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脅威の流布-平和な日本で起こる想定外な猟奇的犯罪

2010/01/04(Mon) 10:01

島根女子大生殺人-臥龍山象徴的殺人事件-において新たな進展は望めないだろう。

頭部が置かれた場所-臥龍山。被害者の名前-平岡都。旧約聖書由来の象徴的殺人の可能性を視野に入れると、場所も被害者も無作為に選ばれたのではなく、この事件において重要なファクターであったことがわかる。とはいえ犠牲者となった女性はなんの落ち度もない無辜の民そのものなわけで、いかんせんご冥福をお祈りする次第である。
そもそも象徴的殺人の可能性を視野に入れないと、こういった猟奇的事件は解けるわけがないし、犯行手口、その残虐性を取り上げて変質者の犯行と断じる世論をみても、ある意味なるべくしてなった迷宮入りである。

もしメディアが「酒鬼薔薇聖斗(少年A)が出所後広島に住んでいて、今回の島根女子大生殺人に関与していた可能性がある」と報じたならば、
それは全くのでっち上げで事件の収拾を目論む等局の虚偽リークだと断言できる。
そもそも酒鬼薔薇聖斗は少年Aではないのだから。



悪魔の地球支配21ヵ条に目を向けてみる。

《意図的に危機的状況を次々に起こし、それを操作、管理して、自分たちを除く全人類が自らの運命に対して無力感しか持ち得ないようにする》(悪魔の地球支配11条)
《ムスリム同胞団やイスラム原理主義、シーク教などの宗教的・破壊的カルト・グループを圧迫し、ジム・ジョーンズと「サムの息子」型のマインドコントロールの実験をする》(悪魔の地球支配14条)



悪魔の地球支配14条の「サムの息子」とはデヴィッド・リチャード・バーコウィッツという連続殺人者の俗称である。1976年から77年にかけて、若い女性やカップルらを銃撃し6人殺害するなどしニューヨークを恐怖のどん底に陥れた。逮捕後2000件の放火を自供したりで懲役365年(!)。現在も模範囚として服役しているらしい(w)。
7人が死亡、10人が負傷した秋葉原無差別殺傷事件に見られる『誰でも良かった』的な発想の無差別テロの原型が「サムの息子」に見られる。



「俺、君、彼、彼女、親友や身内や同級生さえも無差別テロの標的になりかねない」



『(被害者は)誰でも良かった』的な無差別テロの被害者になる可能性は、悲しいかな、誰しもが少なからず有している。現代社会の病理だとメディアは一言で片付ける。そんな社会では、人ひとりは無力というほかない。
これはぶっちゃけ防ぎようがないのである。たまたまその場に居合わせただけで凶刃の餌食になりかねない。



脅威の流布は死が間近にあることを直感的に認識させているともいえるのだ。



島根女子大生殺人事件に限らず同種の惨殺事件は定期的に発生している。
世田谷一家殺害事件や井の頭公園バラバラ殺人事件、未解決事件も多くある。
このような猟奇的事件は『平和な日本で発生している』ことに意味があり、「彼彼女、その身内や親友さえも標的になりかねない」と庶民を無差別テロの脅威に震え上がらせることが目的だと考えている。
猟奇的惨殺事件が一度起これば、犯行の手口や残忍さを各メディアは悪意をもって脚色し報道する。新聞テレビ雑誌等々連日連夜スクープ合戦になる。
そして子供に防犯ブザーを当たり前のように携帯させる社会は形成される。人の良さげな隣人さえも疑うようになる。完全に日本の村社会的共同体は崩壊してしまっている。



『脅威の流布』的猟奇的惨殺事件は、事件が起こる事自体に意味かある。
と、考えると、解決するわけがない
事件を起こす側にとって解決すること自体にあまり意味をもっていない。



解決する場合もある。
事件の収拾をはかるべく、警察が知的障害者を犯人としてでっち上げたときなど表向きは解決する



■ 狭山事件から始まり、世の中には冤罪事件はたくさんある。

「服役囚の4分の1が知的障害者」が意味するもの - マル激トーク・オン・ディマンド - ビデオニュース・ドットコム インターネット放送局
(抜粋)現在の日本では、一見健常者と見分けがつかない知的障害者に対する福祉が明らかに不十分であると同時に、知的障害者が犯罪を犯すと、自らを弁護する能力を持たないため、警察や検察に言われるがままに供述調書に署名するケースがほとんどだという
(中略)
そもそも、知的障害者が刑務所に入る以外に生きるすべがないような社会が正しい社会と言えるのだろうか。このような障害者が生き難い社会というのは、実は健常者も生き難い社会ということなのではないのか。(転載終わり)


東金女児殺害事件、唯一の物的証拠がアテにならない? ハニトラTBSのやらせに乗った警察 トラトラトラ
http://www.asyura2.com/09/hihyo10/msg/227.html



最近冤罪が証明された菅家さんも実は知的障害者であった。足利事件も象徴的殺人だった可能性がある。もっと言えば宮崎勤の事件だって再検証する必要があると考えている(もう死刑が執行されてしまっているが…)。



警察、検察がこうした迷宮入り事件の解決策として知的障害者に罪をなすりつければ良いと考えていると思うと憤怒に駆られる。
これが本当の”腐敗した闇”なのだと思う。



(関連)
島根女子大生殺人は旧約聖書をモチーフにした儀式殺人である
http://hatajinan.blog61.fc2.com/blog-entry-100.html
島根女子大生殺人事件は少年Aの犯行ではない
http://hatajinan.blog61.fc2.com/blog-entry-106.html

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