう考えざるを得なくなる。

平口はなぜ、ここまでして、タイホされなければならなかったのか。

平田は”2011年を超えてはいけないゲーム”のランナーではなかったか。




2011年大晦日。平口はJR大崎駅を出ると大崎署に向かったという。午後21時のことである。署に門番がいなかったことや署の入り口が分からなかったことで平口は大崎署に出頭することをあきらめた。そして、オウム真理教専用情報提供フリーダイヤルに10回くらい電話をかけるも繋がらず、110番報し、自身の出頭先の指示を仰いでいる。

平口は恵比寿駅から日比谷線を乗り継いで霞が関駅を降り警視庁本部に向かうことになる。もう、新年まで一時間を切っていた。

警視庁本部庁舎前
警視庁本部庁舎前

「平口信です。出頭しに来ました」

大晦日が明けようとしている頃合いである。まさか警視庁本部庁舎を警備する警備隊員も、まさかオウム真理教の特別手配犯の一人が出頭してくるなどと微塵も思わなかっただろう。平口に応対した警備隊員はイタズラだと思い、平口を日比谷公園前交番か道路を挟んで向かい側にある丸の内署への出頭を促した。

警視庁本部庁舎 から 丸の内警察署 - Google マップ2

警備員は取り合ってくれない。もう時間がない。平口は諦め、警備隊員に促された先の丸の内署に向かった。警視庁本部で平口が確認されている時間は23時35分である。もう、30分を切っている。

丸の内署は警視庁本部庁舎前から900メートル、徒歩11分の距離にある。

<警視庁本部庁舎 から 丸の内警察署 - Google マップ3

途中大きな交差点が2つあるが、日比谷公園前交番がある交差点は三車線以上が交わる交差点なので、信号に引っかかれば、数分はロスすることになる。平口は焦っただろう。

平口はどうしてもタイホされたかった。姿を暗ませた16余年をフイにしてでもタイホされなければならなかった。まるで命を賭けたゲームのようだ。大事なものを失うゲームのランナーとして、平口は今年中にタイホされなければならなかった。

日比谷公園を尻目に、平口は半ばかけ出すように丸の内署方面に向かっていったに違いない。

警視庁本部庁舎 から 丸の内警察署 - Google マップ4

平口は息を切らしつつ、丸の内署の門番の女性署員に自分がオウム真理教特別手配犯の一人、平田信であるとアピールした。

警視庁本部庁舎 から 丸の内警察署 - Google マップ

門番の女性署員は毎年恒例の、酔っ払いの悪い冗談だと思っていた。タイホされてこい。悪乗りした連中の罰ゲームの舞台に選ばれることもある。平口が必死に指名手配犯の平口だと訴えた所で門番の女性署員は取り合わなかった。もう、残すところ、あと何分かで新年を迎えようとしていたのだから当然といえば当然である。

「僕って背が高いでしょ」

平口は183センチメートルと長身であった。

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平口は、「捕まえてくれ、新年が始まる前に。」必死な思いでタイホを懇願した。やがて、平口信の身体的特徴の中に長身であることを思い出した女性署員は、平口かも知れないと職業的な直感が働き、所内に引き入れることになる。23時50分、日付が1月1日にかわる10分前だった。あと10分で2011年が終わり、新年を迎えようとしていた。

平口は、なぜ、タイホされることに執着したのだろうか。

特に、警視庁から丸の内署までの形跡をたどっていくと、もはや焦りしか見えてこない。

警視庁本部庁舎で平口の姿が確認されたのは23時35分。丸の内署で門番に署内に引き入れられ身柄を確保されたのが23時50分。平口が”2011年を超えてはいけないゲーム”のランナーだと考えた場合、ひとまずのゴールを迎えたことになる。

平口は一体何を体を張って守ったのだろうか。

平口がタイホされてから10日が経ち、元オウム女性信者が平口を匿っていたと大崎署に出頭した。

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彼女は弁護士に引き連れられ出頭し、犯人秘匿容疑でタイホされた。

平田が口を割らなかったのだから、名乗り出なければ罪に問われることはなかった。なのに、なぜは出頭したのだろうか。自らの身が無事であることを知らせるには有効だと思ったのだろうか。あるいは、彼女自身が治安当局に身を委ねることを望んだのだろうか。

福島、宮城、青森と、原発がある県を渡り歩き、平口を一歩も外に出さなかったとは逮捕前にコメントを弁護士に託した。彼女は、ゲームの人質になっていたのではないだろうか。

16余年の長い歳月を誰にも見咎められず逃げ果せた平口は、ドジを踏んだのだろうか。そんなわけはない。明らかに、強迫観念めいている。

さらにいえば、新大阪駅の防犯カメラでは平口は白いニットにマスク姿で人相を隠していたが、東京では警察署行脚でタイホを懇願する。白いニットとマスクは捨てている。なぜ大阪でタイホされることを避け、東京でタイホされなければならなかったのだろうか。

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平口は大崎署での出頭を諦めたあと、山手線で恵比寿、恵比寿駅から日比谷線を利用し地下鉄霞ヶ関駅で降り、警視庁に向かった。日比谷線と霞ヶ関駅は地下鉄サリン事件の象徴的な場所である。平口はなぜこのルートを選択したのだろうか。所持金10万円と使えないハイウェイカード3万円分。他にも行き方があっただろう。

平口のタイホを切望する執念の奥に、いったい何があるのだろうか。

そこまでして、自らのタイホと引換に、得るものがあるのだろうか。

「迷惑かかるから言わない」と高をくくった平口に対し、女性信者は出頭時に800万円の現金と自分が平口を匿っていたという証拠として平口の失効した免許証を持参したという。

斎藤容疑者800万円所持「教団からの残金と貯金」
http://news.tv-asahi.co.jp/ann/news/web/html/220112051.html

オウム元出家信者の女 平田容疑者の免許証を持参
http://news.tv-asahi.co.jp/ann/news/web/html/220112000.html

オウム元出家信者の女はある意図をもって『平口を匿っていた』と出頭してきた。平口が『匿ってくれたのは彼女』と言っているのではなく、本人は協力者の存在に関しては黙秘中である。女性信者の意図は今のところ妄想するしか無い。

今日未明付けで、『平田容疑者「プリズン・ブレイク』観ていた』という見出しの記事が配信されたが、正確にはレンタルしたのは女性信者である、逮捕前のひと月に借りたビデオが28本で、プリズンブレイクシリーズが含まれていたようである。

平田容疑者「プリズン・ブレイク」観ていた
http://news.tv-asahi.co.jp/ann/news/web/html/220113058.html

どうも、平口に16余年明確な意図をもって逃亡を続けた卑怯な犯人だという印象を刷り込みたいようだ。

かの島津論文ではオウム真理教のことを『海外諜報機関のフロント』だと説明している。オウム真理教とは教義もクソも宗教ではないのである。

2012年1月2日、平口のもとに面会に訪れた瀧本太郎弁護士は、オウムの毒ガス攻撃を受けたという。平口のもとにオウム被害者である弁護士を寄越したのは誰なのか。瀧本弁護士は、女性信者を大崎署に出頭に付き添った数日後、平田の弁護士を辞任することになる。理由は女性信者の弁護士を引き受けたからだという。どうも胡散臭い。瀧本とかいう弁護士も含めてだ。16余年の間、罪から逃れたいという明確な意志を持ち逃亡を続けたという印象操作するために現れたと考えるのは邪推だろうか。ひとまず平口が起訴されてから、”なぜ、平口はランナーとして走りだしたのか”を考えてみたい。



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注・平口→平田

Category:オウム特別手配犯平田の出頭

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少し強引に平田信と市橋達也を結びつけてみる

2012/01/18(Wed) 07:38

※FC2ブログのエディターの不具合で文字列が消える(しかも虫食い)現象が起きるため、カタカナ表記にしたりといろいろ試してます。先のエントリでは『平田』が消えたこともあり、『平口』に置き換えていたのだけれど、『平田容疑者』にすれば消えないこともわかり、この記事ではそう表記しています。他にも個人名などが消えている可能性があり、読みづらいかと思いますが、何卒ご理解のほどを。m(_ _)m



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2011年12月31日23時50分。あと10分で新年という年の節目に、オウム真理教の特別手配犯、平田容疑者は丸の内署で身柄を確保された。

その直前、平田容疑者は霞が関にある警視庁本部庁舎で「ヒラタです。出頭してきました。特別手配されている者です」と名乗り出るもイタズラだと勘違いした警備隊員に門前払いされる。23時35分。丸の内署で身柄を確保される15分前である。

平田容疑者は警視庁本部への出頭を諦め、丸の内署に向かうことになる。

警視庁本部庁舎 から 丸の内警察署 - Google マップ4


警視庁本部から丸の内署までは直線で約650メートルだが、日比谷通りと内堀通りの交差点を縦横に渡らなければならないことを考えると、どんなに急いでも最低10分はかかるだろう。15分のうち、移動時間を考慮すれば、丸の内署についてから署内に引き入れられるまでに要した時間は5分である。

たった5分。コーヒーを飲みながらたばこを一本吸い終えた程度の短い時間である。

平田容疑者は、警視庁本部同様に、出頭を申し出た丸の内署の門番署員に門前払いされたに違いない。しかし、平田容疑者は諦めず食い下がった。『「僕って背が高いでしょ」と玄関前にいた女性署員に言うと、「嘘? 本当にそうなの」と驚かれ、署内に引き入れられたという。』と産経配信の記事で報じていることを見ても、平田容疑者は必死にタイホを懇願したことが分かる。

【平田容疑者タイホ】「ずっと国内にいた」 警察へ10回電話も話し中
http://sankei.jp.msn.com/smp/affairs/news/120104/crm12010401340000-s.htm

悪戯だと取り合わない署員に対して、呼吸を整える間もなく、息も切れ切れに、『とにかくタイホしてくれ』と土下座せんばかりの勢いで自首を申し出たのだろう。

このように、平田容疑者の大晦日当日の足取りを追っていくと、強迫観念めいた『タイホへの執着心』が浮き彫りになってくる。時間的にみても、平田容疑者は新年を迎える前にタイホされたかったとしか考えられない行動をとっている。

タイホされることへの執着心をいえば、平田容疑者は警視庁本部に寄る前に大崎署にも立ち寄っている。大崎署は目黒公証役場假谷さん拉致事件の捜査本部を置く署である。大崎署での出頭を諦めた平田容疑者は110番して自身の出頭先の指示を請い、警視庁に出頭することを決める。

平田容疑者が大崎署に現れたのが夜21時頃。警視庁本部で平田容疑者の姿が確認された深夜23時半過ぎである。その間に平田容疑者はオウム真理教の情報提供フリーダイヤルに10回ほど電話したらしいが、話し中でつながらなかったという。

なぜ、平田容疑者はこうまでしてタイホされなければならなかったのか。

曲がりなりにも、16余年逃亡を続けてきたのではなかったか。

一億総監視の中、人目のつかない所で、息を殺して生きてきたのではなかったか。

なのに、『一区切りを付けたかった』という安易な理由で、それまでの逃亡生活を棒に振るような行動に打って出たのか。

大晦日深夜に警視庁本部で門前払いされた平田容疑者は諦めなかった。大晦日のうちに、新年を迎える前にタイホされなければならなかった。警視庁本部から丸の内署で身柄を確保されるまでに要した15分という短い時間が、平田容疑者に時間的なプレッシャーがあったことを示している。

平田容疑者のタイホされるための行動は、ある意味強迫観念めいてすらいる。


2011年大晦日当日、平田容疑者は新大阪駅から新幹線に乗り上京してきたという。白いニット帽にマスク姿。平田容疑者は大阪では怪しまれない程度に顔を隠し、慎重に行動していた様子が伺える。平田容疑者は500万円の賞金首である。少しでも目立ってしまえば即通報につながるリスクがあるのは確かだ。

新大阪駅の防犯カメラ
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平田容疑者は上京してから警察署行脚することになるのだが、丸の内署の防犯カメラに写る平田容疑者はニット帽とマスクはしていない。報道によれば、上京後に処分したという。

丸の内署の防犯カメラ
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あまりにも、大胆不敵である。

上京後、平田容疑者はニット帽とマスクを捨て、『オウム手配犯の平田容疑者です。出頭しにきました。タイホしてください』と大崎署、警視庁本部、丸の内署を渡り歩くことになる。この差異は一体なんなのか。

別に上京しなくとも、大阪で出頭すればいい話ではないか。

平田容疑者がどこでタイホされようと、取り調べを担当するのは大崎署に置かれている捜査本部か、あるいは警視庁である。大阪でタイホされようと、沖縄でタイホされようと、東京でタイホされようと、北海道でタイホされようと、東京に身柄を移されることには代わりがない。結局どこでタイホされても同じことだと言えるのだが、平田容疑者は大阪では慎重に行動し、上京してから、自らタイホを懇願する不可解な行動を取ることになる。

平田容疑者は東京でタイホされることにこだわりを見せた。言い換えれば、大阪でタイホされたくない理由は一体なんなのかということである。

今一度言う。

平田容疑者は2011年を超えてはいけないゲームのランナーだったのではないか?

500万円の賞金首が、新年を迎える前に東京で自首するゲーム。平田容疑者の周りにはゲームを楽しんでいる大人がいて、成功するか失敗するか、賭けている様が目に浮かぶ様である。

2011年の大晦日に突然解放され、東京でタイホされるべく上京した平田容疑者の16余年の逃亡生活は、自ら望んだものだったのだろうか。平田容疑者は拉致監禁されていたのではないだろうか。どこか、人目につかない場所で誰とも会話することなく、ずっと独りで過ごしていたのではないだろうか。



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今年2012年1月10日、大崎署に『平田容疑者のことを匿っていた』というオウムの女性元信者が出頭した。そして、犯人蔵匿(ぞうとく)容疑でタイホされることになるのだが、彼女は平田容疑者と16年8ヶ月一緒にいたと説明しているという。

オウム事件:出頭の元信者の女タイホ「16年8カ月一緒」 - 毎日jp(毎日新聞) :
http://mainichi.jp/select/today/news/20120111k0000m040080000c.html

先のブログエントリで平田容疑者が協力者をかばっている可能性を指摘したが、どうやら考えを改める必要があるようだ。

女性元信者が出頭して以降、今に至るまで平田容疑者の16余年の逃亡生活が少しずつ明らかになってきているのだが、当方は眉に唾をつけざるを得ない。『教団から匿う資金をもらい、残金が800万円』、『失効した平田容疑者信の免許証や衣服を持参』、『偽名で働き、偽名で部屋を借りた』等々、女性元信者は完黙する平田容疑者の代わりに喋りすぎている節がある。中には、アメリカドラマのプリズンブレイクをレンタルビデオで借りて一緒に見たと報じるものもある。プリズンブレイクは主人公が刑務所に入り、死刑囚の兄貴を救い出すという脱走劇である。さも平田容疑者がタイホ後に脱走を模索していたとでも言いたげである。

【平田容疑者タイホ】斎藤容疑者が免許証提出、携帯の通話記録解析も
http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/120111/waf12011122560038-n1.htm

【平田容疑者タイホ】斎藤容疑者供述「当初1年、大阪市内に」 出頭時は800万円所持
http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/120113/waf12011301530003-n1.htm

平田容疑者「プリズン・ブレイク」見ていた :
http://news.tv-asahi.co.jp/news/web/html/220114004.html

女性元信者の出頭に際して、そのきっかけを作ったのはかつてオウム真理教に毒ガスで襲撃されたという滝本太郎弁護士である。本当に毒ガスで攻撃されたのなら死んでなければおかしいのだが、滝本弁護士は1月2日に平田容疑者と接見し、弁護人として選任されたというのだが、以下の記事では、瀧本弁護士の働きかけにより平田容疑者から協力者の存在や連絡先を引き出し、出頭させたことが分かる。

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【平田容疑者タイホ】防犯カメラ〝伴侶〟追い詰め(1/2ページ) - MSN産経west :
http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/120112/waf12011211550012-n1.htm

滝本弁護士から「あなたをかくまった人を明らかにした方がいい」との進言を受けて、女性元信者の連絡先や自宅住所を明かしたというが、そもそも、平田容疑者自身が協力者の存在については完黙しているということを念頭に置いて考える必要がある。当方には、滝本弁護士が警察に協力しているとしか思えない。そもそも女性元信者を見つけ出すのは警察の仕事である。弁護士が平田容疑者の協力者に対して出頭を働きかけたところで、平田容疑者にプラスになることは何一つとしてない。平田容疑者の刑が軽くなるとか、嫌疑が晴れるとか、平田容疑者にとって有利に働くのならば話は分かる。

そして、滝本太郎弁護士は、女性元信者が犯人蔵匿の容疑でタイホされた直後に、平田容疑者の弁護人を辞任することになる。

【平田容疑者タイホ】弁護人の滝本氏が辞任「利害対立恐れ」
http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/120111/waf12011121200036-n1.htm

なぜに公判で対立する必要があるのか。平田容疑者が完黙する中、16余年の逃亡を裏付ける女性元信者を出頭させた真意はなんなのか。瀧本弁護士の行動にしろ、女性元信者の証言にしろ、いかんせん解せないものである。実のところ、平田容疑者が完黙したことを踏まえて、すでに女性元信者の出頭と滝本弁護士の派遣は予定されていたのではないかと訝ってしまうのである。

滝本弁護士が女性元信者に出頭させたことにより、平田容疑者が窮地に立たされたことは間違いない。


平田容疑者を匿っていたという女性元信者は福島、宮城、仙台と原発がある土地を渡り歩き、出頭するまでは東大阪市に潜伏していたという。当該部屋からは平田容疑者の指紋が見つかっているが、数えるほどしか確認されていない。さらにいえば、平田容疑者は部屋から一歩も外へ出ず、いわば軟禁状態だったはずなのに、室内に平田容疑者が潜伏していた痕跡が無かったという。

オウム事件:平田容疑者、居室に指紋数個のみ - 毎日jp(毎日新聞) :
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20120114k0000e040182000c.html

【平田容疑者タイホ】室内に平田容疑者容疑者の痕跡なし 衣服はなく布団も1組だけ 潜伏先マンション
http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/120111/waf12011116290032-n1.htm

警察の捜査が入る前に、平田容疑者の指紋を綺麗に拭き取ったとでも言いたいのだろうか。であるならば、平田容疑者を匿っていたという女性元信者はなぜ出頭時に平田容疑者の衣服を持参したのだろうか。平田容疑者と一緒に逃げてきた証拠だからである。だとしたら、女性元信者は部屋から平田容疑者の痕跡を消す必要は全くない。本当に潜伏先のマンションで平田容疑者と一緒に暮らしていたとするならば、証拠隠滅する理由が全く無いし、数個の指紋以外、平田容疑者の生活痕が何も出てこないということにむしろ違和感を覚えてしまう。

平田容疑者は、本当に東大阪市に潜伏していたのだろうか。協力者については何もしゃべろうとしない平田の代わりに16余年の逃亡生活を証言する女性元信者は平田容疑者のためになると思っているのだろうか。確実に言えることは、平田容疑者の罪を少しでも軽くしたいのであれば、出頭などせず、裁判が終わるまで逃げ回っている事以外にない。本人が完黙しているのだから当たり前だ。


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平田容疑者は大晦日当日、新大阪駅に向かう時、地下鉄御堂筋線の本町駅から電車に乗り込んだという。それを報じたのが以下の記事である。


平田容疑者 最寄り駅避け出頭
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120117/k10015318823000.html

1月17日 6時19分

オウム真理教の元幹部平田信容疑者の逃亡を助けていたとしてタイホされた元信者の女が、去年の大みそかに平田容疑者が出頭する際、東大阪市の自宅の最寄り駅ではなく、6つ離れた別の駅から地下鉄に乗ったと話していることが、弁護士への取材で分かりました。警視庁は、潜伏場所の発覚を免れようとしたとみて調べています。

オウム真理教の元信者の斎藤明美容疑者(49)は、教団の元幹部の平田信容疑者を東大阪市内のマンションの部屋にかくまって逃亡を助けていたとして、犯人隠避の疑いで10日、タイホされました。平田容疑者は、去年の大みそかに警視庁に出頭しましたが、その際、2人が住んでいた東大阪市のマンションの最寄り駅ではなく、そこから6つ、距離にしておよそ7キロ離れた大阪市内にある地下鉄御堂筋線の本町駅から地下鉄に乗ったと話していることが、16日夜、斉藤容疑者と接見した弁護士への取材で分かりました。本町駅までは2人で一緒に2台の自転車に乗って向かい、このうち1台は、平田容疑者が出頭を決めたあとの去年12月上旬に新たに購入したということです。最寄り駅を避けた理由について、斉藤容疑者は「平田容疑者が私の居場所を分からないようにしたかった」と話しているということで、警視庁は、潜伏場所の発覚を免れようとしたとみて、出頭までの詳しい経緯を調べています。

--転載ここまで--


記事は大晦日当日、平田容疑者が新大阪に向かう時、潜伏先マンションの最寄り駅である大阪市営地下鉄高井田駅を利用せずに7キロ離れた地下鉄御堂筋線の本町駅から電車に乗り込んだことを伝えるものである。女性元信者から聞いた話を滝本弁護士が報道陣にリークしたようだ。

記述の中でとかく胡散臭いのは『本町駅までは2人で一緒に2台の自転車に乗って向かい、このうち1台は、平田容疑者容疑者が出頭を決めたあとの去年12月上旬に新たに購入した』と説明する部分である。この話が事実であるならば、なぜ、自転車一台で二人乗りをしなかったのか?という素朴な疑問が浮かび上がる。平田容疑者は出頭を決意しているわけだから、一台の自転車は乗り捨てられたことになる。さらには、平田容疑者が出頭を決意してから自転車をもう一台購入したというが、ならばタクシーを利用する選択肢もあったはずだ。

別の記事では『駅近くの防犯カメラに、2人に似た男女が映っていたという。』と報じている。

御堂筋線本町駅まで2人で自転車 平田容疑者、斎藤容疑者 防犯カメラに似た男女 - MSN産経ニュース :
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/120116/crm12011622450018-n1.htm

防犯カメラに写る二人は、本当に平田容疑者と女性元信者なのだろうか。そもそも、大晦日の日に平田容疑者が本町駅で乗り捨てた自転車は本当に存在するのだろうか。存在していたならば警察はとっくに回収しているだろうし、ちゃんと裏付けを取ってもらいたいものである。



大晦日当日、なぜ平田容疑者は地下鉄御堂筋線本町駅から電車に乗り込んだのか。当方は、平田容疑者が潜伏先マンションから本町駅に向かったというよりも、別の場所にいて、本町駅で新大阪駅に向かう路線に乗り換えたのではないかとみている。

例えば、大阪南港フェリーターミナルから新大阪駅を目指した場合、ちょうど本町駅で乗り換える必要がある。本町駅を中心に位置関係を示したのが以下の地図である。

本町駅(大阪) - Google マップFF
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中央のピンは地下鉄御堂筋線本町駅。上のピンは新大阪駅。右が潜伏先マンションの最寄り駅である大阪市営地下鉄高井田駅。左下のピンは、大阪南港フェリーターミナルを示している。以下の地図は大阪南港から新大阪駅までの乗り換えルートを示したものである。

Google マップ - 地図検索DEGFE


大阪南港のフェリーターミナルといえば、市橋達也が身柄を確保された場所である。

もちろん、ただの偶然に過ぎないのかもしれない。



かつて当ブログではリンゼイ・アン・ホーカーさん殺害事件の容疑者だった市橋達也が冤罪である可能性を検証した。

二年7ヶ月を経て大阪南港のフェリーターミナル待合室で身柄を確保された時、市橋は「自分はやっていない」と捜査員に告げたという。市橋が南港フェリーの待合室に居たのは、次の潜伏先である沖縄に向かおうとしていたからだと報じられた。しかし、那覇行き琉球エキスプレスの出航時間は23時で、市橋の身柄が確保されたのは夕方18時40分頃。さらに四時間以上待ち続ける必要があった。

フェリー乗り場の待合室で熟睡するなど、懸賞金1000万円の日本一有名な逃亡犯が取る行動にしては、あまりにも無防備すぎやしないか。市橋は通報された時、待合室の硬い椅子をまたぐように居眠りしていたという。いや、居眠りというよりも熟睡に近い状態だ。少なくとも市橋が居た場所のすぐ後ろにはゲームコーナーがあり、仮眠を取るのに適した場所ではない。市橋は、寝ながら、新しい潜伏先のことを考えていたのだろうか。いや、なぜ自分がここにいるのか、それすらも判別できないほどに意識が朦朧としていたのではないだろうか。

なぜ、市橋達也を例に挙げたかというと、平田容疑者信の出頭を比較してみた場合、その類似性が無視できないからである。自らの意志と関係なく、連れ去られ、人目につかない場所で拉致監禁されていた可能性を見出してしまうのである。

http://hatajinan.blog61.fc2.com/blog-category-35.html


2011年大晦日深夜に出頭し假谷さんに対する監禁致死容疑でタイホされた平田容疑者であるが、どうやら監禁致死容疑ではなく、タイホ監禁容疑で起訴されるようだ。1月20日に起訴される見通しだという。

【平田容疑者タイホ】致死罪適用見送り タイホ監禁罪で起訴へ - MSN産経ニュース :
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/120118/crm12011801320000-n1.htm

タイホ監禁容疑で起訴された後、爆発物取締罰則違反容疑で再タイホされることになる。今後の成り行きを慎重に見守っていきたい。

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Category:オウム特別手配犯平田の出頭

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鼻の穴の形が逮捕前とは全く違う

2012/06/06(Wed) 15:41


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オウムの爆弾娘こと菊地直子が身柄を確保された。6月3日夜のことである。


菊地直子容疑者の身柄を確保:ローカルニュース : ニュース : カナロコ -- 神奈川新聞社
http://news.kanaloco.jp/localnews/article/1206030012/

警視庁は地下鉄サリン事件の殺人、同未遂容疑で特別手配していたオウム真理教の元信者菊地直子容疑者の身柄を相模原市で確保。警視庁に移し、逮捕する方針。

--転載ここまで--


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そもそも、本当に菊地直子なのだろうか。


菊地直子容疑者「手配写真」とは別人 人相はこんなに変わるものなのか : J-CASTニュース
http://www.j-cast.com/2012/06/05134582.html?p=all

2012/6/ 5 18:35

地下鉄サリン事件で特別指名手配されていたオウム真理教元信者の菊地直子容疑者(40)が殺人容疑などで2012年6月3日に逮捕されたが、警視庁が4日に菊地容疑者の逮捕直前の全身写真を公開したところ、ネットでは指名手配写真と違いすぎるとし「別人のようだ」などと騒ぎになった。
約17年の逃亡生活疲れなどで人相が大きく変わってしまうこともあるらしいが、身を隠すために整形したのだろうと考えている人もいる。

職場の仲間と居酒屋通いをしてもバレなかった

菊地容疑者の逮捕のきっかけは警視庁が3日朝に「菊地容疑者に似た女性が相模原市内にいる」という匿名の情報を受けたのがきっかけだった。警察も手配写真とあまりに違うことに驚き、本当に菊地容疑者なのかと繰り返し聞いたという。
報道によれば菊地容疑者は櫻井千鶴子の偽名を使い、10年8月から相模原市内の訪問介護会社に勤務しバスで通勤、今年1月にはヘルパー2級の資格を取得していた。近所の住人とは普通に挨拶を交わし、職場の同僚と飲みに行ったり、自宅に友人を招いたりもしていた。それでも菊地容疑者だとばれなかった
ネットでは匿名で通報した人物が誰かはわからないが、凄い観察力の持ち主に違いないと話題になっている。一方で、見分けるのは非常に困難だから菊地容疑者の関係者以外には考えられない、と予想している人もいるが、真相はわからない。これだけ顔が違っているのは整形をしたからだと思っている人も多い。
逃亡生活を送る容疑者には整形がつきもので、97年に15年間の逃亡の末逮捕されたホステスを殺害の福田和子元受刑者は、「7つの顔を持つ女」と呼ばれるほど整形を繰り返した。千葉県市川市で英会話講師のリンゼイ・アン・ホーカーさんを殺害し、09年11月に逮捕されるまで2年7ヶ月逃げ回った市橋達也受刑者は、数度に渡り自ら整形手術を試みていたなどとして話題になった。菊地容疑者はどうだったのか。

鼻の穴の形が逮捕前とは違う」とテリー伊藤

現在取調べ中で公表はまだだが、専門家の意見は真二つに分かれている。
5日の午前1時45分に配信したフジテレビの「FNNニュース」に登場した元滋賀県警似顔絵捜査担当の坂本啓一さんは
「整形するようなことは、わたしはなかったと思います」
と話している。整形は輪郭、眉、目などが印象が大きくを変えるポイントだが、加齢による変化以外には考えられない、というのだ。
5日放送の日本テレビ系情報番組「スッキリ!!」では、整形したのかどうかの検証が行われ、オウム問題に詳しい有田芳生参議院議員も先の坂本さんと同じく整形はしていないと思う、と語った。人相が変わったのはダイエットの影響、もしくは逃走疲れなどが原因で、手配書があちこちに張られていても誰も自分とは気付かれないことが自信となり、普通の生活をするようになったのだろうと分析した。ただし、同番組コメンテーターのテリー伊藤さんは、「鼻の穴の形が違う」と指摘した。手配書は鼻の穴が横に広がっているが、逮捕直前の写真は日本人には珍しい縦の穴になっているとし、
「いくら痩せたとしても鼻の穴の形が変わるのか?」
と疑問を投げかけていた。


--転載ここまで--


PN2012060401003375.jpg



転載した記事の中にもあるように、鼻の穴の形が全く違うことは2つの写真を並べれば一目瞭然だ。そもそも、並べてみたところで、何一つ似ていない。

今回の身柄確保は、通報によるものである。通報者は、この容姿のどこを見て菊地直子だと確信したのだろうか。そして、警察は通報者の確信に疑いを持たなかったのだろうか。そもそも菊地直子という逃亡犯は実在したのだろうか。


http://mainichi.jp/select/news/20120604k0000m040101000c2.html

 警視庁によると、本部に3日、「相模原市内の一戸建てに菊地容疑者に似た女性が男性と暮らしている」との情報が寄せられ、捜査員が相模原市緑区の現場に急行。同日午後8時前、徒歩で1人で帰宅した菊地容疑者に捜査員が「菊地か?」と聞くと「はい」と答え、素直に捜査車両に乗り込んだという。
---------------------抜粋


身柄確保当日の朝寄せられた情報が夜には菊地直子逮捕に至らせているのである。外見では、全くの別人だとしか思えない。それゆえに、外見以外の部分で確証を得ていたとしか考えられないわけだが。

捜査側はネタに困ってはいなかったはずだ。というのも、オウム真理教事件の特別手配犯の逮捕特別報奨金(懸賞金)が500万円から1000万円に引き上げられたのは今年2月のことである。菊地直子にかかわる情報提供は今年5月までに寄せられた件数で昨年一年間に寄せられた件数を軽く超えてしまっている。


オウム:菊地容疑者の情報、懸賞金引き上げで急増- 毎日jp(毎日新聞)
http://mainichi.jp/select/news/20120605k0000m040058000c.html

 元オウム真理教信者、菊地直子容疑者(40)に関する警察への情報提供が今年1~5月、321件に上ることが警察庁の調べでわかった。昨年1年間の112件から急増した。~中略~ 菊地容疑者に関する情報提供については昨年は月に3~16件で推移。今年に入ると▽1月89件▽2月115件▽3月61件▽4月25件▽5月31件--と急増傾向にあった。~中略~ 一連のオウム事件では、これまでに19人が特別手配されたが、残るのは高橋容疑者だけとなった。警察庁は今年2月、懸賞金を500万円から1000万円に引き上げた

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菊地直子、もしくは菊地直子におぼしき通報は今年に入って300件以上だという。捜査側は、17年の間、幾多ものガセ情報を掴まされてきたはずであり、提供された情報の取捨選択はしているだろう。ただ、懸賞金を上限である1000万円に引き上げるまでの捜査側はかなり腰が重かったようだ。


オウム:「菊地か」に「はい」 やせこけ別人のよう- 毎日jp(毎日新聞)
http://mainichi.jp/select/news/20120604k0000m040105000c2.html

また、ある女性(54)は「昨年12月半ばに見かけ、どこかで見たことがある顔だと思った。指名手配のポスターを見て菊地容疑者だと直感し、警察に連絡したが『証拠は?』と聞かれ、取り合ってもらえなかった。目元が似ていた。住民としてはここで事件を起こさなかったことに安心している」と話した。

(関連)
オウム:菊地容疑者の情報提供 警察庁、神奈川県警に確認- 毎日jp(毎日新聞)
http://mainichi.jp/select/news/20120604k0000e040197000c.html

---------------------抜粋


あまり捜査に熱心ではない捜査側が、朝に得た情報を元に夕方には菊地直子の身柄確保に漕ぎ着けるという迅速さが気に食わないのである。


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捜査関係者によると、菊地容疑者は右目下のホクロに面影がうかがえるものの、手配写真と同一人物とは思えないほど顔がやせており、捜査員が「すれ違っても分からないほどだった」という。
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オウム真理教事件にかかわる特別手配犯の三人といえば、日本中のあちらこちらに顔写真入り手配ポスターが貼られていることもあり、菊地直子はそこいらの芸能人よりも知名度はあったはずだ。平田信もまた知名度はあった。17年の時が立ち、平田信は警視庁で門前払いされた。菊地直子もまた、捜査員がすれ違っても気付かないほどの変貌を遂げていた。

平田信に関してはどうしても新年を迎える前に逮捕されたがっていたフシがある。これもまた、理由が全く説明されていない部分である。


2011年を超えてはいけないゲームに文字通り体を張って参加させられていた平田信。

2011年を超えてはいけないゲームに文字通り体を張って参加させられていた平田信。2

少し平田が出頭した大晦日23時50分という時間にこだわってみる。

少し強引に平田信と市橋達也を結びつけてみる


菊地直子の本人確認は科学的にちゃんとされたのだろうか。ほくろの位置で本人確認してだけなら指紋照合なりDNA鑑定なり、科学的に証明する必要がある。ちなみに、ほくろは刺青で簡単に足すことができる。今のところ指紋照合で一致したとは聞こえてこない。ほくろ以外での本人照合の結果を待ちたいところである。



Category:オウム特別手配犯平田の出頭

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